第一件 東京本部捜査一
東京都のとある住宅街では朝から騒がしいことになっていた。その場所には警察が来ており、一般人が入れないように黄色い『立入禁止』と書かれたテープが貼られていた。するとそんなテープの前に赤色灯をつけた一台の車が停車した
「ここですか……」
男性は車から降りるとそう言った。すると運転席に座っている女性が男性を呼んだ
「私は本部に報告するから須川君は警察に話を通してきて」
「分かりました」
そう指示されると男性は車から離れ、黄色いテープの前に立っている警察官に話しかけた
「すみません。捜査に来たのですが……」
そう言うと警察官は男性を見た。そして「殲滅局の方ですか?」と聞いた
「はい。この通り」
男性はそう言いながら警察官に手帳を渡した。警察官が手帳を受け取り、開くとそこには顔写真と『須川奏人、二等ゾンビ対策官』と書かれていた……
今から約九十年前、突然人々が意思を持たない何者かになってしまう事件が発生した。最初は病気の類いだと思われたが、この現象は世界中で同時に発生し感染者は驚くペースで増えていった
そして感染者が増えると同時に、非感染者が感染者に襲われ感染するという事件が起き始めた。このような状況の中、世界中で感染者の対策をする組織が作られた。けれどどんなに手を尽くそうと、感染を抑えることは出来ず、感染者を殺すのが最適解となった……
日本では感染者が出てから一週間後、感染者対策をする専門の組織として『狂人対策局』がつくられた。この組織の頑張りにより日本は感染者に乗っ取られずにすんだ
それから時は経ち、当時『狂人対策局』と呼ばれていた組織は、世界的に感染者の事を意味する『ゾンビ』という言葉を入れた『ゾンビ殲滅局』に名を変え、今の日本をゾンビから守っていた……
「……東京……東京」
車内にアナウンスがかかった。席に座っている男性はそのアナウンスが流れると同時に目を開け、慌てて周りを見た。電車の扉は開いており、乗客が我先にと電車から降りている
『まずい! 降り遅れる!』
男性はそう思い、人混みに体を突っ込んだ。そして何とか電車から降りた……が駅の案内表示板を見るとそこには目的地とは反対方向行きの時刻がズラッと並んでいた
『あれ?……あ、ここ終点か。まだ時間あるしゆっくり行こ』
彼の名は須川奏人、本日よりゾンビ殲滅局東京本部勤務になったゾンビ対策官だ。そんな須川はスマートフォンで道を調べながら、本部へと進んでいった
『しかし、初めて乗る電車で考え事をするのはよくないな。色々と体に悪いわ』
須川はそんな事を思いながら歩いた。そしてしばらく進むとゾンビ殲滅局東京本部の建物が見えてきた
ゾンビ殲滅局東京本部は東京駅丸の内側から歩いてすぐの場所にあった。須川は建物の前まで来ると立ち止まり、建物を下から上までゆっくりと見た
「ここか……」
須川はそう言うと念のためスマートフォンで地図を開き、ここが目的の場所であっているのか確かめた
『あってる。ここだ』
須川は確認すると建物の中に入っていった
ゾンビ殲滅局東京本部は東京都のゾンビ対策の中心であるのはもちろん、日本全国にあるゾンビ殲滅局をまとめあげる事もしていた。なので須川が前まで働いていた所とは比べ物にならないほど対策官がいた
「それで捜査部の部屋はどこに……」
須川はそう呟きながら、事前にもらった紙を取り出した。しかしそこには異動先である『ゾンビ殲滅局東京本部、捜査部捜査1、3班』としか書かれておらず、捜査部の部屋が何処にあるのか分からなかった
『いや、部屋の場所書いてないのかよ』
紙を見ると須川はそう突っ込んだ。するとそんな須川に誰かが話しかけてきた
「捜査一に異動してきた方ですか?」
須川はそう聞かれると声のする方向を見た。そこには捜査着姿の女性がいた。なので須川は「えぇ、そうですけど……」と答えた。するとその女性は「私は捜査一の右内です。何班に配属されたか教えて頂けますか?」と自己紹介をし、須川の異動先について詳しく聞いてきた
「捜査一の三班です」
須川がそう答えると右内と名乗る女性は「なら私の班だね。とりあえずこの場で話すのもアレだし、部屋に案内するよ」と言い、歩き始めた。なので須川は「お願いします」と言い、右内の後をついていった
東京本部、捜査一専用室……
「ここが捜査一専用室よ」
須川は右内に案内され捜査一専用室に入った
