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「それでは、二次試験の結果を発表する! 第1位、セルフ・ネメシア! 」
試験官から発表を聞いて、セルフは声には出さなかったが心の中で「よしっ! 」とガッツポーズを決めた。
一先ず二次試験は突破できた。
1時はどうなることかと思ったが、とりあえず一安心といったところか。
「第2位は、スイセン……」
「ちょっと待ってください! 」
試験官の言葉を遮って、スイセンが口を開く。
「彼はビーズを使いました。ビーズは養成所で最も凶暴な馬と言われています。レース中も、がむしゃらに走り回っていて、近づける状態じゃありませんでした」
何らかの文句がくることは予想していたが、これはあまりにも無理矢理すぎやしないだろうか。
「はっ! 未来の騎士様が馬に怯えて近づけなかっただ、聞いて呆れるな」
言い返すと、スイセンはぐっと唇を噛み締めた。
その反応からするに、自分でも無理を言っていることは承知らしい。
「で、でもセルフ・ネメシアは……」
「スイセン」
試験官が、強い口調でスイセンを呼ぶ。
「なんでしょうか? 」
「勝ちは勝ち、負けは負けだ。セルフだって、不正も何もしていない。これ以上の反論は、格好が悪いことも、おまえなら十分分かるだろう? 」
スイセンは黙ったまま、燃えたぎる瞳をセルフに向けた。
そんなに睨まれても、セルフは悪くないのだからどうしようもない。
「おい、正々堂々戦おうとは思わないのか? 」
「うるさいです。僕は僕のやり方でこの試験に合格します」
うるさいって、どっちがだ。
スイセンには構わずに、走ってくれたビーズに向き直ることにした。
「ビーズ、ありがとな」
お礼を言うと、ビーズは嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。
「ブルルルル」
「ははっ! 撫でてほしいのか? 」
「いや、これは餌が欲しい時の鳴き声だな」
試験官のまさかの答えに、がっくりと肩を落とす。
撫でてほしいわけではなく、単純にお腹が空いていたらしい。
「ほらビーズ、あっちで人参でもやろう」
「ブルルルル」
「じゃあな、ビーズ」
試験官に連れられて去っていくビーズを名残惜しく見つめていると、観覧席の方から声が聞こえてきた。
「セルフ様ー! おめでとうございまーす! 」
大きな声で祝福してくれる明るい声の主は、何回も聞いてきたメリアからのものだった。
こちらに大きく手を振って存在をアピールするメリアに、セルフも手を振り返す。
隣にはヤナギもいて、ヤナギも小さく手を振っていた。
メリアと違い声は聞こえなかったが、口の形が「おめでとうございます」と動いている。
それがなんだか可愛らしくて、つい笑みが溢れる。
次の試験も頑張ろう、そう思えた。
「それでは、不合格だった者はすみやかに退場願う! 残った合格者は暫しの間待つように! 」
試験官が言うやいなや、メリア達が観覧席から立ち上がり消えて行く。
そして、数分もかからないうちに、すぐこちらへ来てくれた。
「おめでとうございますセルフ様! 乗馬レース、凄かったです! 」
「ありがとなメリア。ただ、あんなでかい声で名前を呼ぶな。恥ずかしいだろ……」
「えー? でもセルフ様、嬉しそうじゃありませんでした? 」
シードがニヤニヤしながら言ってくるので、「別に」と素っ気なく返す。
「でも、顔赤いですよ? 」
「そんなことない」
自分でも、頬に熱が集まってくるのは分かっていたのに、嘘をついた。
誰かに応援されるなんて、初めてだったから。
恥ずかしくて、どういう反応をすれば良いのか分からず俯くと、目の前で揺れた赤髪に、心臓が一瞬ドキリとした。
「セルフ」
「な、なんですか、アイビー様」
「さっきのレースのことなんだが……」
ああ、やっぱり。勘づかれていたらしい。
「1試合目の時はまさかと思ったんだが……ああも続くとなると……」
「やはり、分かってたんですね……」
スイセン達がセルフに嫌がらせをしてきていたことを、アイビーはちゃんと見抜いていた。
「どうする? 俺の方から試験官に言っておこうか? 」
いや、アイビーだけではない。カルミアも、気がついていたらしい。
もしカルミアやアイビーから試験官に伝えれば、スイセン達はすぐさま不合格、とまではいかなくとも、事情確認をされたり、目をつけられたりはするだろう。
だが、これはセルフとスイセンの問題だ。
アイビーやカルミアに頼っていいことではない。
「いえ、お心遣いだけ受け取っておきます。今のところ試験は無事突破できていますし。それに、怪我をさせられたりはしていないので」
1試合目のゴールにて、吹っ飛ばされはしたが。
「……そうか。だが、何かあれば言ってくれ。力になる」
「俺も。お前が頑張ってるのは、よく知ってるからな」
「ありがとうございます、アイビー様、カルミア様」
そう言ったが、内心ではやはり頼んでおいてもらったら良かったのではないか? なんて思考が生まれてしまう。
