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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第六章 縁の下の力持ち
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7

よく晴れた日の午後、生徒たちが大広間に波のように押し寄せている姿があった。

皆前に行こうと必死になって押しのけ合っているのを見て、隣にいたメリアが肩を落とす。

「前の方、行けませんでしたね」

「仕方ないよ。結構皆楽しみにしてたみたいだし」

メリアと後ろの方の席に座って待っていると、それは始まった。

「それではこれより、読書発表会を始めたいと思います」

若い女性教師の言葉と共に、読書発表会が開幕する。

「楽しみですね、シード様」

メリアはわくわくした瞳を舞台に向けている。

「そうかなぁ……? 僕、あんま本とか興味ないから」

図書室にだって行ったことのないシードは、読書発表会なんてつまらない行事でしかない。

早く終わらないかな、なんてことを考えながら舞台に目をやった。

「最初の1人はこの方です! どうぞ〜」

先生がそう言うも、なかなか出てくる気配がない。

何かトラブルでもあったのかと会場がざわつき始めた時、1人目が訪れた。

眼鏡をかけた大人しそうな少年は、産まれたての子鹿のように足をがくがくと震わせながら歩いてくる。

いかにも緊張している、といった感じだ。

「あら、オルガ様よ」

「かわいいわよね〜。妖精って感じがして」

近くにいた令嬢がそう会話しているところを見るに、女性人気はあるようだった。

そんな声に気が付かないオルガは、震える手で本を紹介し始めた。

「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼ僕がし、し、し、紹介する、のはっ! え、えーと、えーと……こ、これっ! これです! あ、うわ、わわわ……」