東京本部、捜査部捜査一は主にゾンビ関係の事件を担当する部署である。そして事件の内容によっては警察と協力したりと、外部との繋がりが強い部署でもあった
「ここが三班の席よ」
右内は机を軽く叩きながらそう言った。そして続けて「貴方はここを使ってね」と言った。なので須川は右内に言われた机に移動し、荷物を置いた
するとそんな所に一人の女性がやって来た。その女性は三班専用スペースに入ると右内に「右内さん。この人が例の?」と聞いた
「そうだよ。須川君でいいんだよね?」
右内は確認のためそう聞いた。なので須川は「はい。四鷹ゾンビ対策基地から来ました須川奏人です。宜しくお願いします」と自己紹介をした
「来栖准官。よろしくね」
女性はそう言うと須川の斜め前の席に座った
「来栖さんはこの班の副班長なの。だから私が居ないときは来栖さんに頼ってくれれば大丈夫!」
「そうですか。それでえっと、右内さんですよね?」
須川はそう聞いた。すると右内は「あー、私の自己紹介雑だったしちゃんとやっておかないとね」と言うと横を向き、軽く咳き込んだ。そして少し間を開けると「捜査一、三班の班長をしてる右内結衣よ。階級は三佐。呼び方は何でもいいよ」と自己紹介した
『右内さんは三佐、来栖さんは准官、となると俺が一番下の階級か』
須川は右内の自己紹介を聞くとそう思った
ゾンビ殲滅局には警察や自衛隊と同じように階級が存在する。捜査部の場合、上から一等ゾンビ対策佐官、二等ゾンビ対策佐官、三等ゾンビ対策佐官、准ゾンビ対策官、ゾンビ対策士長、一等ゾンビ対策官、二等ゾンビ対策官となっている。これらの階級は三等ゾンビ対策佐官なら三佐、准ゾンビ対策官なら准官のように省略して呼ばれていた
「ん? 何か質問でもあった?」
右内は須川にそう聞いた
「捜査部は一班四人ですよね?」
「そうよ。あと一人は……もう来るんじゃないかな」
右内は机の上に置いてある時計を見るとそう言った。すると突然捜査一専用室の扉が開き、部屋の中に一人の女性が入ってきた
「来た」
来栖がそう言うと、その女性は三班専用スペースにやって来た。そして須川を見ると右内に「右内さん。この人は?」と聞いた
「前から言ってたでしょ。今日から新しい人が来るって。その人よ」
右内がそう言うとその女性は「確かにそんな事言われた記憶があるような無いような……」と言った。するとそれに対して来栖が「右内さんは確かに言ってたよ」と言った
「そうだっけ? まぁいいや。私は小向彩葉、階級は二等だけどこれでも二年目よ」
そう自己紹介されると須川も先程と同じように自己紹介した。すると右内が「ところで須川君は階級ってのは……」と言ってきた。なので須川はすぐに「ゾンビ対策士長です」と答えた
「あ〜、私より二つも上か。なんか残念」
小向はそう言うと須川の前の席に座った
「とりあえず業務自体は四鷹と変わらないと思うけど、分からないことがあったら私か来栖に聞いてね」
右内は須川にそう言った。なので須川は「分かりました」と言い、席についた。すると小向が「右内さん。私は?」と言った
「貴女はまだ二年目でしょ。それにまだ分からないことも多いでしょ?」
「確かにそれは否めない……」
小向がそう言うと来栖が「大丈夫。あと数年も経てば一人前の捜査官になれるよ」と言った
『なんか自分だけ浮いてる気がする』
須川は三人の会話を聞いていてそう感じた。するとそんな須川に右内が「須川君どうかした?」と聞いてきた。なので須川は「いえ、何でもないです。そういえばここに来てから気になってたんですけど、本部の捜査部は女性捜査官が多いですね」と言った
「まぁ捜査部は元々他の部と比べると圧倒的に女性多いからね。本部の場合は更に凄いらしいけど」
右内がそう言うと、来栖も続いて「でもちゃんと男性捜査官もいるよ。佐古二佐とか……」と言った
「ん? 俺がどうかしたか?」
突然男性捜査官が三班専用スペースの外からそう言ってきた。すると右内が「いえ、少々ありまして。それでどのような用件で?」と言った
「名和さんが右内を呼んでたから呼びに来ただけだよ。それじゃあ俺は仕事があるから」
男性捜査官はそう言うとこの場を離れていった。するとそれを聞いた右内は三人に「ちょっと名和さんの所に行ってくる。多分捜査だろうから用意してて」と言うとどこかへ行ってしまった
『本部にきてさっそく現場での仕事か……ヘマしないように気を付けよ』
