2
「げっ」
パーティー会場にて、ワイン片手に派手目のメイクを施している今回の主役、イザリアは、嫌そうな顔を隠しもせずに不満の声をあげた。
多くの人が集まっているこの一室では、ダンスを踊ったり軽食スペースでお酒を飲みながら談笑している人達がほとんどだった。
皆、知人や友人、婚約者と楽しそうに過ごしている。
この6人を覗いては。
「なぜ、あなたがここにいますの……」
「それはこちらの台詞ですわ」
「私も。だって、招待されましたから……」
イザリア、リン、テリナの3人が、それぞれ顔を見合わせて驚いた顔をする。
気まずい雰囲気が漂う中、今度は目の前にいるヤナギ達へと目をやった。
「お久しぶりです。イザリア様、リン様、テリナ様」
「初めまして。私、ヨナ・ティアナです。本日はイザリアさまのお誕生日パーティーにご招待いただきまして、誠にありがとうございます」
「あ、ああ。ヨナ様ですね。お越しいただき、ありがとうございます」
ヨナとイザリアがニコリと微笑んで挨拶する。
「……それで、そちらの方は? 」
リンが指さした方向は、ヤナギの後ろに隠れていたミアを示していた。
ミアはイザリア同様嫌そうな顔をするも、すぐに前に出てリンとテリナに挨拶をした。
「ミア・ノーマスでございますわ。リン様、テリナ様」
「ノーマスってことは……イザリア様の姉妹!? 」
テリナが驚いた顔でイザリアとミアを交互に見ていると、姉妹の2人は顔をぷいっと背けあった。
「ミア、貴方は無理に来なくていいと言ったでしょう? 」
「お言葉ですがお姉様、ヤナギ様が来ると言うのでしたら話は別ですわ。ですからこれは、お姉様を祝いに来たのではなく、ヤナギ様に会いに来ただけですので。変な勘違いは御遠慮いただきたいです」
「勘違いなんてしていないわよ。そんなに言うなら、ヤナギ様と共にお帰りになったらいかがかしら? 」
「お姉様! ヤナギ様に向かって何という口を! 」
「まあまあ落ち着いて2人とも。いいじゃない、皆でパーティーを楽しみましょう? 」
喧嘩するイザリアとミアをヨナが宥めると、2人は「ふんっ」とまたお互いにそっぽを向いた。
仲が悪いらしい姉妹は、同じように腕を組んで同じような顔で怒っていた。
「というか、何故ヤナギ様やリン様やテリナ様まで……」
「何故って、招待状が来たんです」
「リン様と同じで、私のところにも招待状が……。ヤナギ様も、そうなのですか? 」
「はい。私のところにも招待状がきました」
「一体何故……。知り合いと仲の良い者にしか送っていませんのに……」
「あら? 私達じゃ不満なのですか? 」
テリナが皿にサラダを盛り付けながら言うと、イザリアは「不満といいますか、納得がいきませんのよ……」ともらした。
イザリア、リン、テリナとは、以前アイビーとの見合いの時に顔を合わせた記憶がある。
「全く、あなた達のせいでせっかくの誕生日パーティが台無しですわ」
紫色のポニーテールを揺らしながら愚痴を零すイザリアは、今日も煌びやかなイヤリングとドレスを身にまとっていた。
着飾ることが大好きで、宝石好きな侯爵家のお嬢様だ。
「やっぱり不満があるんじゃないですか……。あ、このお肉美味しそう」
金髪ポニーテールの少しぽっちゃりとした体型のテリナは、今度はお肉料理に手を伸ばした。
料理を前にしてニッコリと微笑み、お肉を上品に食べ始める。
「テリナ様、そんなに食べてばかりいては、また太ってしまいますわよ。イザリア様も、せっかく来てあげたのですから、もう少し楽しまれてはどうですか? もしかしたら、素敵な方に巡り会えるかもしれませんし……」
うっとりした様子でどこかを見つめるリンは、この中だと1番協調性があるように思える。
オレンジ色の髪は、今日もサラサラと綺麗だ。
「あら。素敵な方なんて、貴方アイビー様はどうしたのよ? もしかして、諦めたの? 」
テリナは肉を頬張りながら会場を見渡すと、曲に合わせてダンスをする男女で目をとめた。
「諦めてはいませんけど……。例えフラれたからといって、また好きになってくれるかもしれませんし。それに、お父様がうるさいんです。早く別の婚約者を見つけろって」
