第七件 普通の捜査官
午後一時、捜査一専用室……
「戻りました」
三班のスペースに入ると須川はそう言った。すると右内が「なにか分かった?」と聞いてきた。なので須川は「事件当日の午前七時頃、坂下が仲間のゾンビハンターにメールを送っていることが分かりました」と報告した
「メールね……。そのメールを本人が送ったという証拠ある?」
右内がそう聞いてきた。なので須川は「そのメールは仕事についてのものでしたので、おそらく本人が送ったものです」と言うと、そのメールのスクリーンショットを右内に見せた
「確かに本人じゃないと送れないメールね……。そうなると、坂下はこの時間では生きてたというわけね」
右内はそう言うと机の上に置いてあった茶封筒を取り、その中から資料を取り出した。するとそんな右内を見ていた小向が「何それ?」と聞いた。なので右内は「警察からの資料よ。読む?」と聞いた
「いや結構。そういうのは好きじゃないからね」
小向はそう言うと自分の席についた。その間、右内は資料をパラパラと捲って何かを探していた。そして少しすると須川に「なるほど……。この事件は確実にこっちが取れるか分からなくなったわ……」と言った
「警察担当になるかも……ということですか?」
すぐに須川はそう聞いた。すると右内は「えぇ、ここを見て」と言うと資料を机の上に広げ、指で指した。なのでそこに書いてあるものを見ると、そこには被害者である坂下が所持していた物がまとめてあった
「所持品リストですか?」
「そうよ。このリストを見て、何か思わない?」
右内はそう聞いてきた。なので須川は所持品リストをしっかりと見た。するとある物が無いことに気付いた
「スマホが無いですね」
須川がそう言うと右内は「正解。今の時代なら誰でも持ってるはずなのに坂下の所持品リストには載っていない……。ゾンビのみの事件ならあり得ないのよ」と言った
人が起こした事件とゾンビが起こした事件には明確な違いがある。それは手がかりの数である。犯人が人である場合、ほとんどの人が捕まらないよう証拠を消そうとする。故に捜査が思うように進まなくなることが多い。しかし犯人がゾンビの場合、こういった事は起こらない。ゾンビには知能がないため、全ての痕跡がそのまま残るからだ。そのため、ゾンビ絡みの事件はスムーズに進む事が多い。ある一つの例を除いては……
「スマホが無いのって偶然とかじゃないの? たまたま家に忘れたとか」
そう指摘したのは小向だった。なので須川は「普通スマホを忘れるか? 今の時代スマホが無いと何も出来ないに等しいのに……」と言った。するとそれに対して小向は「でもその可能性は否定できないでしょ?」と言った
『確かにゼロではないんだよなぁ……』
小向の意見を聞き、須川はそう思った。すると右内がこう言った
「えぇ、だからそれを今日中に確認するつもりよ」
「確認? 坂下の家にでも行くの?」
小向がそう聞いてきたため右内は「そうよ。二時頃には出るつもりでいるわ」と言った
「ほ〜ん。そんで坂下の家ってどこにあるん?」
小向がそう聞くと、右内は「事件現場近くのアパートよ。既に警察がアパート内を調べてるはず……」と答えた
「なるほどねぇ……。まぁ、そゆことだから私は昼食に行ってくるわ」
小向はそう言うと立ち上がった。するとそんな小向に右内は「二時ちょっと前には戻ってきてね」と言った
「オッケーよ。そんじゃあ」
小向はそう言うと捜査一専用室から出ていった
『そういえば昼飯まだだったな』
その話を聞いてそう思った須川は昼食を取ろうと「すみません。自分も昼食に……」と言い、席を外そうとした。しかしそんな須川に右内は「ストップ。須川君には話があるわ」と言って引き止めた
「話?」
「小向さんの件よ。貴方が電話で言ってた……」
右内がそう言うと、須川は『そういえばそんな事もあったな……』と心の中で言った。須川はゾンビ対策専門社で聞き取り調査をしていたため、その事をすっかり忘れてしまっていた。なので『お叱りかな……』と思いながら「本当にすみません」と謝った
「いや、別に謝罪を求めてるわけじゃなくて……」
謝罪をされ、右内は戸惑いながらそう言った。そして続けて「あの後、来栖さんと電話で話したんだけど、もう隠し事は無しにしようって事になってね」と言った
「隠し事を無しに? という事は……」
「この捜査に普通の捜査官として仕事をしてもらう。ただそれだけよ」
「ですが、フラッシュバックがどうとか言ってませんでした? それは大丈夫なんですか?」
須川はすぐにそう聞いた。すると右内は少し間を開けてからこう言った
「貴方があれだけ地雷を踏んでも大丈夫だった。だから捜査資料を……いえ、この事件に関する全ての資料を見せても大丈夫なんじゃないかという話になってね」
「……」
「私達は殲滅局に入る前の小向さんを知っている。故に慎重になりすぎてたのかも知れない」
右内はそう言うと立ち上がった。そして須川の左肩に手を置くと「そういう事だから宜しく。これからは隠し事なしでいくことになったから」と言った
「わ、分かりました」