「だ、大丈夫なんでしょうかあの人」

「さぁ……? 」

シードとメリアだけでなく、観客も皆大丈夫かと心配している様子だった。

頑張れと熱い視線が注がれていると、オルガは覚悟を決めたのか幾分かハッキリした口調になった。

「れ、歴史本、です。サリファナ王国についての歴史、とかが載っていて、歴代の王様とか、あと、騎士、とかが、その……と、とにかく歴史本です、はい……」

そうして何とか紹介し終えたオルガには、質問が殺到していた。

オルガを見ていると何だか応援したくなる気持ちになってくるからか、特に女性の方から熱烈に質問攻めにされていた。

「ご、ご清聴ありがとうございました! 」

笑顔で礼をするオルガからは、やりきった感がでていて清々しさを感じた。

メリアも面白いと思ったらしく、手をパチパチ叩いている。

「わぁ……! 私も歴史本、読んでみようかな」

「メリアちゃんは眠くなっちゃうんじゃない? 」

「うっ……。確かに……そうかも」

続いて2人目。

リュカと名乗った青年は、オルガとは違い明るい雰囲気を醸し出していた。

「俺が紹介する本はこちらです! 」

そう言って出てきた絵本は、生徒の心を鷲掴みにした。

「あ! 懐かしいわ。小さい頃、よくお母様が読んでくださったの」

「私も! 仕事で忙しい両親に代わって、メイドがよく……」

懐かしい、もう一度読みたい、そんな声が聞こえる中、黄色い声も響いているようだった。

「きゃー! リュカ様素敵ですわー! 」

顔が良いリュカは、1部の女性達からハートがとばされていた。

それらに笑って返しながら、リュカは舞台から出ていった。

「絵本も良いなぁ……」

「絵本ならメリアちゃんでも読めそうだよね」

「……馬鹿にしてません? 私のこと。絵本くらい読めます」

「あはは。ごめんって。怒らないでよ〜」

そうしていると、次の人が舞台へと上がってくる。

「あ! ハラン様ですね! 」

メリアが明るい声で舞台を指さすと、そこにはヤナギがいた。

堂々とした出で立ちで、まっすぐな瞳を向けてくる。

「私が紹介させていただく書籍は、黒猫と魔法使い、です。この書籍は1巻から5巻まであり、今回私が紹介させていただくのはそのうちの1巻を……」

ヤナギが紹介した本は、ファンタジー物の小説だった。

「ていうか、ハラン様が本読むってのも意外だよね」

「確かに。まさかこの場で発表するとは、私も思ってませんでした」

ヤナギはどちらかというと、派手な場所でお茶会をしていそうなイメージがシードの中では強い。

図書室で本を読んでいる姿なんて想像できない。

「……でも、ハラン様ってなんか、思ってた人と全然違うんだよね」

「違う? 」

「うん。派手な物のが好きで、騒がしい人だと思ってたのに……一緒に造花作ったり喋ったりしてたら、静かで落ち着いてる人だなって……」

表情だって、あまり変わらない。

どんな時でもずっと無表情だ。

それを聞いたメリアはクスクスと可笑しそうに笑った。

「な、なんで笑うの? 」

「いえ。私と同じ反応だったもので」

「同じ反応? 」

「はい。私も最初はハラン様のこと、そんなふうに思ってました。私とは合わない人だなって、決めつけてて……。でも、一緒にいる時間が増えていくうちに、そんなことないなって分かったんです。静かで落ち着いてて、でもその中には確かな優しさもあって……」

