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ヒドインの姉と従者

やっと好きなものを好きと言えるようになりました。

作者: ありま氷炎



「レイア。今日からイヴァンはナタリーの従者にする。わかったな」


 反論は許さないとばかり、父はそう宣言した。その背に隠れるナタリーは少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。金髪のふわふわした髪に、大きな青い瞳。ナタリーは母に似た、とても可愛い女の子だった。

 老婆のような白髪に濁った灰色の瞳をしている私とは正反対だ。私の容姿は父の祖母に似ているようなので、拾われた子ではないらしい。

 だけど、両親はいつもナタリーばかり可愛がって、彼女に好きなものを与える。たとえ私が大切にしているものだったとしても。

 

 こうなることはわかっていたのに。

 妹はいつも私の好きな物、大切なものを奪っていく。

 イヴァンは物じゃない。だから大丈夫だと思って、大好きな気持ちを隠さなかった。

 だけど、結局奪われた。

 イヴァンは泣きそうな顔をしていた。けれども従者――使用人の一人である彼には拒否権はない。

 だからその日、私は決めた。

 

 好きになるのはやめた。

 何も大切にしない。

 奪われるのが嫌だから。


 それから半年後、イヴァンはお屋敷を出ていった。

 お別れくらいしたかったのに、それもできなかった。

 彼が出ていく時、父の書斎に呼び出されていたからだ。

 時折イヴァンは心配そうな視線を寄越してくれた。だけどその度にナタリーが視界を遮ったり、彼をどこかに連れていった。


 イヴァン。

 新しいお屋敷でもきっと大丈夫。

 あなたはとても働き者で優しい人だから。


 それから六年が経って、私は大人の仲間入りと社交界に出された。

 両親はそれなりに準備をしてくれた。

 着飾って煌めく会場に連れて行かれ夢のようだった。そこで優しい令嬢ミラ様にも会って楽しかった。ナタリーは私より一つ下、十五歳のため社交の場――夜会にまだ出ることはできない。

 だから本当に嬉しかった。

 一年後、ナタリーのデビューの日が来て、私の喜びは霧散した。

 両親は私の何倍の費用をかけて彼女のドレスを用意した。私は以前作ってもらったドレスを纏い、彼女の添えもののように会場へ足を踏み入れた。

 そこで、彼女は私が一年かけて作ったものを全て奪うように、知人たちに声をかけていった。それから、彼女たちの私を見る目が変わった。


 馬鹿な私。

 どうして学習しないの?

 妹は全て奪っていくのに。


 イヴァンを失った時と同じ絶望を再び味わい、バルコニーで風に当たりながら泣き出しそうな自分を叱咤していると、そっと近づいてくる人がいた。


「ここにいらしたのね」

 

 それはミラ様で、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。

 思わず私は周りを見渡した。バルコニーには私しかいない。会場へ目を凝らすと、妹は多くの人に囲まれ談笑していた。


「気にしないでも大丈夫。彼女はおしゃべりに夢中で気がつくことはありませんから」


 ミラ様は私の心配がわかったように答えてくれる。


「悲しい思いをさせてごめんなさい。でも、もう少し待ってください。あなたを自由にしてあげますから」

「ミラ様?」


 それはミラ様のはずだった。けれども薄暗いせいか、違う人に見えた。


「レイア様。私を信じてくださいますか?」


 私を真剣に見つめる瞳、それはミラ様の瞳。だけど違う人の瞳に見える。それはまるで……。


「もちろんです。ミラ様。だけど、自由にするとは。そしてあなたは?」


 ミラ様はふわりと笑うと私の唇に人差し指を当てる。


「待っていてください。レイア様。もう少しです。それより会場に戻ってください。ここは色々よくないですから」

「それならあなたも」

「いえ、一緒に戻ると彼女が不審がりますから。あなたが先に。私はそれを確認してから会場に戻ります」


 今日のミラは本当に別人のようだった。

 だけど私は彼女の言葉に従い、先に会場に戻った。振り返ってバルコニーを見ると彼女の姿はもうそこにはなかった。


 それから、色々あった。

 ミラ様が王太子殿下の婚約者になった。けれども、一ヶ月後、婚約は王太子から破棄され、ナタリーが新しい婚約者になった。

 それから王太子の悪行――婦女暴行、傷害、極め付けは優秀と謳われる第二王子の毒殺未遂が明らかになって、王太子は王位継承権を剥奪され、幽閉の身に。ナタリーは第二王子の毒殺未遂に関与したとされ、修道院送り。家はお取り潰し、両親ともども平民に落とされた。

 そうなると今までの借金の保証がなくなり、取り立ての男達がやってきた。

 三日の猶予と言われた両親がやったことは、逃げることだった。家の金目のものをすべて掻き集め姿を消した。残されたのは、私と使用人たち。


「ごめんなさい。紹介状も書きたいけど、逆に邪魔になるわよね」


 没落した、しかも罪人が出た家からの紹介状など再就職の不利にしかならない。

 

「お嬢様。お気にされなくても大丈夫です。すでに別口で紹介状もいただいております」


 家令がそう言い、メイド長たちもうなずく。


「お嬢様、長い間何もできず申し訳ありません。冷たく当たったこと、本当に申し訳ありません」

「そんなこと、気にして無いわ」


 使用人が私に優しくすると、ナタリーが怒る。

 私が使用人に優しくすると同じことが起こる。または我儘なナタリー付きになる。だから私も使用人たちに冷たい対応しかとれなかった。


「でもあなた達の行き先が決まってよかったわ。これで、私も……」


 使用人たちへの心配がなくなり、嬉しかった。けれども、私はどうすればいいのだろう。貴族として過ごしてきた。平民として暮らすことができるだろうか?私に何ができるのだろう。しかも翌日には取り立ての男達が来る。

