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ガタガタゴトゴト
あまり慣れない感覚に身を委ねながら、ヤナギは1人窓の外を見ていた。
馬車には初めて乗ったが、思ったより早く走ることに素直に驚く。
それにしても、異世界の景色はどれも新鮮だ。
やなぎの記憶を取り戻してからは学園にしかいなかったから、こうして外に出てみるのも初めての経験だった。
都会のようにあちこちにビルがたっているわけではなく、広がるのは湖や花畑が多い。
見渡す景色は真新しく、移動中飽きることはなかった。
「ヤナギ様、もう少々でお着きになります」
御者が運転席から顔を少しだけ覗かせる。
それに「はい」と頷いて、ヤナギは足元に置いていた荷物を手にとった。
そして、ガタガタと揺れていた馬車が止まり目的地に到着する。
御者がドアを開けてヤナギに下りるよう促すと、馬車の外からスっと手が伸びてきた。
「お荷物、お持ちいたします」
屋敷に仕えているのであろうメイドがヤナギの荷物をひょいと持ち上げて運ぶ。
「ありがとうございます」
持ってくれたことにお礼を言うと、メイドの足がピタリと止まった。
ゆっくりと振り返ったその顔は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ヤナギ様が、お礼を……? 」
「? どうかしましたか」
「い、いえっ! 何でもございません! 」
メイドは深く一礼して、すぐに屋敷へと向かっていった。
目的地の屋敷であるヤナギの家は、さすが貴族の御屋敷といったものだった。
大きくてお城みたいな外観に、広い面積の庭。
そして、ヤナギが馬車から下りた瞬間目に入る沢山のメイド達。
メイド達はヤナギが真ん中にして綺麗に2列に並び、一斉に同じ角度でお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、ヤナギ様」
声も綺麗に揃っている。
屋敷の中に入ると、これまた豪華な室内が目に飛び込んできた。
上にはシャンデリアがあり、下を見れば透き通るような床がある。
壁には額に入った絵という絵が無数に飾られていた。
すると、荷物を持ったメイドと階段で再開する。
メイドが階段を登ったのにつられる形で、ヤナギも長い階段を登っていった。
不思議と、どこへ向かっているのかは分かった。
学園とは違って、ここはヤナギがずっと暮らしてきた家。
間取りが分からなくても、身体が覚えているようだった。
メイドはヤナギの部屋の扉を開けると、先にヤナギに入るよう促してくれた。
ヤナギの部屋もまた凄い。
シングルとは思えない広いベッドに、大きな机に大きなソファ。
キャビネットの上には煌びやかな宝石が並べられ、ドレッサーの上には香水の瓶や化粧道具などが陳列していた。
ヴィクトリアン調に仕上げられた一室は、前世のシンプルな部屋とはまったくの正反対だった。
「それでは私はこれで」
メイドがパタンと扉を閉めると、ヤナギはまた広い空間に1人ポツンと取り残される。
夏休みが、始まった。
「ヤナギ様、御夕食のお時間です」
扉を3回ノックして、メイドがヤナギに声をかけた。
「はい」
階段を下り食卓が並べられている部屋へと行くと、そこには1人のメイドしかいなかった。
席に着くと、メイドが冷えた水を入れてくれる。
「お父様とお母様は、いないのですか? 」
広いテーブルにヤナギしかいない光景が異様でメイドに聞くと、すました顔でメイドは言った。
「はい。旦那様も奥様も、お仕事が忙しく本日も遅くなるとのことです」
本日も、ということはずっと帰りが遅いということだ。
「何処かへ行っているのですか? 」
そう聞くと、メイドは数秒の間目を瞬かせた。
「旦那様も奥様も、パーティーへご出席されておりますが……」
メイドは、いつものことだろうというふうにヤナギを見た。
いつも舞踏会やらパーティーやらの出席で忙しい両親は、ヤナギが小さい時から一緒にご飯を食べたりすることはあまりなかったらしい。
公爵家なのだから、忙しいのも当たり前といえば当たり前なのかもしれないが……。
「ヤナギ様? 」
怪訝な顔をするメイドに何でもないと言って、ヤナギは目の前に置かれているパンを手に取った。
メイドは一緒に食事をとることを禁じられているらしく、ヤナギの隣に立っているだけ。
もくもくと1人、ヤナギは食事をしていた。
前世では、家族全員が揃わないとご飯を食べてはいけないきまりがあった。
あまり喋らない父とやなぎの代わりに、母がよく世間話をしていた。
この世界の学園でも、1人で食べることは多かったがそれでも周りの声が自然と耳に入ってくるせいで、静かではなかった。
だから、こうして1人静かに食べるのは、前世で父と母を亡くしてから以来だった。
朝も夜も自分でご飯の支度をして、自分1人で食べる。
いつもの母の声はなく、静かな食事が続いていた。
あの時のことを思い出しながら、ヤナギは魚のムニエルにフォークを突き刺した。
ヤナギは、ずっと昔から両親と一緒にご飯を食べていなかったのだろうか。
仕事で忙しい両親に会えず、傍にいるメイドも、一緒に食事をとることは許されない。
ずっと、1人でこんなに広いテーブルを使っていたのだろうか。
そう思うと、少しだけ寂しさを感じた。
「ヤナギ様、お手紙が届いております」
ある夏休みの午前中、課題をしていたヤナギの元にやってきたのは、4通の手紙だった。
3通の宛名には、メリア・アルストロと書いてある。
夏休みが始まる前、「夏休み中は、お手紙書くね! 」と元気よく言っていたメリアは、いきなり2通も書いたようだ。
一通目には、家の畑で立派な野菜が採れたことについて書かれており、2通目には村に住む子供達と鬼ごっこをして遊んだことが書かれていた。
夏休み中はキミイロびより! でのヤナギの登場シーンはないため、こうして課題をするしかやることがない。
そのため、こうしてメリアから届く手紙を読むことに、ヤナギは一種の楽しみのようなものを覚えていた。
2通とも読み終わったところで、3通目の封筒を開ける。
メリアのものとは違った、品のある高価な封筒。
中には、1枚のカードが入っていた。
日時や場所などが記されているあたり、どうやら招待状らしい。
何のパーティーだろうと、1番上の文章に目をやると、そこにはこう書かれていた。
「イザリア・ノーマスの、誕生パーティー……? 」




