第五件 ゾンビ対策専門社
「今回の事件について、発生場所は杉並区の住宅街。警察の捜査で被害者は坂下恵斗、ゾンビは八幡翔と確定しました」
右内はそう言うと坂下と八幡の顔写真をホワイトボードに貼った
『あれは生前の写真か』
須川はホワイトボードに貼られた写真を見るとそう思った
坂下と八幡は監視部によって詳しく調べられていたため、警察と違って生前の写真を持っていた。なので右内も捜査会議では過去に撮られたものを使っていた
「被害者は道路に倒れており、その遺体の上にゾンビが死んでいました。これがその写真です」
右内はそう言うと茶封筒から撮られた角度が違う二枚の写真を取り出し、ホワイトボードに貼り付けた。その写真は須川達が現場で見たものと同じで、坂下の遺体の上にゾンビが死んでいた
「話には聞いてたが凄い状況だな」
そう言ったのは佐古だった。するとそれに続くように名和も「ほんと、これだけしっかりと襲われてれば普通は色々と出てくるはずなのにね」と言った
「名和さんが言ってしまいましたが、初動捜査ではゾンビと遺体は勿論、周辺も捜査しましたがゾンビが何処から来たのかは分かりませんでした。また警察の捜査で坂下の背中に複数の切り傷が見つかりました。これがその写真です」
右内はそう言うと茶封筒から写真を取り出し、ホワイトボードに貼ろうとした。すると名和が「右内、貼る前に見せてくれないか?」と頼んだ、なので右内はその写真を名和に渡した
「こんなのがあったら警察は捜査権を渡さないでしょ。正直な話、殺人の方が濃厚だからね」
名和は写真を見るとそう言った。なので右内は「名和さんの言う通り警察は本件の捜査権を丸投げしてくれませんでした。なので警察との話し合いにより共同捜査を行うことになりました」と話した
「共同捜査か。それで捜査本部はどっちに置くの?」
名和はそう聞いた。警察と共同捜査を行う場合、どちらかに捜査本部を作る必要があった。その捜査本部に担当の刑事と捜査官が集まるのだが、東京本部にはその捜査本部を立てれる部屋が限られていた。そのため名和としては此方に捜査本部を立てるのであれば早く知りたかった
「その事なのですが、今回は共同捜査と言っても一緒に捜査をしないので捜査本部は必要ありません。あくまで情報交換をする程度です」
右内は名和にそう言った。すると名和は「分かった。つまり警察は事件が人によって起こされたものかどうか、こっちはゾンビが起こしたものかを調べればいいのね」と言った
「そうです」
「それじゃあそれぞれの役割を決めてちょうだい。それさえ決まれば捜査に入れるから」
名和がそう言うと右内は「分かりました」と言い、部屋の中を見回した。そして「佐古さん、加来君、仲谷さんは八幡翔の再調査をお願いします」と指示を出した
すると佐古が「それはあの事件以降、どうしてたかを調べろってことか?」と聞いてきた。なので右内は「そうです。お願いします」と頼んだ
「任せな」
佐古がそう答えると、右内は次の指示を出した
「来栖さんと四条さんは現場の再調査をお願い。質問等はある?」
右内がそう聞くと来栖は「私はありません」と答えた。するとそれに続くように四条も「同じくありません」と答えた。なので右内は最後に須川を見て「私と須川君、そして小向さんで坂下の調査をするよ。須川君も質問ある?」と言ってきた
「大丈夫です」
須川はそう答えた。すると右内は名和に「役割分担出来ました。これより本件の捜査を始めます」と言った
「分かった。もし人が足りないとかあったら言ってね。出来る限りのことはするから。それじゃあ解散かな」
名和はそう言うと立ち上がった。すると他の捜査官達も立ち上がり、部屋から出ていった
『さて、捜査開始だ』
須川も他の捜査官より少し遅れて席を立った。そして資料の片付けをしている右内に近寄り「右内さん。坂下の調査ですが何から始めましょうか?」と聞いた。すると右内は手を止めてこう聞いてきた
「須川君って人物調査とか得意?」
