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聞こえてくるのは、時計の秒針と、息遣いのみ。
見えるのは、燃えるような赤い瞳と、そこに映った自分のだらしない表情。
動く度にシーツの擦れる音がして、触れられる度、声が漏れた。
「どうした? 顔、赤いぞ……? 」
自分だって赤いくせに、楽しそうに、アイビーはそんなことを囁いてくる。
思わず顔を手で隠してしまいたくなるも、両手首は捕まれ、ベッドの上に縫い付けられる。
じっと見つめられ、恥ずかしくなり目を背ける。
と、太股を何か、温かいものが這った。
「っ……!? 」
必死に声は出さまいとするも、不意打ちに身体はびくりと震える。
手はそのままドレスの中に潜り込まれ、直接は見えなくても、どこにいるのかはいとも容易く理解できた。ウエスト辺りをゆっくり味わうように撫でると、更に手はその上へと這っていく。
手が上へ上へと行くにつれて、ドレスもたくし上げられていく。あまり見られたくなくて足を閉じようと身をもがくと、そうはさせまいと両足の間に自身の足を滑り込ませてきた。もう、逃げられない。
足の方も大変だというのに、指の方は形を確かめるように這わせられると、ゆっくりと、じっくりと、揉みしだく。
「ア……イビーさっ、そこは……っ」
「……なに? 」
「なにっ、じゃなくて……ぇ……」
小さくなっていく声と反比例するように、手の動きは激しくなる。
時にキスをされ、時に先端を弄られたりしていると、段々、溶けるように身体は熱くなってくる。さっきからずっと、熱くなりっぱなしだというのに。
「……その顔、可愛すぎ」
絶対嘘だ。こんな顔、可愛いわけがない。
こんな真っ赤で、泣いているみたいに瞳を潤ませて、口を開けて、恥ずかしい声を漏らして。
「やっ……!? そ、こは……!? アイビー、さ……」
上から下へと移動する手を、止めようと再びもがいてみる。
が、思ったより身体に力は入らず、されるがままになるしかなかった。
「……濡れてる」
「っ……! わ、ざわざ、言わなくても……」
「嫌か? 」
暗がりの中でもわかるはっきりとした寂しげな顔に、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
が、誤解されるのは嫌なので、急いで首を横に振った。
「ちっ、ちが……。ただ、恥ずかしい、から……」
「……なら問題ないな」
「ひゃっ!? 」
布を避けるようにして指を這わせると、中を弄られる。思わず出てしまった高い声に、押さえられていない方の手で今度こそ口元を隠す。
が、それを鋭い声が制した。
「駄目。隠さないで」
勿論、そう言われるとはわかっていた。わかっていて隠したのだから、そう簡単に聞くはずもない。
いやいやするように首を振ると、指が、奥に押し込まれた。
「んっ…………!? 」
「今日は、俺に付き合ってもらう約束だけど」
低い声が耳元でする。普段のアイビーらしくない、少々強引な声音で。
「聞けないなら、わかってるよな……? 」
一瞬、負けて手を離しそうになる。
けれど、踏みとどまった。踏みとどまって、しまった。
もし言うことを聞けないなら、その先は、どうなるのだろう。具体的にはわからなくても、今よりもっと恥ずかしい思いをすることは、わかっている。
わかっていて、だから、離さなかった。離せなかった。
「……わかった」
アイビーは、それだけ言った。
言って、指を更に激しく………………
「ひゅうわぁっ!? 」
ガバッとベッドから起き上がると、心臓は激しい音をたてていた。
眠っていただけだというのに、無駄に荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。そうしながら、チラと隣の、もう一人分くらいは入れそうなスペースに目をやった。