「あ、私もです」
リンとテリナが揃ってため息を吐く。
すると、テリナがヨナに話を振った。
「ヨナ様は、婚約者はいらっしゃるのですか? 」
金髪ロングヘアーで整えられた顔立ちのヨナは、会場の1部から注目を集めていた。
それらの視線を横目に、ヨナは頬に手を置いて幸せそうな笑みを零した。
「そうですね。婚約者はいますよ」
「えぇ!? いつからですか!? 」
初耳だったらしいミアが、目を丸くしてヨナに詰め寄る。
まだ婚約者のいないミアにとっては、ショックな話だったのだろう。
「いつからって……随分前から? 私が8歳くらいの時だったかしら。確か、あちらから遊びにきてくれて」
「は、8歳……」
ミアが信じられない、というように驚愕していると、ヨナは得意気にふふっと笑った。
貴族社会では、幼少期で婚約を結ぶ人もいるらしい。
実際目にするのは初めてだが、もう婚約が決まっているヨナは、どこか余裕があるように見えた。
「ヤナギ様は? 誰か良いお相手はいらっしゃいますの? 」
「私も、まだ婚約者はいません。テリナ様と同じです」
「そういえば、貴方もアイビー様に断られたのでしょう? 早く見つけないと不味いのではなくて? 」
「不味い……」
不味い、のだろうか。
前世では結婚なんてしてもしなくても良いものだったが、この世界ではそうもいかない。
さらに公爵令嬢ともなれば、将来的には必ず誰かと結婚しなければならないだろう。
だが、ヤナギにはまだそのビジョンが見えない。
結婚しろと言われれば結婚するが、結婚した後どうなるかなんて全く想像できなかった。
「ま、あまり難しく考えても仕方がないですわね」
黙ったままのヤナギをどう思ったのか、テリナがそう区切りをつける。
話が一段落したところで軽食スペースを見ると、そこには沢山の料理が並んでいた。
ヤナギも少し小腹が空いたため皿をとると、それに気づいたミアが料理に合うお酒を持ってきてくれた。
「お酒、ですか……」
「もしかしてヤナギ様、お酒苦手ですか? 」
この世界では、15歳で成人。ヤナギは今15歳なので成人しているため、お酒は飲んでもいい。
グラスに入った黄色の液体は、ぽこぽこと泡を弾ませている。
「いえ、苦手ではないのですが……。飲むのは初めてで」
「え、そうなんですか? 」
ミアが意外そうな顔をする。
前世の記憶が戻る前のヤナギは飲んでいたのかもしれないが、よく覚えていない。
というのも、記憶が戻ると同時にキミイロびより! のヤナギとしての記憶は曖昧になってしまったのだ。
ヤナギはミアからお酒を手に取ると、それをちょびっとだけ口に含んでみた。
ヒヤリとした冷たいものが喉を通る。
苦くもなければ美味しいともいえない。
なんとも言えない味が口の中に広がった。
「どうですか? 初めてのお酒は」
「……普通、ですね」
「そうですか! 」
大して良い感想を言ってもいないのに、ミアは何だかニコニコしていた。
「何故、嬉しそうなのですか? 」
「だって、初めてヤナギ様がお酒を飲む相手が、私だったので……」
「それが、嬉しいのですか? 」
「はい! 」
何だかよく分からない理由だったが、嬉しいならまぁいいかと流しておくことにした。
そんなこんなでミアとお喋りしたりしながら過ごしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
時計を見ると針はとっくに10時半を指していた。
貴族のパーティーは夜遅くまで行われることが多く、このパーティーも11時で終わってしまう。
後30分かと思ったところで、人混みをかき分けてこちらに来る1人の男性の姿が見えた。
いや、男性だけじゃない。綺麗な女性も一緒だった。
「「お父様とお母様!? 」」
イザリアとミアが声を揃えて言うと、呼ばれた2人はニコリと微笑んでこちらに手を振ってやって来る。
2人を目にしたリン、テリナ、ヨナは身を固くした。
緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばしてお辞儀をする。
