やっぱり貴族なんてのはクソだった。唯一の宝物を壊された平民は、彼等の真実を公にする。
やっぱり貴族なんてのはクソだった。物言わぬ君を見てそう思う。俺の唯一の宝物。俺の可愛いブランシュ。君をここまで壊されたなら、もう容赦する理由なんてないだろう?
ブランシュ・ルイゾン。物知らずな伯爵家の箱入り娘。スラム街からすら追い出され、よろよろ歩いてあてもなく彷徨う俺…ただの平民、いや棄民である名無しを馬車に乗せた心優しいお姫様。まだ子供なのだからと、自分だって同じ年頃の子供のくせに俺に衣食住を提供した。風呂に入れ、清潔な服を与え、食事をとらせ、屋敷に住み込みで働かせて、やがては自分の侍従にしてしまった。
拾われてからしばらく経って、そういえば貴方お名前は?と聞かれていや遅ぇーよと思ったが名無しだと正直に答えた。それを聞いて、それは名前ではないわ!私が考えてあげると命名図鑑を引っ張り出したブランシュに俺は早々に白旗を揚げた。わがままブランシュに名無しの俺が敵いっこないのだ。
「リオネル!貴方は今日からリオネルよ!意味は小さなライオンですって!」
語感が気に入っただけなんだろうなー。でもまあ、目の前のブランシュがあまりにも嬉しそうだから、俺もつられて笑ったのだ。獣人の俺にはお似合いの名前だしな。
貴族なんてクソだと思っていたけれど、こんな素敵なお嬢さんがいるならまあ悪くはないのかもしれない。そう思っていたのに。幸せだったのに。
ブランシュは、大きくなって貴族の通う学園に行き始めてからおかしくなった。
ふわふわと微笑むいつものブランシュなら絶対見せない、鬼のような形相を二人きりの時に見せるようになった。といっても何もされていない。今ここにいない誰かに向けた怨嗟だった。
それがしばらく続いた後、今度はブランシュがやけにご機嫌で帰ってくることが増えた。でもその笑顔は、俺の好きなふわふわした微笑みではなく、悪魔が高笑いする時のような表情で。
その後、ブランシュはとある聖女候補とかいう女の虐めの現行犯で逮捕された。聖女候補は貴重な人材、それも相手は公爵令嬢。ブランシュは一家諸共厳罰に処され殺される寸前だったが、件の聖女候補の慈悲によりブランシュ本人がある薬剤の治験に付き合えば許してもらえる、ということになった。
治験が始まってすぐに、ブランシュは苦しみ始めた。苦しい苦しいと胸を掻き毟るブランシュを抱きしめることしか出来ない俺は、あの悪魔たちの会話を聞いた。
「ブランシュだったっけ?あの子も可哀想よねー。元々はあの子の婚約者、モーリスが私に目移りしなければこんなことにならなかったのに」
「ブリジット、君も罪な女だ。多数の男を誑かして婚約者の女性に見せつけるのだから」
「あら、数少ない私の趣味よ?それに、騙される男と奪われる女が悪いんじゃない」
「ちなみに、あの少女に虐めを促したのも君自身だろう?」
「ええ、そうよ!だってとっても面白そうだったんですもの!モーリスの正義漢気取りはとっても見応えがあったわ!婚約破棄を突きつけてあの子を振ったその場で、今度は私に振られたのよ!嗚呼おかしい!私にはナゼール、貴方がいるのにね!」
「君、いつかは誰かに刺されるんじゃないか?」
「私は聖女候補よ?公爵家の長女でもある!誰にも手は出せないわ!」
「わからないよ、あの少女の手飼いの少年…彼、恐ろしく耳がいいみたいだ。二階の〝観客席〟の僕らの話に耳を傾けている」
「え?…あら、獣人?珍しい。でも、毛色が好みじゃないわね。いらないわ」
身勝手な話に怒りで尻尾がぶわっと大きくなる。ブランシュは俺の胸の中でただ苦しい苦しいと苦しんでいたが、やがて動かなくなった。
「ブランシュお嬢様…ブランシュお嬢様!」
ブランシュはこの日から、物言わぬお人形さんになった。幸い死に至らなかったが、あまりの苦しみに廃人になったらしい。そもそも今回の薬はそういう薬で、治験は大成功。ブランシュは伯爵家に帰れた。でも、公爵家への多額の賠償金を払った伯爵家に当の本人ブランシュを守るような余力はなく、俺という見張り役…という体でなんとか侍従だけは側に置かせて、廃人となったブランシュを追い出すしか出来なかった。だが、当主様も奥様も若様も、ブランシュを失うのは辛いみたいでずっと泣いていた。こっそりと手紙を寄越すように促され、頷く。