須川は心の中でそう言った。そして四鷹ゾンビ対策基地に所属していた頃から使っている捜査道具を持っていた荷物の中から取り出した……
「ところで須川、朝電車で寝てたよね?」
突然小向がそう聞いてきた。なので須川は「目を閉じてただけで寝てないよ。ところで、なんでその事を知ってるの?」と言った。すると小向は「だって私、目の前に立ってたもん」と言った
「あの電車に乗ってたのに来るのは遅かったね」
「まぁ昼飯やらを買ってたしね。しかしよく電車の中で、しかも朝から寝れるね」
「眠いのは事実だけど寝てないから」
須川はそう答えた。すると小向は「じゃあ何を考えてたの?」と聞いてきた。なので須川は「俺が捜査官になって初めて担当した事件の事だよ」と答えた
「ふ~ん。通勤中もお仕事について考えるなんて、なかなか変わった人ね」
小向にそう言われると須川は心の中で『ははぁ……』と苦笑いした。確かに須川はプライベートよりも仕事を優先するタイプの人間で、前の職場では泊まり込んで仕事をするということをよくやっていた。なのでそれを否定することは出来なかった
「まぁそれはそうとして、小向さん」
「ん? 何?」
「一応階級的には俺の方が上だから敬語を…」
須川がそう言ったときだった。突然来栖が「須川君! 急ぎの用事があるからすぐに来て!」と言い、須川の腕を掴み部屋から引っ張り出そうとした
「用事? しかし右内さんが……」
須川がそう言うと来栖は小向に背を向けて「ごちゃごちゃ言うな。黙ってついて来い」と低い声で脅した
『え?』
突然の豹変に須川は固まってしまった。すると来栖が須川の腕を掴み、強引に捜査一専用室から引っ張り出した
「えっと急用というのは……」
「そんなの無い」
須川の質問に対して来栖ははっきりとそう言った
「無い? では何で……」
須川がそう聞くと来栖は「貴方が地雷を踏みかけたからよ」と言い、須川に近寄った。そして「あの子に敬語云々は言わないで。詳しくはあとで話すから」と言うと捜査1専用室に入っていった
『第一印象と違う……』
須川は来栖のことを優しいタイプの人だと思っていた。けれど今の流れを受け、須川の来栖に対する印象は「怖い人」に変わっていた
『自己紹介の時のあの感じはどこへ……裏表がはっきりしてる人なのか?』
須川はそんな事を考えながら捜査1専用室の扉の前に突っ立っていた。すると誰かが「どうしたの? こんなところでボーとして」と言ってきた。なので須川が声のする方を見ると、そこには右内がいた
「いえ、何でもありません。それで何でお呼ばれを?」
須川がそう聞くと右内は「もちろん事件についてよ。用意は出来てるよね?」と言ってきた。なので須川は「えぇ、勿論です」と答えた
「ならすぐ行くよ」
右内はそう言うと捜査一専用室に入った。そして来栖と小向に「仕事だよ。行くよ」と言った
「内容は?」
小向は右内にそう聞いた。すると右内は「殺しよ。警察から連絡が来た」と答えた
「車は私と須川君、来栖さんと小向さんね。場所はこのメモに書いてあるからここに来て」
右内はそう言うと紙を机に置き、捜査道具を持って部屋から出ていった。そして須川と共に地下駐車場へと急いだ
午前八時、東京二十三区内のとある住宅街……
「ついたよ」
右内にそう言われると須川は車から降りた。するとそんな須川に一人の警察官が近付いてきた。そして須川に「ゾンビ対策官ですよね?」と聞いてきた
「はい。そうです」
須川はそう言うと、対策手帳を警察官に見せた。すると右内が「それで現場は?」と会話に入ってきた
「こちらです」
警察官はそう言うとテープを持ち上げ、二人を立入禁止のエリアに入れた。そして警察官が集まっているところに案内した
「お待ちしてましたよ。右内捜査官」
そう言ったのは男性警察官だった。すると右内は「小野塚さんお久し振りです。それで今回はどのような状態ですか?」と言いながら小野塚という男性警察官に近寄った
「状態としてはゾンビに襲われた……そんなところでしょう」
小野塚は足元にある白い布を見てそう言った。その布はかなり盛り上がっており、いかにも遺体を隠してますという感じだった
「そちらの方は新人さん? 初めて見る方ですが」
「えぇ、今年度から私の班に来た須川です。ただあくまで異動なので基本は大丈夫なはずです」
