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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第七章 猫かぶり
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「社交界の場では、1人の淑女として美しく、気品ある女性であらなければいけません」

眼鏡をかけたお婆さんの先生は、指示棒を机の上に置かれている沢山の積まれた本に向けた。

「1人最低2冊、頭の上に乗せて歩いて貰います。ささ、本を乗せて円になりなさい」

急かすようにそう言われ、皆一斉に本を頭に乗せて円状に並ぶ。

「それでは、本を落とさないように……。1、2、3、1、2、3……」

そのままぐるぐると本を落とさないように回る。

皆は済ました顔でさっさと歩いているが、メリアはおぼつかない足取りで今にも本を落としそうになっていた。

「アルストロさん、もっと背筋を伸ばしなさい。それでは格好がつきません」

「す、すみませ……あわわ……」

令嬢である人達は昔から淑女としての教育を受けてきたからできるのだろうが、メリアは違う。

学園に来る前までは村で両親の畑仕事を手伝っていたくらいだ。

淑女の勉強なんてしたことがない。

「1、2、3、1、2、3……」

先生の合図に合わせてステップを踏もうとするも、本に意識を集中させてしまっているせいでなかなか足が前に進まない。

すると、後ろを歩いていた人とドンッとぶつかった。

その衝撃でバランスを崩し、頭から本がバサバサと落ちる。

「ほ、本がっ……」

拾おうと屈むと、ぶつかった令嬢が上から睨んだ。

「遅いのよ。邪魔だからどいてくださる? 」

前後の感覚はしっかりと空いていた。

メリアも歩くのは遅かったが後ろに追いつかれてしまう程遅くはなかったと思う。

わざとぶつかられた、というのは、メリアの被害妄想なのだろうか。

「す、すみません……」

本を拾って立ち上がろうとするも、身体が動いてくれない。

足はガタガタと震え、本を持つ手に力が篭っていた。

先生の合図が無機質に響き、それに合わせて令嬢達はぐるぐると歩く。

メリア以外に失敗している人はおらず、皆できるのが当たり前というようだった。

メリアはその様子を、ただ見上げるだけ。

「アルストロさん? 早くお立ちなさい」

「あ、はい……」

先生にそう言われ、身体がようやく動きだす。

だが足の震えは止まることなく、その後もメリアは本を落としていた。

そしてその度に、周りから睨まれ、笑われるのだった。

これもまた、いつも通りの日常。

何をするでもなく、黙って唇を噛み締めて終わり。

でも、今日はいつもと少し違っていた。

「大丈夫? 」

差し伸べられた手をまじまじと見ていると、その人はメリアの手を握って立ち上がらせた。

「あ、ありがとうございます」

お礼を言うと、彼女はふわりと笑った。

ふわふわとした金髪で、吸い込まれるような青い澄んだ目をした彼女は、誰がどう見ても美少女といった顔立ちで、地味なメリアとは全然違っていた。

シンプルな青いドレスもとても綺麗で、彼女によく似合っている。

そうだ、名前は確か……

「ヨナ、さん……? 」

「あら、私のこと知ってるの? 」

「はい。とても綺麗な方だなって思ってたので」

そう言うと、ヨナは恥ずかしそうにはにかんだ。

「本当に? そう言ってもらえて嬉しいわ」

笑顔もとても可愛いヨナは、落とした本を拾ってメリアに渡してくれた。

「それじゃあ」と言ってヨナは自分の定位置に戻ると、またぐるぐると頭に本を乗せた状態で歩き始める。

その出で立ちは、誰よりも美しく見えた。

それに、何とヨナは頭の上に本を5冊も乗せていた。

それらを1冊も落とすことなく完璧に歩いて見せている。

「アルストロさん、早く歩きなさい」

「は、はい! 」

見惚れていたメリアはハッとして自分も定位置につき歩き出すも、ヨナのように上手くいかない。

どうやったらあんなに綺麗に完璧に歩けるようになるのだろうか。やはり昔からそういう教育を受けているのだろうか。

そう思っていると、先生がパンッと手を叩いて一旦歩くことを中断させた。

「それでは、優秀だった人に1度お手本を見せてもらうとしましょう。そうですね、ヤナギ様とヨナ様、前においでなさい」

「「はい」」

ヤナギとヨナが前に出て、皆の注目を集める。

「それではまず、ヨナ様からやってみてください」

「はい」

ヨナは本を5冊頭に乗せて歩き出す。

歩調は若干ゆっくりめだったが、それが尚のこと気品さを醸し出していた。

「ヨナ様、優雅で素敵ね……」

「本当。まるで真っ白な白鳥みたいだわ」

ほぅ、と息を吐いて言う令嬢に、メリアも心の中で大いに同意する。

ヨナは最後まで完璧に歩くと、ふんわりとした優しい笑みで振り返ってお辞儀をした。

わっと拍手が沸き起こって先生も「素晴らしいですね」と褒めている。

「それでは次、ヤナギ様。どうぞ」

「はい」

次はヤナギだ。

皆が見守る中、ヤナギはヨナとは違って凛とした表情だった。

本を手に取って、頭に乗せる。

「え……? 嘘でしょ」

「あんなに? まさかできるわけ……」

令嬢が、打って変わってざわざわと声をあげる。

それもそのはず。

ヤナギは、10冊の本を頭に乗せていた。

それはヨナの2倍の量。

まず頭に10冊乗ることが驚きだったが、その後がもっと驚くことになった。

ヤナギは、10冊を一切落とすことなく、それどころか一切微動だにさせずに悠々と歩いていた。

歩くペースも、普段歩いている時と何ら変わらない速さ。

見事最後まで歩ききったヤナギに、先生が先程よりも大きな拍手を送った。

「よろしい。貴方には追加点を差し上げましょう。皆さんも、ヤナギ様と、あとヨナ様を見習うように」

見習うように、と言われてもあんなの無理だ。

2冊でも無理なメリアにとって、10冊なんて夢のまた夢。

「お疲れ様、メリアさん」

「あ! お疲れ様ですヨナ様」

授業が終わりこちらへ近寄ってきたヨナは、額にうっすら汗を浮かべていた。

「さすがに皆の前でやるのは緊張するわね」

「でも、ヨナ様素敵でした! 美しかったです! 」

「ふふ。ありがとう」

その笑みに見惚れていると――

「素晴らしかったですわ! ヤナギ様! 」

隣から、そんな大きな声が聞こえた。

「さすがですわヤナギ様! 」

「とても美しくて、私も、あんなふうになりたいです! 」

「私、見蕩れてしまいました! 」

きゃあきゃあと褒め称えられているヤナギに、メリアも釘付けになる。

「凄かったですよねヤナギ様……。まさか10冊ものせちゃうなんて。私には到底無理……」

そこまで言ってヨナを見たところで、急激に寒気を覚えた。

ヤナギを見つめるヨナの目が、とても冷たいものをしていたから……。

「ヨナ様……? 」

恐る恐る呼ぶと、ヨナは何事も無かったかのように「何? 」とふんわり笑った。

「い、いえ。何でも……」

ヨナは、嫌われているメリアに声をかけて、手を差し伸べてくれた。

普通なら嫌われている人に声をかけたりなんてしないのに、ヨナは違った。

ヨナはきっと優しい人なんだな、そう思った。

綺麗で、淑女として完璧で、優しい。

だから、今のような、冷めきった目をするはずがない。

あんな睨むような目、するはずがない。

「メリアさん? 」

ヨナは、さっきと変わらない笑みを浮かべている。

その笑顔に、ひどく安心してしまった。

「い、いえ。何でも」

今のはきっと、見間違いだ。

そう思うことにした。

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