勿論そこに人はいない。当たり前だ。ヤナギはいつも、一人で眠っているのだから。
だから、隣に人はいない。当たり前、当たり前、当たり前……。
夢……あれは、夢……。
「なんてっ……破廉恥な夢をっ……!? 」
顔に熱が集中していく。
自分で自分に驚愕し、暫し布団を被って悶えてしまう。今までこんな夢、見たことなかったのに。
そもそも、アイビーはあんなんじゃないし。
そもそも、あ、あんな関係……あんな、あんな、こと……す、するわけが……。
コンコンコン。
扉をノックする音が、ヤナギの思考を遮った。
「ひゃわっ!? 」
驚きに肩を跳ねさせると、未だバクバクしている心臓を服の上から押さえたまま、何とかベッドから降りる。
震える足で扉の前まで向かうと、急に緊張してきた。
扉の先に誰がいるのか、何となく想像ができたから。赤くなる顔を必死で仰ぎ、集中した熱を覚まそうとしている間にも、扉は再び、3回ほどノックされる。
「っ……」
どうして、ヤナギの部屋に来たのだろうか。
何か用事があって来たことは明白だが、その用事とはいったい……。考えながら、ついさっきまで見ていた夢の内容が思い出される。
ぶんぶんと首を横に振って、何とか心臓を落ち着けさせようと深呼吸を繰り返す。
そうだ。あんなのはただの夢だ。昨日ちょっと幸せすぎたからあんな夢を見てしまっただけで別にヤナギ自身がああいうことを望んでいるわけではないしいや全然望んでいないといえばそれは嘘になるけれどでもあっちから望んでくれるのならばヤナギとしてもその期待に応えなくはないというかでもでもやっぱりそういうことは段階を踏んでからの方が良いと思うしまだ18歳だしR18に触れられる年齢とはいっても実際に行う側になるのはまだ早いというかでもでもでもやっぱりそういうことにも興味はあるというかでもでもでもでもやっぱり……
「……っていうか、朝っぱらからそういうことをするのは、違うと思うんです!! 」
言いながら、勢いよく扉を開けた。
開けて、頭上から低い声が降ってくる。
「…………は? 」
アイビーの声ではない、けれども男性の声。
訝しげに尋ねられた声に、ゆっくりと顔を挙げてみる。そこには、久しぶりに再開する我が弟、ユリウスがいた。
「……あ」
「なに、言ってんだ……? ヤナギ……」
「……あ、あ……あああぁぁぁぁぁ!? 」
思い描いていた人物とは違う青年が立っていることに、驚愕し、冷めかけていた熱が一気に浮上してくる。
へなへなとその場にへたり込むと、少し引き気味の顔を浮かべていたユリウスは、まるで慰めでもするかのように優しい声音で話しかけてきた。
「まぁ、なんだ、その……良かったな」
「……何が良かったと言うの」
「えーと……そういう関係の人が、できたこと? 」
「なっ……!? 久しぶりに再開した姉にっ、一番に言うことがそれですか!? 」
「おまえが言わせたんだろうが!! 」
言わせてない。決して、言わせてなど……。
「……ま、まぁその……おめでとう」
「おっ、おめでっ……!? ま、まだそういうことをしたわけでは……」
「……は? いやだから、男、できたんだろ? だから、おめでとうって……」
「え? あ、ああ、そういう……」
「……なに、勘違いしてんの」
「……っ!? このバカっ!! 」
「はぁっ!? なんで俺が……って痛っ!? 痛いってちょっと……おい! 」
手首を掴んで力を込めると、ユリウスは痛い痛いと暴れ出す。が、力を緩めることはせず、恥ずかしさで涙目になりながらユリウスを睨みつけた。
受験も終わり、久しぶりに迎える爽やかな朝……になるはずだったのに。
本当に、いろいろと台無しだ。それもこれも全部、昨日のアイビーのせいに他ならない。
「痛いってだから!! 久しぶりに再開した弟にすることか!? 」
「うるさいこのバカっ!! 」
大声は、一夜にして広がった銀の世界に、吸収されるようにして呑み込まれた。