須川がそう言うと右内はこの場を離れていってしまった
『さて、どうしたものか……』
右内の決定を聞いた須川はそう思いながら自分の席についた。そして今後、どうやって小向と関わっていこうか考え始めた……
「は?」
腕を組んで考えていると突然誰かが手で目を隠してきた。そして「誰でしょうか?」と聞かれた。しかしその声は須川が関わったことのある人の声ではなく、誰だか分からなかった
「正解は私でした!」
突然そう言われると手がどけられた。なので須川はすぐに後ろを見ると、そこには一度何処かで見たことがある人がいた
『どこかであった気が……』
須川はそう思い、昨日今日に出会った人を思い返した。するとこの人と何処で会ったのか思い出した
「お前ブラックリストを盗んでた奴か」
須川がそう言うと彼女は「盗んでないよ。借りてただけ」と言った。なので須川は「許可なく持っていってただろ。それはつまり泥棒だ」と言った
「細かいなぁ〜。そんな過去の話、覚えてないよ」
「お前、いま自分で言ったことをもう忘れたのか?」
須川がそう言うと彼女は「忘れちゃった〜。まぁ良いじゃないの」と言い、須川の頭を軽く叩いた
「あのさぁ……」
須川がそういった時だった。突然女性捜査官がこちらを見て「古宮さん何してるんですか!」と言ってきた。すると須川の後ろに立っている女性は「丁度いい所に……。須川だっけ? この子は円。苗字は……なんだっけ?」と言った
「似鳥です。いい加減覚えて……ってそんな事より戸塚さんが探してます。すぐについて来て下さい」
似鳥と名乗る捜査官はこちらに来るとそう言った。なので須川は「そういう事だ。早く行け」と古宮に言った。すると古宮は似鳥に「まぁちょっと待ちな」と言った
「どれくらいですか?」
似鳥がそう聞くと古宮は「五分くらい?」と答えた。すると似鳥は古宮の腕を掴んで「行きますよ」と言いながら引っ張った
「分かった分かった。一分、いや三十秒でいいから」
古宮がそう言うと似鳥は「なら早くして下さい」と言い、腕を離した。すると古宮は須川に近寄りこう言った
「彩葉の事で色々とやらかしたでしょ」
「彩葉?」
須川がそう聞くと誰かが「小向さんの事ですよ」と言った。なのでその声のした方向を見ると、そこには来栖がいた
「来栖さん。捜査の方は……」
須川がそう聞こうとすると、古宮が「まだ終わってない」と言い、須川をこちらに向かせた。そして「まぁ彩葉もそこまでヤワじゃないから今の所は大丈夫。だけど爆発させないようにね」と注意した
「爆発?」
「彩葉は嫌な事を蓄積していくタイプなの。赤羽一佐の件もその一種よ」
古宮にそう言われると須川は『赤羽一佐の件って確か口調を注意されたっていう……』と心の中で思った
「そういう事だから気をつけな」
古宮は須川にそう言うと、待たせている似鳥に「お待たせ。それじゃあ行こうか」と言った。すると似鳥は「早く行きますよ。至急なんですから」と言い、古宮の腕を引っ張ってここから離れて行った
「右内三佐から聞いた? 小向さんの件」
二人が居なくなると来栖がそう聞いてきた。なので須川は「はい。普通に捜査するというやつですよね?」と聞いた。すると来栖は「そうよ。把握してるなら大丈夫ね」と言った。そして来栖は自分の仕事をし始めた
「来栖さん。そちらの捜査はどうですか?」
須川はそう聞いた。すると来栖は「まったくね。再調査してるけど、ゾンビの出どころは全く分からないわ」と返した
「そうなるとこの事件には人が関わってるんですかね」
須川がそう言うと来栖はすぐに「おそらくね。そうなると確実に担当はこっちね」と言った
ゾンビ関係の事件というのは大きく分けて二つある。一つはゾンビが人を襲ったという事件。もう一つは人がゾンビを使って人を殺したという事件。一つ目の方が件数としては圧倒的に多いが、二つ目も度々起きていた。そしてこの場合、二つとも事件の担当は殲滅局になっていた
「ですが、右内さんは警察担当かもと言ってましたが……」
須川は右内が言っていたことを思い出し、来栖にそう言った。すると来栖は「右内三佐は再調査の結果を知らないからね。この結果を知ってるのは私と四条だけだから」と言った
「そうですか……。では後で話しておきます」
須川がそう言うと来栖は「まぁ、確かに一つ可能性は残ってるけどね」と言った。なので須川は「可能性?」と聞いた
「殺人事件が起きた後、殺人事件とは無関係の誰かがそこにゾンビを捨てたっていう可能性よ」
「そんな事あるんですか?」
須川がそう聞くと来栖は「あるわよ。私も過去に一度担当したことあるから。四鷹では無かったの?」と言ってきた。なので須川は「少なくとも自分が担当した事件にはありませんでした」と答えた
「確かに珍しいパターンだからね……。そういう事もあるから今、私達はそこについて調べてるの。何か分かったら伝えるわ」
来栖はそう言うと再び仕事をし始めた
『なるほどな……。そんな事があるのか……』
須川は心の中でそう思うと、壁にかけてある時計を見た。そして『まだ時間はあるな。ささっと何か食べてくるか』と心の中で言うと、席を立った……