この後の試験でも何かしてきたらどうしようか。
今度は怪我でもさせられるかもしれない。
そう考えると、少しだけ不安だった。
少しだけ、怖かった。
試験発表の時に向けられたあの目を、また思い出してしまう。
あの時は気にしないようにしていたが、やっぱり全然気にならないわけではない。
セルフだって人間。傷つく時は、傷つくのだ。
それでも、そんなことを思い出してはいけないと、強引に頭から切り離す。
大丈夫だ。今までやってきたことを信じて、精一杯頑張るだけなのだから。
今まで、頑張ってきたのだから。
「では、三次試験を行う! 合格者は集まれ! 」
話していると、すぐに試験官から呼び出しがかかった。
もう三次試験が始まるらしい。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい。じゃあ私たちは、観覧席に戻りますね」
メリア達が引き返すのと同時に、セルフも動き出す。
「あ、セルフ様」
と、セルフを呼び止める声が聞こえたため、振り向くと、そこにはヤナギが立っていた。
そういえば、せっかく来てくれたのにヤナギとだけ話せていない。
「ヤナギも、ありがとうな。応援とか、してくれて」
「いえ。……あの、私は、セルフ様がいつもどのくらい頑張っていたか、知っています」
なんか、急に褒められた。
すごく急だったため、反応に困る。
「え? ああ、ありが……」
「セルフ様は、ご自分がどれほど頑張っているかは、ご存知ないかもしれませんが……、私は、頑張っていると思います」
「……なんで俺が、自分がどのくらい頑張ってるか分からない、ってことが分かったんだ? 」
別に、特段気にしているわけではない。
ただ、自分って頑張っているのか、頑張れているのかと、少し気にしていた程度のこと。
深く悩んでいるわけでもない、些細なことだ。
それでも、時々ふと考えてしまうような、小さなもやもや。
それをピンポイントで当ててきたヤナギに、セルフは更に動揺した。
「いつも、誰よりも遅くまで、訓練していらっしゃいますよね? 」
……そうだった。
「私は知っています。セルフ様が、どのくらい頑張っているのか。たった1人で、あの場所で訓練していて。私が来るのが遅くなって、もういないかと思っていても必ず残って、訓練している。日が落ちるまで、ずっと……」
この少女は、セルフを見てくれている子だった。
「そんなに頑張っているのは、まだ訓練が足りていないと、不十分だと思っているからではないのですか? 騎士になる為に、ずっとずっと努力して……」
「俺は、頑張ってる……努力、してるのか? 」
自分は、頑張っていると思っていた。そう思っていたかった。
自信をつけるために、自信をつけられるようになる為に、いつも頑張っているつもりだった。
だから、誰かからこんなふうに、頑張っているなんて言われるなんて……。
「はい。セルフ様は頑張っていたと、私の瞳には映っていました。セルフ様はそう思っていなくとも、私は頑張っていたと、そう思います」
誰か1人でも、自分を認めてくれる存在がいる。
それだけで、なんだか救われたような気になってしまうなんて、不思議な話だ。
今なら、何でもできそうな気がした。
スイセンの策略にも、その他の障害にも。全てに、打ち勝てそうな気がした。
思えば、去年の試験でもそうだった。
ブレイブの真似ばかりしている自分を、受け入れてくれた。
セルフはセルフなのだと、そう肯定してくれた。
あの日から、この少女に、支えられてきた。
「セルフ様は、1人ではございません。私がずっと、見てきましたから」
ずっと、隣で。
「隣にいて、くれるのか……? 」
そう聞くと、ヤナギは当然だというように、頷いた。
「セルフ様が仰ったのでしょう? また来い、と」
そうだった。一回目の試験で落ちた時、もう来なくなってしまうヤナギに、セルフは確かにそう言った。また来い、と。それにヤナギは頷いてくれたのだった。
「そう、だよな……」
全身から、何かが湧き上がってくるのを感じた。
彼女を、ヤナギを、愛おしいと、そう思った。
この時やっと、気づいたのだ。
本当は、去年の試験の時からずっと、想っていたくせに。
世界が真っ白に映った。
真っ白な世界に、セルフとヤナギの2人だけ。
そんな錯覚に陥ってしまう。
自分を呼んでくれる声も。
ひとつひとつの、仕草でさえも。
「セル……」
言いかけた唇を、自身のそれで塞いだ。
初めて触れる柔らかい感触に、一瞬思考が停止する。
唇を離すと、周りの喧騒が戻ってきた。
辺り一面に囲まれた観客席と、ライバルである養成所の生徒。
それらを見渡して、ポカンとしているヤナギの頭に手を乗せた。
「勝ってくる」
それだけ言って。
自分の場所に並ぶと、大きく深呼吸をした。
大丈夫。信じろ、自分を。
今までやってきたことを、やればいいだけなのだから。
何も、恐れることはない。
「それではこれより、三次試験を始める! 」
試験官の声と同時に、木剣を握りしめた。