 不安が押し寄せてきて、思わずドレスを握りしめる。


「お嬢様。ご安心ください。イヴァンが迎えにきますから」

「イヴァンが?」

「ほら、いらっしゃいましたよ」


 栗色の髪に琥珀の瞳。

 髪を後ろで束ねた青年が歩いてくる。


「それではお嬢様。長年ありがとうございました。お幸せに」


 彼と入れ替わるように使用人達が出ていく。


「イヴァン?」


 イヴァンを最後に見たのは七年前。私が十歳、彼が多分十二歳だった。

 彼がお屋敷にやってきたのは私が五歳の時で、彼は七歳だった。一緒に過ごしたのは五年ほど。そのうち半年は過ごしたといっても、ナタリーの従者だったけど。

 身長は私より少し高いくらい。

 七年前に別れた時と顔はほぼ変わっていなかった。


「レイア様。お迎えに上がりました。さあ、私と一緒に行きましょう」

「イヴァン、どうして?」

「あなたを自由にしてあげますから、と言ったでしょう?」


 それはミラ様の言葉だった。


「不本意ながら、ミラとしてあなたに会っておりました」

「え?」


 ミラ様がイヴァン?だって、あんなに綺麗な……。

 よく目を凝らすと、輪郭も目の形も色も一緒だった。髪もだ。

 どうして気が付かなかったのか、驚くくらいだった。


「二時間かけてお化粧をしたのです。本当、あの経験はもう二度と味わいたくありません」

「あの、すみません?」


 なぜか私が悪い気がして謝ってしまう。


「なぜレイア様が?私がすすんでしたことです。ミラという架空の女性が必要だった。それで背が低く、女顔の私が女装することになりました。おかげで多少のわがままを聞いていただけましたから」


 嬉しそうにイヴァンは語るけど、私は状況がわからない。


「ここでは話すのはなんですし、私の家に参りましょう。準備は整えておりますので」


 連れて行かれた場所は郊外の小さな家だった。

 可愛らしい、小さな庭がある、夢にみた家。


「覚えていたのね」

「ええ、レイア様の話したことは全て覚えております」


 小さい時に、私はイヴァンに話した。

 大きなお屋敷でなくてもいい、自分だけの家が欲しいと。

 妹に何も奪われない家、私だけの家。


「レイア様。あなたは自由です。この家であなたは自由に暮らしてください」

「そんな、私は罪人の家族だし、ただの平民でこんな家に」

「心配されなくても。誰も何も言いませんから」

 

 イヴァンはにこりと微笑む。


「レイア様。もう我慢することはないのです。誰もあなたのものを奪うことはありません。だから、好きなものを好きと言ってもいいのですよ」

「本当に?」

「ええ」

「だったら、イヴァン。私、あなたのことが好きだった。もう一回会えてとても嬉しいわ。だけど、こんな風に家を準備してくださったり、私には過ぎたことよ」

「……レイア様。私のこと好きだったとおっしゃってくださいましたね。それでは、私の妻になっていただけますか?」

「えっと、あの、突然」

「あなたが私の妻になってくれたら、私はとても嬉しいです。そして妻であれば一緒に暮らすのは当然、この家にいてもおかしくないですよね?」

「確かにそうだけど、でも妻って」

「それでは婚約から」


 有無を言わせない笑顔。

 だけど嫌では無い。

 イヴァンはミラ様であった時も、とても優しかったし。今も私の願いを叶えてくれようとしてくれる。だったら、私は彼が喜ぶことをしたい。


「はい。謹んでお受けいたします」

「ありがとうございます!」


 ぎゅっと抱き締められて気を失いそうになる。

 こんな風に抱きしめられたのは初めてだ。

 異性ということではなく、誰にも、抱きしめてもらったことがない。

 初めてそのことに気がついて涙が出てきた。


「レイア様?大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫。とても嬉しくて」


 人に抱きしめられる感触はとても温かくて心地よかった。

 このままずっと彼の腕の中にいたい、そう思えるほど甘美なひと時で喜びに震える。


「お迎えに行くのが遅くなってすみません。これからはずっと私が側にいますから」


 絶え間なく流れる涙をハンカチで拭ってくれる彼。

 触れ合う場所から優しさが伝わってくる。


「ありがとう。本当にありがとう。イヴァン」

「私こそ、ありがとうございます。レイア様」


 その日、私はイヴァンの婚約者になり、やっと好きなもの、好きな人を好きと言えるようになった。

 




読了ありがとうございます。


イヴァンの視点(独り言形式)を書いてみました。

https://ncode.syosetu.com/n9780hy/

腹黒内容ですがご興味のある方はどうぞ。少し蛇足的内容です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好き! 何でも後から獲っていく妹にスカを掴ませる手腕! ノーマークになったレイアを掻っ攫っていく鮮やかさ! イヴァンの『待ってました』感が最高です! 楽しませていただきました! ありがとう…
[一言] 従者(多分平民?)に過ぎないイヴァンが何故貴族のパーティに参加出来て 王族の婚約者にまでなれたのでしょうか 実はイヴァンの正体は~とかされたとしても 普通に嫁にして家から連れ出せばいいだけじ…
[良い点] ハッピーエンド! [気になる点] 会えない間、なにをしてここまで準備できたのかが、気になるかな。  権力は分かれるときなさそうだったから。
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