ネコタクシー~上司から拷問受けてるから無免許で高速道路へ~
猫山商事一年目。平社員の俺の一日は上司に理不尽に怒られて始まり上司に怒られて終わる。この日もそうだった。上司のミスを押し付けられて怒られている。でも俺は文句も言えない。なぜなら……
「いいか!お前の代わりなんかいっっくらでもいるんだぞ!?俺に逆らったら今すぐでもお前をクビに出来るんだぞ!」
「すいません!何でも言うことを聞くのでクビだけはっ!」
女手一つで俺を育ててくれた母ちゃんを悲しませたくない。妹の学費も稼がなきゃ。
「……ふぅん?何でもってか?何でもって言った?」
・
あんな事言わなきゃ良かった。部長はあれ以来俺に『1日1つ傷をつける』ようになった。
最初はしっぺや輪ゴムだったがだんだんエスカレートしてカッターやホチキスを使い出した。
俺のワイシャツの下は傷とアザだらけ。しかもお説教は相変わらず……余計な事言わなきゃ良かった。
「おい。明日はピューラーを使ってやるからな。楽しみにしとけよぉ?」
「ひぃぃぃっ!」
皮剥きぃ!?冗談じゃねーよ。でも休んだらクビだろうな。どうしようどうしよう。
・
俺に免許はない。いい加減取りにいかなきゃだが教習代も税金も辛いしなぁ。でもあった方がいいよなぁ。こんな日は特にね。
夜の満員電車に揺られるのもしんどいのでたまには贅沢しよう。俺はタクシーを止めた。
ドアが開いたので乗り込む……あれ?おかしくないか?なんで運転席のドアを開けるの?
「えっ!ネコチャン!?」
「にゃー」
運転席にいた真っ黒な猫が助手席に移動した。
どうして猫がタクシーを!?
「にゃー!」
強い「にゃー」。俺は取り敢えず運転席に座った。
「うみぃ~」
「海?」
「うみぃ~」
「海に行きたいの?でも俺は免許が無いんだよ……」
「シャー!」
「ひゃあ!」
情けない。猫に脅されてアクセルを踏んでしまった。ヤバいヤバい!無免はヤバい!
タイミング悪く車の流れに乗っちまった!仕方ない!学生時代のレースゲームの経験を生かして安全なとこまで走って停車しよう!
「あわわあわわ」
「にゃー」
ととと……取り敢えずシートベルト。ライト点灯。
「ひにゃり」
左……ね。確かにこれは曲がるしか無いな。全く東京は人が多すぎる!どこで停まればいいんだろう?ルールとか分からない。コンビニ?いやぁ監視カメラに写りたくないし、この時間の人がたくさんいるコンビニに擦らず駐車出来る自信がない。
『ネッコ・ネッコ・ネッコ・ネッコ……』
ウィンカーの音がカッチカッチでなくネッコだった。よく車検通ったな。
「ねぎぃ~」
右ぃ?もう分かったよ!下手に足掻くより今は運転に慣れよう。事故ったら会社クビどころの騒ぎじゃないよ。警察だよ。
「ひっ!」
噂をすれば正面からパトカーが来るっ!無免だってバレたら捕まるぅぅ!真顔真顔。やましいことなんてありませんよーっと。
「にゃーっ!」
『チュッ!チュール!』
猫がクラクションを押しやがった!何だよこのクラクション音は!普通プップーだろ!警察は……スルーしてくれた。まぁクラクションぐらいじゃ捕まらないよな。
・
修羅場を乗り越えたからからか何かもう慣れてきたぞ。どこでもいい。人気のない所まで走って車を停めて……うそん。
「……高速道路」
いつの間にぃ。一本道だぁ。引き返せないぃ。
どうする?支払いはどうするんだろう?どうふるどうする!?
プーッ!プーッ!プーーッ!低速で運転する俺を後続車が煽る。あーっ!やけだよ!いくぜーー!俺はアクセルを強く踏んだ。
「にゃーー!」
結構スピードが出てるのに猫は助手席で微動だにしない。すげーな。
・
「バーババーッ!ばっばっばっばっばっ!」
「ニャーントゥビーニャーン!!」
真夜中のハイウェイを走りながら聴くボーントゥビー・ワイルドは最高だ!チュッ!チュール!おーい!チンタラ走ってんじゃねぇぞ!追い越し追い越せぇ!!
「猫よ。聞いてくれよぉ」
「にゃー?」
俺は家族の事も会社の事も全部猫に話した。傷も見せた。俺はハイになっている。
「あーあ。あの野郎。クビにならねぇかなぁ?」
「にゃー」
「賛同してくれてのか?ありがとう」
・
「どりゃあ!」
海ぃぃ!信じられない。初めての運転で街を抜けて高速を走って海に来ちまった!砂浜に寝転がるの気持ちいいー!
「楽しかったぜ。坊や」
ん?誰の声だ?車の音?こんな時間に俺たち以外に海に……
「おいっ!」
運転席には黒服のグラサンしたマッチョ。助手席には猫。走り出したぁ!?猫!待て!おいっ!俺はどうすればいいんだよ!?置いてくな!
ブロロロロロロローン!!
……あっという間に走り去ってしまった。どうしようか?
・
俺はボロボロのスーツで電車とタクシーを乗り継いで家にも帰らず会社に向かった。完全に遅刻だ。神様。ちょっどぐらいピューラーで皮剥がれてもいいからクビだけは勘弁して下さい。
やべえ噂をすれば上司だ!怒られる!
「待ってください社長!待って!何で私がクビなんですかぁ!?まだローンが何年も……」
様子がおかしい。いつも偉そうな上司が涙を流しながらマッチョな男の足にしがみついている。社員達も何事かと集まっていた。
……おいっ!社長って言ったか!?すげー!実在するんだ?社長って。入社式で一回見たけどね。えっ!クビ!?頭が追い付かない!
「BIGBOSSの命令なんだ。すまないね。警察も呼んである。正直に話すんだぞ?」
「警察!?なんでぇでふかぁ!?」
もう日本語もおかしいじゃん。可哀想になってきた。
「わが社は暴力は絶対に許さん。おっと君のとこにも警察は行くだろうが被害者なんだ。堂々としてなさい。悪かった。悪質ないじめに気づいてあげられなくて」
社長が俺に……話しかけてる。しかも頭を下げてる。夢みたいだ。もしかして本当に夢か?なんで社長が俺たちの事知ってるんだろう?
「遅刻した私の代わりにボスと遊んでくれてありがとう。……無免許の事は多目にみよう。会社が金を出す。免許は取っときなさい」
後半は耳打ちだった。俺は背筋がぞわっとした。社長は昨日の俺の暴走も知ってたのか。
なんでだぁ?ボスって?
「ボスが君と話したがっている。後で会いに行ってくれ」
「……?」
社長が天を指差した。いや。天じゃない。ビルの最上階か。あー!あいつは!
『……』
……見たことのある黒猫。
「さぁ!君たち!今日もトライ&エラーでいこう!エラーの方は控えめにしてくれよ!ハッハッハッ!はいっ!撤収!」
社長が手を叩くと社員達はビルの中に戻っていった。
もう一度最上階を見ると猫はもういない。
『楽しかったぜ。坊や』
あのダンディーな声が頭のなかをリピートする。
『猫山商事』。俺はとんでもない所に勤めているのかもしれない。