「優しさ? 」

「はい」

メリアは、舞台にいるヤナギを見た。

それはとても穏やかな顔で、優しい色の瞳をしていた。

この文化祭準備の手伝いのなかで、気がついたことがある。

1つは、ヤナギが思っていたイメージと随分違っていたこと。

そしてもう1つは、皆ヤナギといる時は楽しそうだということだ。

アイビーもブレイブもセルフもカルミアも、ヤナギと話している時はとても優しい瞳をする。

そんな中でも、メリアは特にヤナギといる時は楽しそうだった。

勝負を挑んだ時も、「負けませんよ」と張り切って宣言したり。

綺麗な薔薇を作った時も、「すっごく綺麗……」と素直に賞賛していたり。

ヤナギといる時のメリアは、笑顔が多かった。

ヤナギは、身分で人を差別したりしない。

平民であるメリアとも親しくしていたし、男爵家で

あるシードにも皆と同じように接してくれた。

そんな相手、ヤナギが初めてだったかもしれない。

「ご清聴、ありがとうございました」

舞台を出て行くヤナギに拍手が沸き起こる。

シードも、小さくだが手を叩いた。



「あ、カルミア様ですわ! 」

「本日もお美しいですわね」

カルミアを目にして、令嬢達はうっとりとした顔を浮かべる。

あんな堅物眼鏡でも人気があるらしい。

「ま、顔は良いもんね。カルミア様は」

「顔はって……。真面目だし、優しい方だと思いますけど」

「はぁ? あんなのの何処が優しいのさ。僕にはうるさい人にしか思えないけどね」

「あはは……」

カルミアは大きな本を取り出して解説していた。

後ろの方でよく見えないが、話す内容からして植物に関する本らしい。

花の育て方や種類について説明している。

「……であるからして、細胞が分裂を繰り返す事によってこのような……」

「……メリアちゃん、分かる? 」

「……いえ、さっぱり。シード様は? 」

「僕もさっぱりだよ。何あれ。もう授業じゃん。眠くなってきちゃった」

「ふあぁ」と欠伸をしてしまうシードと同じように、周りの観客達も若干つまらなそうな顔をしていた。

カルミアの時だけ、空気が違っていた。

「何か、つまんねーよな」

ボソリと聞こえたその声は、前にいた男性が放ったもの。

それに共鳴するかのように、「面白くない」「早く終わらないかな」などの声があちこちから聞こえてきた。

「これらの被子植物は胚珠が……」

カルミアの発表は、本の知識をただ並べているだけにすぎない。

感想や意見を述べるでもなく、ただただ固い説明を行っているだけなので周りも飽きてしまう人が多かった。

もちろんシードもその1人で、聞いてはいるが真面目に聞いてはいなかった。

メリアはというと、難しい顔をしてしっかりと聞いているようだった。

「メリアちゃん、なんでそんな真剣に聞いてるの? 分からないでしょ、この発表」

「わ、分かりませんけど、でもちゃんと聞かないと失礼だから」

メリアは、こういう所はしっかりしている。

必死に耳を傾けて聞こうと努力している姿は、眩しく見えた。

周りを見てみると、メリアの他にも真面目に聞いている人は多数見受けられる。

「カルミア様の説明は分かりやすくていいよな」

「ああ。非常に勉強になる」

と話している人までいた。

「あれで分かりやすいとか嘘だろ……」

引き攣った顔をしながら、シードもカルミアの話を真剣に聞いてみることにしたが、やっぱり分からない。

専門用語が沢山出てきて、何を言っているのかまるで理解できなかった。


「……質問があるなら、挙手をどうぞ」

重苦しい雰囲気が漂うなか、当然のように質問なんてする人はいなかった。

理由は主に2つ。

1つは単純に理解できなかった人がいたから。

2つ目は理解できた人でもカルミアの説明が分かりやすすぎて、質問することがなかったから、だ。

そうなってくるともう舞台から退場してもいいんじゃないかと思ってくるが、そうはいかない。

質問時間の4分間は、必ず舞台に立っていなければならないという面倒くさいルールがあるからだ。

「な、何か、質問しないと……。でも何を質問すればいいのか分からない……。あ、あれ? カルミア様、何を喋ってたっけ? 」

この暗い空気を察して、メリアがあわあわしながら質問を考えているが頭は既にパンク状態のようだった。

まぁあの堅物眼鏡のことだ。

こんな状況、冷静に対処してみせるだろう。

そう思っていたのだが。

「誰か、質問を……」

カルミアは、珍しく焦っているようだった。

顔こそ前を向いているが、目線が下にいっているのが後ろからでも分かる。

どうすれば良いのか分からない、といったふうに、しどろもどろになっている。

何か感想でも言おうかと思ったが結局何も思いつかず、シードも黙って見ることしかできずにいると――

「1つ、宜しいでしょうか」

凛とした声が舞台に響く。

聞きなれたそれは、思い描いていた通りの人物、ヤナギ・ハランのものだった。

舞台裏から出てくると、カルミアの方をまっすぐ見据える。

辺りがシンと静まり返るなか、ヤナギの声だけが広間に響いた。

「花についての本、ということですが……花言葉などは、載っているのでしょうか? 」

ヤナギが聞いたのは、花言葉に関することだった。

カルミアは最初こそ戸惑っていたものの、何か思いついたようにハッとした表情を見せると、コスモスの花言葉をヤナギに伝えていた。

「コスモスの花言葉は、美麗……。カルミア様、よく知ってたな」

花言葉なんて興味がなさそうなのに。それとも、たまたまコスモスだけ知っていたのだろうか。

「花言葉……ロマンチックですわね」

と、そんな声が聞こえた。

「俺も、今度花言葉を選んで花を渡してみようかな……」

「俺も、今度婚約するんだが、花を渡してみるのも、いいかもしれないな。彼女にピッタリな花言葉と共に……」

あちこちから上がる声に釣られて、花言葉に興味を抱く言葉が次々に降り注ぐ。

状況が、一変していた。

どこか遠慮がちだった空気から、明るい和やかな空気へと変わっている。

だが、せっかく良い流れがきたところで、質問時間は終わってしまった。

「良かった。皆、楽しんでるみたい……」

それを見たメリアは、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「なんでメリアちゃんが安心してるの? 」