「はい。四鷹の頃よくやっていたので苦手ではありません」
須川がそう言うと右内は「なら大丈夫だね。とりあえず部屋に戻ろう」と言い、部屋から出ていった。なので須川も右内に続いて部屋から出た。そして捜査一専用室に戻った
「それで何だって?」
三班専用スペースに入ると小向がニヤニヤしながらそう聞いてきた。なので須川は「別に何もないよ」と言い、自分の席に座った。すると小向は「何もないわけないでしょ。普通の説教にしてはだいぶ長かったんだから」と言った
「だから説教じゃないって……」
「軽く今回の捜査について話してたのよ。別に説教なんてしてないわ」
そう言ったのは右内だった。すると小向は「捜査会議!? なんで私は呼ばれなかったの?」と聞いてきた
「階級の問題じゃない? 内容的に二等はダメだったみたいな」
本当の事は言えないため、須川は適当にそう言った。けれど小向もそんな理由では納得できないらしく「そんな話聞いたことないわ。それで本当は?」と聞いた
「聞いたことないだけであるんじゃない? 三佐規制みたいに」
ゾンビ殲滅局には三佐規制と呼ばれるものがあり、三等ゾンビ対策佐官以上の階級でなければ取り出す事の出来ない資料があることからきている
「右内さんマジ?」
小向は右内にそう聞いた。すると右内は「まぁ半分はあってるかもね」と言い、席についた
「半分ってどういうことよ」
小向は須川にそう聞いた。けれど須川も三佐規制の例は適当に言っただけなので、右内がどういう意味でそう言ったのか分からなかった。そのため「さぁね」と言い、横を向いた。すると小向は立ち上がり「お前知ってるだろ! 吐かないと拷問でも何でもするぞ!」と言ってきた
「殲滅局に拷問する権利なんて無いわ。あと絶対に吐かん」
須川がそう言うと小向は須川の肩を揺らしながら「吐け! この野郎!」と言ってきた。するとそんな様子を見ていた右内は、二回手を叩くと「ほらほら、遊んでないで捜査を開始するよ」と言った
「それで捜査って何の?」
小向は須川の肩に手を置いたままそう聞いた。すると右内は「坂下恵斗の捜査よ」と答えた
「坂下? 誰それ」
「襲われてた人だよ。現場見たでしょ?」
小向の問に対して須川はそう言った。けれど小向は「私、現場見てないんだけど……」と答えた
「あ、確か怖くて見てないんだっけ」
須川がそう言うと小向は「怖いというよりグロいのはダメなのよ」と言った。なので須川は「あっそう。まぁそういうのは慣れだしそのうち大丈夫になるよ」と返した
「はいはい雑談はそこまでにして。捜査に入るわよ」
右内は手を二回叩くとそう言った。そして須川に黄色のファイルを渡した
「これは?」
須川はそのファイルを開けるとそう聞いた
「監視部が調べた坂下の情報よ」
須川はそう言われると、そのファイルに入っている資料をサッと見た。その資料はかなり細かく書かれており、いつ何処で誰と何をしていたかまで記載されていた
『いくら危険な組織のメンバーだったとはいえ、下っぱでここまで調べられるのは凄いな……』
資料を見ると須川はそう思った。すると小向が「コイツが坂下?」と聞いてきた。なので須川は「そうだよ。この人が亡くなってたんだよ」と答えた
「でもコイツ、既に細かく調べられてるじゃん。これ以上どうしろって?」
小向は右内にそう聞いた。すると右内は「監視部が調べてたのはあくまで組織に属していた頃だけよ。だから私達は組織を抜けてからの坂下を調べるの」と説明した
「それで何から調べるの?」
「とりあえず坂下が勤務してた会社に行って話を聞くとか?」
須川がそう言うと、右内は手元にある資料を開きながら「それがいいね。坂下が勤務していたのは……ゾンビ対策専門社。布地市に会社はあるわ」と言った
「そうとなれば決まりね。早くそのなんちゃら会社に行きましょ」
小向はそう言うと三班専用スペースから出ようとした。するとそんな小向に右内は「待って」と呼び止めた
「何?」