右内は小野塚に須川の事を紹介した。すると小野塚は須川に「なら遺体とかも大丈夫ですか?」と確認をした。なので須川は「はい。捜査でそれなりに見てきているので大丈夫です」と答えた
「それでは一時的に布を外します」
小野塚はそう言うと、部下に白い布を回収させた
「これは中々に……」
須川は遺体を見るとついそう言ってしまった。すると右内が「苦手なら見ない方がいいよ。私がやるから」と言い、遺体に近寄った
「いえ、大丈夫です。ただ今まで見たなかで一番酷かったのでつい……」
須川はそう言うと遺体を挟み、右内の正面に移動した
その遺体はうつ伏せになっており、その上にゾンビらしき者が襲いかかる形で乗っかっていた
「小野塚さん。そちらはどこまでしましたか?」
右内は死体を見ると顔を上げ、小野塚にそう聞いた
「まだ何も、いま身元を調査中です。ゾンビ菌の検査結果はこちらに」
小野塚はそう言うと、右内に綿棒の入っているチャック袋を渡した。なので右内はそれを受け取り、綿棒を見ると「間違いなくゾンビですね」と言った。そしてそのチャック袋を須川に渡した
『紫色か……』
須川は綿棒を見るとそう思った
人かゾンビかを見分ける検査はいくつかあるが、日本では主に三つの方法が用いられていた。その一つがこの綿棒を使う検査方法で、これはゾンビ菌に反応して薄紫に変色する液体を綿棒に染み込ませたものである
この検査方法はゾンビ殲滅局では採用しておらず、警察だけが採用していた
「須川君、私達も検査するよ」
右内がそう言ってきた。なので須川は「分かりました」と言い、綿棒の入っているチャック袋を小野塚に返した。そして自分の持ってきた荷物の中からスプレー缶を取り出した
ゾンビ殲滅局捜査部ではスプレー缶タイプの検査方法は取り入れていた。これは検査するものに液体を吹き付け、薄紫に変化するかを確認する方法である。この検査方法は綿棒タイプと違い、管理が簡単という利点があるが、色が変化したのか分かりづらいという欠点もあった
そのため、警察ではこの検査方法を導入していなかった
「念のために両方とも検査するよ。適当な傷口にかけてくれる?」
右内はそう言った。なので須川はスプレー缶を振り、二つの死体に液体を吹き掛けた。すると右内はその吹き掛けた部分を、手で影をつくって色を確認した
「上だけ反応あり」
右内はそう言うと立ち上がった。するとそんな右内に小野塚が「では、いつも通りで良いですか?」と聞いてきた。なので右内は「えぇ、何かありましたらいつもの番号にお願いします」と言った
「そちらも何かありましたらいつものに、それでは私は報告がありますのでこの辺りで失礼します」
小野塚はそう言うとこの場を離れていった……
「右内さん! 無事着きました!」
突然そんな声が聞こえてきた。なので須川はその声のする方向を見ると、そこには此方に向かって駆け寄ってくる小向がいた
「かなり遅かったね。別に本部から遠い場所じゃないのに」
右内は腕時計で時間を確認するとそう言った。すると小向は「ごめん。近道だと思って進んだらよく分からんところに行ってた」と言い訳をした
「右内三佐、それで現場は……」
そう聞いてきたのは来栖だった。なので右内は死体がある方向を指差して「あそこよ。見ても良いけどだいぶキツいから気を付けな」と言った。すると小向は「わ、私は大丈夫」と言い、目線を反らした
「では私だけでも……」
来栖はそう言うと死体を見に行こうとした。するとそんな来栖に右内は「ちょっと待って、先にこの後の事について指示出しておくから」と言い、呼び止めた
「そんでこの後は何をするん?」
小向がそう聞くと右内は三人にこう言った
「私と小向さん、来栖さんと須川君に分かれて捜査を行う。来栖さんと須川君はこのゾンビが何処から来たのかを調べて、私達はゾンビの身元を調べるから」
「了解。何かあったら伝えます」
来栖はそう言うと、死体を見るためにこの場を離れていった。なので須川も軽くお辞儀をすると来栖を追って移動した
来栖は死体に被せてある布の端をめくると「これがその死体ね……確かにこれは酷い……」と言った。なので須川は「検査の結果、上がゾンビだと分かりました」と検査の結果を教えた。すると来栖は「これが吹き掛けたところね」と言い、須川が検査液を吹き掛けた所に顔を近付けた。そして少しすると布を元に戻し立ち上がった
「それじゃあ始めようか」
