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短編集

騙された男

作者: かいらー

俺は、騙された。


俺は一条健。27歳で独身だ。

中堅大学から会社に務めだして、はや数年。俺は自分の仕事に疲れて来ていた。

それなりに不満のない生活はできていたとは思う。しかしながら、どことなく味気なさを感じていた。

よくあることだろう。小さな頃思い描いていた未来と実際の現実の乖離に苦しむという話は枚挙に暇がない。

そんなある日の昼下がり、俺は飯を買おうと会社を出た。

「今日は素麺にでもするかな」

そのようなことを言いつつ燦々と降り注ぐ陽光の中、うだるような暑さに耐えながら歩いていたときだった。

公園である女に出会った。

その女は艷やかな黒髪を腰元まで伸ばし、透き通るような黒い瞳を持ち、如何にも和装が似合いそうな姿をしていた。

肌も白くハリがあり、非常に若そうだ。

しかし聡明そうなその姿とは裏腹に、彼女はスマホを片手に困惑の表情を浮かべていた。

大方、道に迷ったといったところだろう。

「どうしたんだい?お嬢さん」

俺はそう言って、少々気取りながら彼女に声をかけた。

困っている人を見かかると助けたくなるのが人情と言ったものだろう。

「実は道に迷っていまして。お嬢さん?」

声をかけてくれたことが嬉しかったのか、彼女は口元を綻ばせながらやはりそう答えた。

「気にしないでくれ。言ってみたかっただけだよ。とにかく、道に迷っているのなら地図を見せてくれないかい?俺はこのあたりに住んでいるから、この付近であれば教えられるよ。」

「そうですか!ご迷惑をおかけするかもしれませんが、お願いします。」

そういって彼女は僕にグーグル・マップの画面を見せてきた。


「住所は___ 歩いてすぐだな。よし、連れて行ってあげるよ。着いてきて。」

「ええ!いいですよそんな。場所を教えていただければ自分で行きますよ。」

彼女は、申し訳無さそうにそういった。

「いいよ気にしないで。さあ行こう。」

実際買い物の方向と同じだったので、散歩がてらにちょうど良い。

それに、善行をしたあとは気分が良く仕事ができるだろう。

「ではお言葉に甘えて。よろしくおねがいします。」

そう言って、彼女は太陽のように笑った。

今日はいつにもまして暑い。



「着いたぞ。」

「ありがとうございます。なにかお礼を差し上げたいのですが。」

「大丈夫だよ。気持ちだけ受け取っておく。」

「いえ、そんなわけには。そうですね。今度お茶でもしませんか?」

「そう言うなら是非。」

 断る理由もないだろう。

「わかりました。では電話番号を交換しておきましょう。其のときにまた連絡しますので。」

「わかった。こんな美人さんとお茶に行ける機会なんて中々ないから、楽しみにしておくよ」

「美人さんか...」

 彼女は嬉しそうに、しかしどことなく寂しそうに笑った。

「気に触ったか?」

「いえいえ。ではまた。」

 そう言って、俺達は別れた。

 会社に入って以来、久々に充実した瞬間を送ったように感じた。


こうして俺たちは、その後もお茶だけと言わず何度も出会うようになり非常に親密な関係になった。

其の日々は今までと違い非常に充実していた。

"恋"というものは人々を充実させるのだ。

そう俺は彼女に恋をしていたのだ。

俺は親愛としてではなく恋愛の感情を彼女に持っていた。

実際自惚れではなく、お互いに好いていると思っていた。

話もよく合い、相性も良かった。


こうして俺は彼女に交際を申し込むことにした。

俺は、十中八九承諾されるだろうと考えていた。

しかし彼女の返答は

「少し考えさせてほしい。」

であった。

なぜだろうか。

「やはり自惚れだったのか」

俺はそう思い、自省し自らの勘違いを恥じた。

しかし、違っていた。

もっと複雑な事情がそこにはあった。


彼女はこの間のことに答えるといい俺を呼び出した。

呼び出した場所は、初めてお茶をしたときのカフェ。右に入って一番奥のボックス席に彼女は待っていた。

そして彼女はこういった。

「私もあなたのことが好きよ。でも其の告白には応えられない。」

非常に言いにくそうであった。

「なぜ?」

俺は純粋に疑問に思い、尋ねた。

-好いてくれているのなら何故?

「実は私、男なの」

俺は衝撃を受けた。

この見目麗しい和風美女は美女ではなく美男だったのだ。

俺は騙されたのだった。

「だから、あなたの告白は受けられない。」

彼女は、否彼は悲しい顔をしながらそういった。

「そうか...」

「それでは、また何処かであいましょう。さようなら」

そう言って彼は立ち去ろうとした。

俺は、出口へ向かう背中に向かってこういった。

「だからなんだって言うんだ?」

彼は驚き振り向いて答えた。

「え?」

「性別がそんなに重要か?俺はお前という存在を好きになった。最初は姿形と言った不純な部分もあったが、今は純粋にお前そのものを好いているんだ。性別なんて関係ないだろう。」

俺はそういった。

「でも、いろいろな問題があります。子供ができない上、やはり偏見の目もありますよ。」

「だから、なんだって言うんだ。お前の気持ちは其の程度で壊れるものだったのか。」

「まさか。そんなことないわ。」

彼は声を張り上げていった。

「ただ、男と理由で何度も愛を失って来ていて怖いのです。でも...でもそこまでおっしゃるのなら... 付き合いましょう。」


そう言って、俺達は交際をすることとなった。

同性同士ということもあり様々な弊害や、偏見もあった。

当事者になってみるとこんなにも苦しいものなのだと感じた。

遠巻きに見ていてもやっぱりわからないものなのだ。


そして、そういった苦難を乗り越え俺たちは結婚することとなった。

最初は親類は皆驚いたが、とりあえずはありがたいことに受け入れてくれた。

こうして迎えることとなった結婚式。

俺は新郎挨拶を迎えこう言ったのだ。

「俺は、騙された。」と。


騙された男



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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/13 07:36 退会済み
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