小向がそう聞くと、右内は「悪いんだけど、この調査二人でやってくれない?」と言った
「構いませんけど何でですか?」
「ちょっと気になる事があってそれを調べたいの」
「気になる事? ですか?」
須川には右内のいう「気になる事」が何のことか分からなかった。なのでそう質問すると右内は須川に近寄り、耳元で「立てこもり事件と坂下の関連性よ」と小声で言った
「だからこの調査はお願いね。小向さんも」
「任せな。しっかりやっとくから」
小向がそう言うと右内は「それじゃあよろしくね」と言い、三班専用スペースから出ていってしまった
『さて、俺も準備するか』
須川は心の中でそう言うと立ち上がり、自分のロッカーを開けた。そしてロッカーの中から拳銃と警棒、手錠を取り出した
「全てヨシと」
対策手帳があるのを確認するとそう言った。そして小向に「それじゃあ行こうか」と言った。すると小向は「オッケー!運転は宜しく」と言い、車の鍵を投げ渡した。須川はそれを受け取ると「じゃあ行くよ」と言い、三班専用スペースから出た
「二人ともどこか行くの?」
須川が廊下に出る扉を開けようとしたとき、来栖がそう聞いてきた。なので須川は「えぇ。これから坂下が勤めていた会社に行くところなんですよ」と答えた
「そういえばさっき来栖さん居なかったけど何してたの?」
小向は捜査会議に参加していなかったため、誰が何を担当するのか把握していなかった。なので来栖は「四条と捜査について話してたの。私の担当は現場の再調査だから」と言った
「あ〜、そういえば佐古班が手伝ってくれるって右内さんが言ってたな。それで来栖さんは四条と組むことになっちゃったんですか」
「まぁね。私はこのあと現場に行かないといけないからこの辺で失礼するよ」
来栖がそう言うと須川は「それでは」と言い、軽く右手を上げた。そして扉を開け、捜査一専用室から出た
「そういえば会社の場所分かるの? 私は全く分からないんだけど」
エレベーターホールに向かって歩いていると小向がそう聞いてきた。なので須川は「分かるよ。ゾンビ対策専門社には何回か行ったことあるから」と答えた。すると小向は「何の用で行ったの?」と聞いてきた
「事件関連でだよ」
「その事件の内容を聞いてるんだよ」
須川が適当に返すと小向はそう言った。なので須川はエレベーターの下ボタンを押すと「簡単に説明すると、ゾンビハンターが仕事に失敗してゾンビに襲われる事件があったんだよ。その関連で事情を聞きに行ったんだよ」と説明した
「はぇ〜、ゾンビハンターもゾンビに襲われて死ぬのか」
須川の話を聞いた小向はそう言った。なので須川は「当たり前だろ。ゾンビハンターも人、人ならミスもするさ」と言い、いま来たばかりのエレベーターに乗り込んだ
「ん! じゃあもしかして今回の事件も仕事中に起きた可能性があるんじゃ……」
小向がそう言うと、須川はすぐに「現場の状態的に仕事中ではないね」と否定した。すると小向は「何でそう思ったの?」と聞いてきた。なので須川はこう言った
「ゾンビハンターが持っているはずの武器が落ちてなかったからだよ」
ゾンビハンターの仕事はゾンビを倒すこと。そのため仕事中は短刀やボウガンといった武器を持っていた。けれど坂下の遺体付近にはそういった武器は落ちていなかった。なので須川はそう思った
「ふ〜ん。現場からそんな事まで分かるんだ」
「経験だよ。小向もあと数年すれば分かるようになるよ」
須川がそう言うとエレベーターの扉は開いた。なので須川はエレベーターから降り、地下駐車場に入った。そして専用車で布地市にあるゾンビ対策専門社へと向かって車を走らせた
「それで、どんくらいで着くの?」
小向がそう聞いてきた。なので須川は「一時間くらいかな。本部から行くのは初めてだからあってるか知らないけど」と答えた
「ふ〜ん。それだけ時間あるならたっぷり話せそうね」
「話? 雑談か?」
須川はそう聞いた。すると小向は「勿論だとも。私が仕事の話をするとでも?」と言った
