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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第十四章 群青キャンディー
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6

「あ、ヤナギちゃんおそーい! どこ行ってたのー? 」

「すみません。ちょっと、セルフ様とお話を……」

観覧席に戻ってくると、ヤナギは先程触れられた唇に手をやった。

今まで知らなかった、あの感覚。

突然のことだったためあまりよく思い出せないが、あれはキス、というものなのだろう。たぶん。

でも、何故セルフはヤナギにキスをした?

あの行為に、何か意味があったのか?

「……メリア」

「どうしたの? あ、まさか御手洗!? もうすぐ三次試験始まっちゃうけど……」

「いえ、そうではなくて……。キスをする人の心理を教えてほしいのだけれど」

単刀直入にそう聞くと、メリアの顔がボンッと沸騰した。

「メリア? 」

「……うぇ? あ、あわわわわわわ……」

明らかに反応がおかしい。

さっきまで元気だったはずなのに、何やらおろおろしている。

「ヤナギ……今、なんて? 」

ぐぎぎぎぎ、と首をこちらに向ける音を立てながら、アイビーが青ざめた様子で言った。

「? ですから、キスをする人の心理を……」

「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 」

客席の人達の会話を貫通する勢いで発せられた奇声に、思わず肩がビクリとする。

声の主メリアは、周りから向けられる異様な目に気づくと、ハッとしたように苦笑をしながらぺこぺこと頭を下げた。

かと思いきや、すごい勢いでヤナギに向き直り、肩をガッと掴んでくる。

「誰!? 」

「……へ? 」

自分でも聞いたことの無い間抜けな声が出てしまうも、メリアはそんなことどうでも良いというふうに更に詰め寄った。

「相手は誰!? 」

「相手? 相手というのは……」

「待って! 」

全てを言い終わる前に、顔の前に手が突きつけられる。

長い指に白い肌の綺麗な手は、それでもがっしりとした大きさから男性の手であることを認識させる。

「シード様? なにか……」

「ほ、ほら! ヤナギ様のことですから、そんなはずありませんって! きっと恋人同士のキスシーンとか見てしまって、ふと考えてしまっただけですよ! ね? ヤナギ様? 」

「え? いえあの……」

「そうですよね? 」

「いえ……」

「そうだって言って!! 」

「え……はい。そうです? 」

どうしよう。さっきから皆が何を言っているのか全然分からない。

そもそもメリアの言う相手というのはなんの事だ?

キスをした相手、ということだろうか。

そしてシードの言ったふと考えてしまったこと、というのは、おそらくヤナギが考えた、キスの心理についてというもの。

あれ? だとしたら、さっきヤナギが「はい」と答えてしまったのは、嘘を吐いたということにならないか?