来栖は須川にそう言った。すると須川は「あの、この捜査には関係ないのですが、本部で言っていた敬語云々というのはどのような意味なんですか?」と聞いた
「……」
突然来栖が須川の事をじっと見てきた。その事に気付いた須川は『聞いちゃダメだったのかな?』と思った
「その件、知りたい?」
来栖にそう言われると須川は戸惑った。来栖から言ってきたことなのに、まるで『何故その事を聞いてくる?』と言わんばかりの反応だった
「あの、それって自分が知っても大丈夫なやつですか?」
「えぇ、大丈夫よ……それに私から聞かなくても、すぐに右内三佐から話されるだろうしね」
来栖はそう言うと死体がある場所を見た。そこでは警察官が再び集まり、死体とその周りの捜査をしていた
「それでその内容というのは……」
須川がそう聞くと、来栖は乗ってきた車を指差して「あっちで、ここだと聞こえるかも知れないから」と言った
右内と小向は警察官にまぎれて死体の捜査をしていた。なのでその二人に会話が聞こえないように車の中に入った
「よいしょっと」
須川はそう言うと助手席に座った。すると来栖が運転席に座り、ハンドルに腕を置くと話し始めた
「三年前に布地市で立てこもり事件が起きたの知ってる?」
「勿論です。確かゾンビを信仰する男が民家に侵入して、その家の住人を人質に取った事件ですよね?」
須川はそう言った。すると来栖は前を向いたまま「そうよ。それでその事件、どうなったか分かる?」と言ってきた。なので須川は「聞いた話だと、事件発生から十二時間後に突入。実行犯は行方不明と聞きましたが……」と言った
「最後以外は正解。それで人質はどうなったか分かる?」
来栖はそう聞いてきた。けれど須川はそこまで把握していなかったため「すみません。そこまでは聞いていないので分かりません」と答えた
すると来栖は須川を見て「布地市は四鷹基地の管轄、それなのに知らないの?」と言ってきた。なので須川は「すみません。その事件が起きたとき、自分の班は別件があったせいで全く関わっていないもので……」と答えた
それを聞くと来栖はため息をついた
「まぁ良いわ。結論から言うと人質三人のうち二人は殺され、一人は助けられたの。そしてその無事だった一人が……小向さんなの」
来栖は外で右内と共に捜査している小向を見ながらそう言った
「小向さんの過去は分かりました。けれど、それが何故敬語がダメの話に繋がるんですか?」
須川はそう聞いた。すると来栖は「詳しくは誰にも分からない」と言った。須川はその返答を聞くと、つい「はい?」と言ってしまった
「事件から一年後……つまりは二年前、小向さんはこの班に配属されたの。こんな話は四鷹基地でも珍しい話じゃないでしょ?」
来栖がそう聞いてきたので、須川は「はい。四鷹でもこの手の話はたまにありましたので」と答えた
事件に巻き込まれ、親を失くした子が警察官、ゾンビ対策官になるのは珍しい話ではなかった。そしてこのような話は東京本部に限らずどこでもあった
「この班は三年前、本部からの手伝いとして特殊部と共に立て籠り事件への対策に参加していたの。だから小向さんがこの班に来たとき、私と右内三佐は地雷を踏まないように色々と気を付けたわ」
「それでタメ口なのも注意しなかったんですね」
須川がそう聞くと、来栖は軽く頷いた。そして「右内三佐が『敬語を使わないのも理由があるかも』って言ったの。だから私達はあえて触れないようにしたわ。そしてそれは正解だったの」と言った
「正解だった……? ということは誰か注意したんですか?」
「貴方は知らない人だと思うけど、赤羽一佐っていう六班の班長がかなり厳しく注意したの。そうしたら突然赤羽一佐を突き飛ばして、泣き崩れたの……」
須川の質問に対して来栖はそう答えた
「フラッシュバックですかね?」
「そうだと思う。だから貴方も気を付けて」
来栖がそう言ったときだった。突然二人の乗っている車の窓ガラスがコンコンと叩かれた。なのでその音がする方向を見るとそこには小向がいた
「何かあった?」
来栖は車のドアを開けるとそう聞いた。すると小向は「右内さんが『話があるから来てくれ』だって」と言った
「それは私だけ? それとも須川君も?」
「二人ともだよ」
小向にそう言われると来栖は「分かった。須川君行くよ」と言った。なので須川は車から降りた。そして来栖と共に右内のいる場所へと向かった