笑いながら聞くと、メリアは穏やかな笑みを舞台へと向けた。

「だってカルミア様、とっても嬉しそうでした」

「嬉しそう? 僕にはそんなふうに見えなかったけど」

シードにはいつもの固い顔にしか見えなかったが、メリアには嬉しそうに見えたらしい。

もう一度カルミアを見てみようと舞台を見たが、そこにはもうカルミアはいなかった。


読書発表会が終わり広間を出ようと出口に向かっていると、出口のすぐ側に置かれてある机に人だかりが出来ていた。

そこにはノアも立っており、笑顔で皆を見守っている。

「ノアさん! 」

「あらメリア様、シード様も」

声をかけると、ノアは笑顔で振り向いて答えてくれた。

「何してるんですか? 」

「これ、シード様達も書く? 今回の読書発表会に関する感想用紙よ。質問時間の時に言えなかったことや感想を書くの」

ノアがペンと感想用紙を渡してきたので何となく受け取ると、メリアは早速何かを書き始めているようだった。

「メリアちゃんは何書いてるの? 」

「カルミア様に感想です。せめて、このくらいはしたいから。それに、カルミア様の発表面白かったから」

「面白かった? どこが」

「えーと……。言ってることは分かんなかったけど、でもお花についてお話してる時のカルミア様、楽しそうだったから。それに、花言葉もちょっと興味あったし」

楽しそうだったかは分からないが、花言葉のくだりは完全にヤナギのおかげだろう。

ヤナギがあの時花言葉の話題を振らなければ、空気が悪いまま終わっていたに違いない。

あんなふうに、カルミアが暗い顔をしたまま……。

「……カルミア様でも、分からないことってあるんだね」

「分からないこと? 」

「ほら、誰も質問しなかった時。あの時のカルミア様、何か、いつもと様子が違ったから」

「ああ。そりゃあ、カルミア様にだって分からないことくらいあると思いますよ? 完璧な人なんてこの世界にはいませんし、カルミア様だって、人間なんですから! 」

それは確かにそうだった。

シードは、カルミアのことを完璧な人だと思い込んでいたのかもしれない。

できないことなんてない、自分と違って身分も次期宰相と高い位置にいる。

そんなシードとは正反対のカルミアは自分とは合わないと、そう決めつけてしまっていた。

『おまえの薔薇は薔薇じゃない』

『なんだこれ。こんなんで薔薇って言えるのかよ? 』

シードの作った薔薇を見て、カルミアとガルマに言われたこと。

台詞こそ同じだが、言い方は全然違っていた。

カルミアは、ガルマと違ってシードを馬鹿にしていなかった。

それにカルミアは、シードがガルマ達3人に殴られていた時、助けてくれた。

「証拠ならある」と言って、シードのことを信じてくれた。

あの時、シードは確かにカルミアに感謝したのだ。

「ありがとう」と、直接は照れくさくて言えなかったけれど、それでもカルミアがいてくれて良かったと、そう思った。

真面目な性格だからこその欠点だってある。

もしかしたら、シードとの共通点もあるのかもしれない。

全然合わないわけでは、ないのかもしれない。

感想用紙にペンを走らせる。

文を書くのは苦手だが、自然と筆が進んだ。

「シード様は、誰に書いてるんですか? 」

「んー。まぁ、ちょっとね。できた」

書き終わった文面を、メリアが覗きこんでくる。

「シード様、これって……」

笑顔を向けてくるメリアと笑って、シードは感想用紙をノアに渡した。

「お花、育ててみるんですか? 」

「さぁ? 気が向いたらね」

「もぅ。さっき書いてたくせに」

「でも、植物図鑑は借りてみようと思うよ。それは本当」

これは、あの時のお礼だ。

それと、少しはカルミアのことを知ってみよう。そう思ったから。

まずはカルミアの好きな本でも読んでみることにしようと思う。

「僕から貰った感想なんて、喜んでくれるかなぁ」

「でも、想いは伝わりますよ。きっと……」

メリアがそう言ってくれる。

「そっか! そうだね! 」

それにシードも笑って返し、2人で広間を出た。




『ロジック様へ。読書発表会、とても素晴らしいものでした。ロジック様のおかげで、花にとても詳しくなれました。今度、その知識を活かしてお花でも育ててみようと思います。植物図鑑も、ぜひ借りてみます』

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