嘘を吐いてはいけないと、前世の父と約束したのに……。

これはいけない。今すぐ弁明をしなくては。

「あの、申し訳ございませんシード様。さっきのはいと言ったのは間違いで……。キスのことについて考えたのは、先程私がキスをされたからなのでございます」

これで良いだろう。

これで、誰にも間違いを伝えることなく、ありのままの事実を伝えられたはず。

「……」

シードは黙ってしまった。

魚のようにギョロっとした大きな瞳を更に見開かせて、こちらを凝視している。

「……は? 」

やっと口から出た「は? 」は酷くか細いものだったが、それでもハッキリと耳まで届いた。

「え、誰……」

「キスの相手のことですか? それでしたら……」

「ははは」

やたら棒読みの笑い声が、ヤナギの続きを遮る。

「カルミア様? 大丈夫ですか? 」

石化したカルミアに声をかけると、やはり身体は硬直したまま、口だけを動かす。

「ヤナギが冗談を言うなんて、珍しいな。何かいい事でもあったのか? 」

「いえ、冗談など私は……」

「あ、三次試験が……」

最後の言葉も、結局メリアに遮られた。

まぁ、嘘だけでも弁明できたのでよしとしよう。

キスの心理については、また別の機会に聞けば良い。

「それではこれより、三次試験を始める! 早速だが、組み分けの発表だ! 名前を呼ばれた者から順に、Aチームの方へ整列せよ! 呼ばれなかった者はBチームだ! 」

この試験では、2つの組に別れて団体戦で決闘を行う。

使用する武器は木剣のみとなっている。

「あ、セルフ様とスイセン様、同じチームだ……」

「本当ね」

メリアと競技場を見れば、Aチームであろうエリアに、セルフとスイセンが並んで整列していた。

「ふーん、同じチームになっちゃったんだー」

チーム分けが発表されて周りの喧騒が大きくなる中、その声はハッキリと聞こえた。

「イベリス様……」

何処かつまらなそうに競技場を眺めるイベリスに、メリアが渋い顔をする。

お昼休憩の時に感じた薄気味悪い雰囲気を思い出してか、怯えたような目を向けていた。

イベリスはこちらにチラリと目をやってから、口元に微小を浮かべていつも通りの笑顔で答える。

「こんにちは、ヤナギ様、メリア様。アイビー様やカルミア様、シード様も」

「ごきげんよう、イベリス様」

ヤナギは挨拶を返したが、後の面々は「ああ」とか「おう」とか素っ気ない返事をする。

シードに至っては、顔さえ向けていなかった。

「えと、イベリス様も、見に来ていたんですね」

それでも何とかメリアが口を開くと、イベリスはこれまた気味悪い笑みを顔に貼り付けた。

「そうなんですよー。本当は、騎士同士の集いなんて、見に来る予定なかったんですけど。ちょっと用事? みたいなものがあって」

「用事、ですか」

「そうなんです! 僕もアイビー様やカルミア様の元で修行を積んできた身、何かお手伝いできることないかなーと思って」

「特に何かを教えた覚えはないがな」

「やだなーカルミア様。特に教えて貰っていなくても、お傍でカルミア様についてまわっているだけで、十分な、十分すぎる収穫を得られましたよ? 」

カルミアは至って普通、いつもと変わらない態度でイベリスに接している。

だが、その中に確かなよそよそしさがある事は、ヤナギの目から見て明らかだった。

「ほら、三次試験始まるみたいですよ? 」

注意を、イベリスから競技場へと向けさせられる。

「……楽しみですねー」

ヤナギの耳元で、イベリスがそんなことを言った。

楽しみ、とは何がだろう。

いや、考えても仕方がない。

今はセルフの試合を見るべきだ。

「それでは、試合を開始する! ……始めっ! 」

審判が合図をした瞬間、一瞬にしてセルフが何処にいるのか分からなくなってしまった。

この試験の参加者は30人。

Aチーム15人、Bチーム15人で行われた試合は、この広い競技場の中をもみくちゃにした。

頑張って探していると、メリアが競技場の中心の方、1番人が密集している場所に指を示した。

「あ! ヤナギちゃん、あれ! あそこにいた! 」

よくよく見てみると、そこにはセルフとスイセンがいた。

Bチームの相手と一生懸命戦っているも、スイセンがセルフの肩にぶつかったり、セルフがスイセンの足を踏んだりと、お互いがお互いの足を引っ張っている。

「あれ、スイセン様わざとやってるんじゃないですか? 」

シードの指摘に、アイビーも頷いた。

「確かに、あれだけぶつかり合っているのなら、双方が距離をとれば良いだけなのに……。セルフがスイセンから離れても、スイセンが付いてきているもんな」