「まぁ小向はそういうタイプだよな」
ゾンビ殲滅局にも色々な人がいる。自分の時間を削ってでも仕事をする人や逆にサボりがちな人まで、小向は後者寄りに思えた
「私は須川みたいに仕事をしてないと死んじゃうみたいなタイプじゃないからね」
小向がそう言うと須川はすぐに「別に俺もバリバリ仕事するタイプじゃないけどな」と否定した。すると小向は「通勤中に仕事の事を考えてれば、なかなかだと思うけどね」と言った
「昨日はたまたまだよ。別に毎日そんな事を考えてるわけじゃないよ」
「あっそう。てっきり須川はしょっちゅうお泊りするタイプの変態だと思ったよ」
小向はそう言うと軽く笑った
捜査部では捜査が忙しくなると家に帰らず、職場に泊まる人がいた。しかし泊まりは強制できないため、泊まっている人はみんな自主的に行っていた、なので小向はそんな人達の事を仕事狂いの「変態」と呼んでいた
「変態って……別に余程のことがない限りはやらないよ。布団で寝ないと疲れが取れないからね」
「なんだ、経験あるんじゃん」
「そりゃあ変な時間に強制捜査とかが入ったら泊まりもするわ。だけどそれくらい……いや、それ以外でも何回かやってるな」
須川は四鷹基地時代の事を思いだしながらそう言った。すると小向は「やってるのかよ」と突っ込んだ。なので須川は「小向も対士長になる頃には経験するはずだよ。どうしても避けれない時とかあるから」と言った
「まぁ私はそうなったら逃げるね。お泊りなんて冗談じゃない」
小向はそう言うとスマートフォンを取り出した。そして目的地に着くまでの時間潰しのためか、何かをし始めた
『今のところは大丈夫。とりあえずボロだけは出さないようにしないとな』
小向が黙ると、須川は心の中でそう言った。するとそんな須川に小向が「そういえば、捜査会議ではどんな事を話してたの?」と聞いてきた
「捜査会議?」
「そうよ。何か知らないけど私だけハブられてたから何が話されたのか分からんのよ。だから教えて」
小向はスマートフォンを下ろすと須川を見てそう言った
『まずい、何て言おう……』
須川は運転中のため、前を向いたままそう思った
朝行われた捜査会議には、三年前に起きた立てこもり事件の話が出てくるという理由で小向は呼ばれていなかった。そしてその事を須川は知っていた。けれどその理由を小向に言えるはずもなく、何と返そうか迷っていた
『また三佐規制云々を出すか? それとも他に何か……』
須川が悩んでいると小向が「ちょっと聞いてる?」と言ってきた。なので須川はわざとらしく「え? あ、何? 聞いてたよ」と反応した。すると小向は「聞いてないじゃん……」と言った
「ごめんごめん。それで何?」
須川は少しでも時間を稼ぐためにそう言った
「捜査会議の内容を聞いてるの」
小向にそう言われると須川は「内容って言われても……役割を三つに分けただけだよ」とボロを出さないよう慎重に考え、そう言った。すると小向は「その役割やらを話せって言ってるの。別にそんな薄っぺらいことは聞いてないわ」と言った
『慎重になり過ぎて怒らせたか?』
須川はそう思い、チラッと小向を見た。しかし目が合ってしまったためすぐに前を向いた
『見た感じ怒ってはなさそうだけど、どこまで話していいのやら……』
須川はそう思いながらも「俺達は坂下、来栖さんと四条さんは現場の再調査、佐古さんたちはゾンビを調べる。ただそれだけだよ」と言った。するとその答えに対して小向はこう聞いてきた
「そのゾンビ、誰?」
「ゾンビ? 確か八幡……」
『まずい、八幡の名前は出しては……』
須川がそれに気付いたときにはもう遅かった。小向は「八幡……? 名前は?」と更に聞いてきた
『やってしまった……八幡は立てこもり事件の犯人、小向だけには言ってはいけないやつを……』
須川が心の中でそう思ったときだった。突然昨日の捜査を思い出した
それは現場の捜査を須川と来栖に任せ、右内と小向がゾンビを調べに本部へ戻るというもの……