「リン・ミーヤです! 」
「テリナ・キャシーです! 」
「ヨ、ヨナ・ティアナです! 」
「ヤナギ・ハランと申します」
3人に釣られてヤナギも名前を言うと、イザリアとミアの両親も笑いながら挨拶をした。
「初めまして、僕はクルシュ・ノーマス。挨拶が遅れてしまいすまないね」
「初めてまして、私はミント・ノーマスよ。本当にごめんなさいね。もう少し早い時間にお合いしたかったのだけれど、知り合いのお話が長引いちゃって」
「と、とんでもございません! 」
ミントの綺麗な微笑みに顔を赤くしながらリンがまた頭を下げると、クルシュが「ははっ」と笑い声をあげた。
「ヤナギさんはもしかして、ミアのご友人かな? 」
クルシュがヤナギに近づいてミアと交互に見ると、ミアは胸を張って「はい! 」と答えた。
「ミアから話は聞いているよ。仲良くしてくれて、ありがとうね」
「お父様、何故ヤナギ様やリン様、テリナ様をこのパーティーにご招待したのです? 」
話に割って入るようにイザリアがクルシュに詰め寄る。
「リンさんとテリナさんは、私の友人の娘さん達だからね。後、ヨナさんも。ヤナギさんは、ミアからの希望だよ」
「なっ……! 」
イザリアが振り返ってミアを睨むと、ミアは知らん顔をして別方向に目を逸らした。
「あら? もしかして貴方達、イザリアのご友人? 」
「へっ? 」
ミントからの唐突な言葉に、思わずテリナから素っ頓狂な声が出る。
友人というよりも、アイビーと婚約者の座を競い合ったライバルだ。
ヤナギの目で見ても、あの3人が友人のようには映らない。
だが、テリナが反論の意を唱える前に、クルシュとミントはどんどん話を進めてしまう。
「おお! 友人というのならめでたいな! 」
「ええ! まさか、あのイザリアにご友人ができるなんて! 」
「ああ。昔から少し気が強いところがあって、中々友人ができにくかったイザリアがついに……」
「ちょ、ちょっと! お父様、お母様! 」
恥ずかしそうに顔を赤くするイザリアに、リンがニヤリと笑った。
その顔はまるで、新たな弱点を見つけた子供のような笑みだった。
「違いますわ! この方達は、友人なんかじゃなくて……」
「照れなくても良いじゃない。そうだわ! 今日はイザリアの部屋で過ごせば? 」
「いいじゃないか! 友人の皆さん、今日は我が家に泊まっていってください」
「「「「「えぇ!」」 」」」」
ヤナギ意外の全員の声が重なった。
「せっかくできた友人だ。親睦を深めるといい」
「い、いえ! ですから友人などでは……」
「それじゃあ、イザリアの部屋にベッドを追加しておくよう手配するか! それじゃあ、またな」
「素敵な夜を過ごしてね。それでは」
クルシュとミントがにこやかに一礼して人混みへと消えていく。
「……な、なんということですの」
どうやら今日は、イザリアの家に泊まることになったらしい。
「あ、貴方達も、何故友人じゃないと言ってくれなかったんですの!? 」
「し、仕方ないじゃありませんか! クルシュ様とミント様が近くにいらっしゃったのだから、緊張してしまって……」
リンが言うと、テリナとヨナもこくこくと頷いた。
クルシュとミントは、何だか凄い人らしい。
ミアは「ヤナギ様とお泊まり……」とうっとりと頬を紅潮させている。
「イザリア様、私達も本意ではありませんが、今日はお泊まりさせていただきますね」
「イザリア様、私も泊まらせていただきます」
「私も。クルシュ様とミント様のご意向ですし」
リンとテリナとヨナがイザリアに気まずそうな顔で言うと、イザリアはヤナギの肩にガシッと手を置いた。
「ヤナギ様は!? ヤナギ様はどうなんですの!? 」
ヤナギの場合、ミントに「泊まっていってください」と言われたため、選択肢は1つしかない。
「お世話になります、イザリア様」
無表情でヤナギが告げると、肩から離れた手は綺麗に掃除されている床へついた。
「そ、そんなの絶対嫌ですわ〜! 」
イザリアの悲鳴は、ダンスの演奏によってかき消された。