俺とブランシュの新居は、伯爵家の最後の情け…という体で与えられた山奥にある立派な小屋。二人暮しには充分な広さで、頑丈だ。生活に必要なものは一応一通り揃っている。周りには誰もいないし、静かに暮らせる。ブランシュの療養にはぴったりだ。元々自然の大好きなブランシュのことだ。案外、ひょっこり笑顔を見せて現実世界に戻ってきてくれるかもしれない。
そんな希望を持ちながら、俺は今日もブランシュの世話をする。一人ではなにも出来ないブランシュに、無理矢理食事をとらせて、粗相を片付け、風呂に入れる。家事もこなさないといけないし、寝付かせないといけないのでこれだけでも結構な重労働だが、深夜まで時間を削ってある作業に集中する。
呪いだ。俺たち獣人は、白魔術か黒魔術を親から継承できる。これは獣人だけが知るシークレット中のシークレットだ。俺は父だった人から白魔術を、母だった人から黒魔術を選んで継承した。継承できるのは親が死んだ時だったりするが、元々捨て子の俺にはどうでもいい。
白魔術でブランシュを少しでもケアして、黒魔術でモーリスという男、ブリジットという女、ナゼールという男を呪っておく。といっても、相手は聖女候補とその周りの男達。些細な変化も気取られないように、注意して隠蔽しながら掛け続ける必要がある。発動まで一年は掛かるだろう。ブランシュへの白魔術は何も考えずに魔力の半分全部ぶっ放せるから楽なんだけどな。まあ、ブランシュだもんな。
そんなことを考えてブランシュの頬を撫でる。ブランシュは昔のように微笑んでくれない。無性に虚しくなった。
―…
一年が経った。獣人特有の魔眼…千里眼で街の様子を見てみると面白い光景が、うつった。
「違うの!違うのよ!これは私じゃないのー!」
ブリジットとかいう性悪聖女候補とナゼールという男…なんと王太子だったらしい。彼らがブランシュの治験の時に供述していたことが、俺の目線からの映像付きで国中に流れている。
これを受けて、モーリスという男はただの勘違い浮気野郎、性悪聖女候補は性悪聖女候補、王太子はあんな横暴を許すクソ野郎として瞬く間に話題になった。
その後、さすがにこれには神殿と公爵家が動き、性悪聖女候補は聖女候補から外され、公爵家も勘当。伯爵家には、以前公爵家に払った賠償金の五倍もの賠償金が支払われたらしい。もちろん伯爵家とブランシュ本人の名誉の回復も行われた。そんなのなくてもブランシュが被害者なのは誰もが知るところだし、それでブランシュが帰ってくるわけじゃないけどな。
王家も動いた。王太子は王太子位剥奪の上、生殖機能を奪われ離宮へ幽閉。厳し過ぎる処罰だが、王太子の弟は優秀なことで有名で、三男のスペアもいる。ようは王家のトカゲの尻尾切りアンド人気取りだろう。
ちなみにモーリスの実家カサンドル伯爵家はすでにモーリスを廃嫡し縁を切っているので知らんとのこと。上手く逃げたな。だいぶ前から放逐されたらしいモーリス本人は、スラム街から例の性悪聖女候補と王太子のやりとりを見たらしく必死に何か泣き叫んでいたがいいぞもっと泣き叫べ。俺の腹の虫が治まるまでな!
そんな中で、伯爵家の面々がブランシュを迎えに来た。当主様も奥様も若様も、涙ぐんで、本当に嬉しそうに物言わぬブランシュを大切に抱きしめる。
「リオネル!なんと性悪聖女候補の罪が暴かれ、ブランシュが伯爵家に戻れることになった!」
「よかったです」
「今までブランシュを預かってくれてありがとう、リオネル」
「いえ、お気になさらないでください」
「…言っておくけど、リオネル。お前を逃がしはしないからな?」
「…え」
「ほらやっぱり!お前黙ってブランシュを伯爵家に返して自分はどこかに隠れる算段だっただろ!仮にもお前はブランシュの裸を見たんだろ!お世話の為とはいえ!絶対逃がさん、責任を取れ!」
「わ、若様?」
「つまりね、ブランシュと結婚してあげて欲しいのよ」
「奥様!?」
「もちろん、ブランシュはこの調子だから逃げ出したいならそれでも止めない」
「父上!」
「お前は黙っていなさい。…だが、ブランシュを変わらず愛してくれているなら、飛び地の領地を一つと男爵位を授けるから、ブランシュの婿になって欲しい」
「…喜んで」
ぽろっと言葉が落ちた。慌てて取り消そうとしたが、若様に泣かれて何も言えなくなった。
ブランシュ。俺の宝物。それが俺のものになる。
それから俺は、領地経営の勉強を教えて貰いつつブランシュに白魔術を掛けまくり日々を過ごしている。いつか、ブランシュがまた笑ってくれるなら、俺はいくらだって頑張れる。