『そうだ! 確か小向は右内さんと一緒に本部に戻って資料を探してたはず、となれば既に八幡がゾンビだという事を右内さんから聞くか、資料を見て知ってるはず……』
須川はそう考え、小向に「ゾンビが誰かは小向も知ってるだろ? 昨日右内さんと資料を探しに一足早く本部に帰ったんだから」と言った
「知らんよ」
「え?」
小向の返答を聞くと須川はついそう言ってしまった。けれど小向はそれを気にせず「だって右内さんが『私一人でやる』って言うから、その間昼食を取ったり、古宮とダベってたもん」と答えた
『あっ、詰んだわ……』
それを聞いた須川はそう思った。そしてこの状況を良くする何かがないかと考え始めた。けれどそんなものは思い浮かばず、須川の頭の中は『無』になっていた。するとそんな須川に小向が「それじゃあ話を戻すけど、ゾンビって誰?」と聞いてきた
『流石にもう逃げれない。どうしたものか……』
須川がそう思っていると、小向は「八幡? 名前は何ですか?」と迫ってきた
『いま出来る手は二つ。素直に白状するか、それとも……』
「知らない」
「は? 絶対知ってるでしょ」
須川の発言に対して小向はそう言った。けれど須川は「悪いけど他の班の役割まで覚えるタイプじゃないんでね。右内さんは知ってると思うよ」とすっとぼけた
「そう。なら帰ったら右内さんに聞くわ」
小向はそう言うとスマートフォンを操作し始めた
『危ない危ない、もう少しで本部での居場所を無くすところだった……』
会話が途切れると須川はそう思った。するとそんな須川に小向がこう言った
「八幡翔……、だよね?」
須川はそう言われるとゾクッとした。自分の中ではギリギリ誤魔化せたと思っていた話が、実際は誤魔化せていなかった。それどころか小向はまだ須川にとって厳しい話をしようとしてきていた
「さぁね。名字しか覚えてないから」
須川はそう言うと小向をチラッと見た。小向はスマートフォンでゲームをしており、あくまでこの話を雑談としているように見えた。なので須川は何とかして話題を変えようと「そういえば聞いてよ。四鷹の頃、あった話なんだけどさぁ」と言った
「うるさい。そんな話どうでもいいのよ」
それはさっきまでの適当な言い方とは違い、とてもキツい言い方だった。なので須川は何も言えず黙ってしまった。すると小向はこう言った
「知らないなら教えてあげる。今回ゾンビになったのは八幡翔。元ゾンビ愛護団体の幹部、そして……」
須川はもう一度小向のいる方をチラッと見た。しかし今回はさっきとは違い、こちらを見てこう言った
「私の両親を殺した男よ」
須川はそう言われると全てが分からなくなった
小向は死体が見れないということで人は勿論、ゾンビの死骸も見ていない。それに加え、右内の指示で八幡翔についての資料を探す作業もしていない。そしてトドメに警察からの報告書も目を通していない……。
であれば、小向は何処からゾンビが八幡翔だという事を知ったのか。須川はそう考え、小向を見たまま固まってしまった
「ブレーキ! 早く!」
小向が突然そう言った。なので慌てて前を見ると信号が赤になっていた。なので須川は慌ててブレーキを踏んだ
「あ、あぶな……」
車が無事停車すると須川はボソッとそう言った。すると小向は「全く何やってるの。気をつけなさいよ」と言い、何事もなかったかのようにゲームをやり始めた
『う、右内さんに後で助けを求めないと。もう俺一人じゃ手に負えない』
須川がそう思うと、信号は青になった。なのて須川は車を再び走らせた
「本部に行くと精神的にも強くなるってのはそういうことですか。前村さん……」
本当は心の中で言おうと思っていたことを、須川はつい口に出してしまった。なので小向が「え? いま何て?」と聞いてきた
「何でもない。独り言だよ」
『正直なところ後悔しかないよ……ほんと』
須川はそんな事を思いながら車を走らせた。しかしそんな須川の横では小向が楽しそうにゲームをしていた……