一向にセルフから離れようとしないスイセンは明らかにセルフの邪魔をしていた。

「きゃー! スイセン様頑張ってー! 」

「スイセン様ー! あともう少しですわよー! 」

スイセンに、口々に黄色い声が寄せられる。

それにわざわざ振り返って、笑みを振りまくスイセン。だが、けっして隙を見せることなく、襲撃してきた相手チームを木剣で薙ぎ払っていく。

そしてまた、歓声が上がる。

「すごいですねぇAチーム、ほとんどスイセン様がやっつけてるんじゃないですか? 」

イベリスが関心したように、スイセンに注目している。

「確かにスイセン様もすごいですけど……でもでもっ! セルフ様だって負けてません! 」

それに、メリアが対抗するようにセルフを応援しだした。

「セルフ様ー! 頑張ってくださーい! 」

応援が届いているのかいないのか、セルフは剣の動きを緩めない。

スイセンほど倒してはいないものの、チラリと見えたその顔は、遠目からでも諦めていないことが分かった。

「さー、どうなるかなー? 」

イベリスの声は、聞こえなかった。





「おい! 邪魔をだって言ってるだろ! 」

うるさいくらい響く声は、頭をガンガンさせるばかりだ。

さっきからスイセンへの熱愛の声がすごい。

最初はまだ我慢できたが、こうも炎天下の中剣を振り続けていて、なおスイセンよりチームに貢献できていないことに若干の苛立ちを募らせていた。

さらに、スイセンはその黄色い声にわざわざ顔を上げて答えながらも相手チームを倒していっているので、尚のこと腹が立つ。

「ふん! 邪魔はどっちだ。僕に付いてまわらないで貰えますか? 僕の傍にいたところで、君が上手いように見えるわけではないんですから」

「ああ!? 離れても離れてもついてまわっているのはどっちだよ!? いい加減にしろ! しつこいぞ! 」

Bチームからの攻撃を木剣で受け止めながら、何とかスイセンと会話を続ける。

早々に離れてもらわないと、こちとら怪我をしてしまわないか心配なのだ。

大きな怪我をしてしまえば、最終試験に響く。

それだけは、避けたかった。

ドンッと、またスイセンと肩がぶつかる。

今度はけっこう強めにぶつかられて、バランスが崩れそうになった。

「っ……! おい! 気をつけろよ! 」

声を荒らげるも、スイセンからの反応はない。

どうやら、無視を決め込むつもりらしい。

「おいっ……」

「おら! よそ見すんな! 」

セルフに喋る隙間を与えず、Bチームから攻撃がくる。

木剣で受け止めきれず避けようとした、その時だった。

「まずは1人、もーらい! 」

後ろからも、攻め込まれる。

「なっ……!? 」

まさかと思って振り返るも、遅かった。

大きく振りかぶった木剣を受け止めたはいいものの、そのまま弾き返される。

視界がぐらついて、直後背中に大きな激痛が走った。

「くそっ……! 」

まだだ。まだ、諦めるわけにはいかない。

ヤナギに、「勝ってくる」なんて格好つけて言ってきて、結局最終試験にも挑めず負けましたなんて、あまりにも情けないではないか。

「まだ、まだだ……! 」

まだ終わっていない。

まだ、やれる。頑張れる。

ヤナギのためなら、いくらでも……!

「……あれ、は……? 」

起き上がろうとした時、手を伸ばせば届きそうな距離に、それがあった。

淡い青色の、群青色の、小さな花。

小さい額に入ったネモフィラの花が、地面に転がっている。

そうだ。ブレイブがくれたお守りを、服の裏ポケットに入れていたのだった。

さっきの衝撃で、放り出されてしまったのか……。

「く、そっ……! 」

取りにいかなければ。幸い、手は届くのだから。

だが、腕に力が入らない。

あともう少し、もう少しで、届くのに……。

「おらぁ! 」

何とか気合いで、それを掴んだ。

が……。

ドスッと、ネモフィラを掴んだ腕に重心がかかる。

痛い。声も出ないほどに。

「だれが……」

顔を上げると、意地悪くほくそ笑む男の姿。

さっきセルフを吹っ飛ばしたBチームの1人が、セルフが持っていた木剣を手に持ち、セルフの腕を思いっきり足で踏んでいた。

必死に藻掻くも、ビクともしない。

嫌だ、こんなところで終わりたくない。

嫌だ、嫌だ、嫌だ……。

「セルフ・ネメシア、アウト! 」

セルフの望みとは裏腹に。

無情にも、審判はそう言った。

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