表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第五十六章 初雪は、きっといつまでも温かい
402/415

3

人は変わる。ちょっと目を離した隙に、この人が一体誰なのか、一瞬わからなくなるくらいには変わることだってある。

例えば、喧嘩なんて全く縁のなさそうな普段はおちゃらけた少年が、突然顔やら手やら足やらに絆創膏を貼り付けて姿を現したり。

例えば、ついこの間まで次期宰相だなんだと言われていた青年が、いきなりカメラマンになると言い出し世界を回ってくるだのと夢を語っていたり。

例えば……

「あっ! おふたりともこんなところにいたー! 早くこっち来てください! 皆待ってますよ! 」

一度途切れかけていた繋がりが、もう一度、少女の手によって結ばれたり。




急遽メリアに呼び出され向かわされた先は、食堂の奥にある厨房だった。

カルミアと2人厨房に入ると、中には既にセルフやシードが集まっており、ブレイブまでもがその中にいた。

どういうことだと2人して後ろにいるメリアを見ると、メリアは目を輝かせて言った。

「今からお菓子作りですよ! 」

「……は? 」

全くもって意味がわからない。何をどうしたら今日、このメンバーでお菓子作りをすることになったのだろうか。

「ブレイブ、どういうことか説明してもらって良いか? 」

聞きたいことは同じだったらしいカルミアが、わかりやすい説明をとブレイブの方を見る。

アイビーもつられてそちらを見ると、そこであることに気づく。ヤナギの姿がない。でもまぁ、それも当然と言えば当然だった。ヤナギは受験生なのだ。もうすぐ本番を控えた受験生に、お菓子作りをしようだなんて口が裂けても言えるまい。

そう思ったが、どうやらヤナギがいない理由は、それだけではないらしい。

頬をポリポリと掻きながら、はにかみ笑いでブレイブが答える。

「ヤナギの受験が終わったら、お疲れ様会をしようってメリアが言い出しまして……。ほら、受験前は、お腹を下したらいけないから……」

「ああ、なるほどな……」

呟いて、カルミアの視線がメリアの方にいく。アイビーもまたメリアを見ると、全員の注目が集まったメリアは、頬をぷくっと膨らませて抗議の声を挙げた。

「皆さん? なんで今私の方見たんですか? 言っときますけど私、サンドイッチすっごい得意ですから」

「サンドイッチだけだろ? 」

「な、ななな、何をおっしゃいます……? 」

セルフからの正論に声を思いっきり震わせるメリアだが、それでもうバレバレだ。サンドイッチ以外作れないことは目に見えてわかっている。

春頃に行われたフィアーの料理教室の時よりかは幾分か成長しておいてほしいところだが、かく言うアイビーも料理はあまり得意ではないので、こういう時は何も言えない。何も言わずに黙っておくのが吉である。

すると、絆創膏を頬やら顎辺りやらに貼ったシードが、ブレイブに視線をやって言った。

「でもま、大丈夫なんじゃないですか? 念の為受験が終わった後にしようって話になっただけで、ヤナギ様がお腹を壊すことは、ブレイブ様がいる限りないでしょうし」

シードの言葉に、セルフもうんうんと頷きを返す。

「だな。ブレイブがいれば大丈夫だろ」

「そうか……。ブレイブがいるなら大丈夫か」

同様に頷きを返すカルミアに、ブレイブはやや後退りして口を開いた。

「す、すごいプレッシャーだな。できるだけ頑張ってはみるが、そんなにすごいものは無理だぞ……? 」

目線を下げて言うブレイブに、声を挙げたのはメリアだった。

「ええっ!? じゃあ、マカロンは!? 」

「マカロン……食べたことはあるけど、作ったことは……」

「そんな! カヌレは!? タルトタタンは!? 」

「いやない……そもそも、お菓子はあまり作ったことが……」

「そんなっ!? じゃあブレイブ様は今まで何のために、有名パティシエの元で修行を積んできたんですか!? 」

「有名パティシエの元に行った覚えもないし、修行を積んだ覚えもない」

「嘘、でしょ……!? 」

がっくり項垂れるメリアだが、こいつ、ブレイブに全部任せる気ではないだろうか。あれ? さっき皆で作るって聞いたはずなんだけど……。そういえば、ヤナギの誕生日会をした時も、材料買ってくるだけで作る方はブレイブに任せっきりだったし……。

「か、簡単なやつで良いんじゃないか……? 無理して頑張るよりも、簡単なやつを丁寧に作った方が絶対美味しいと思うし……な? 」

皆で作ることを前提条件に話をすると、メリアは項垂れたままではあったものの、目線はしっかり前に向けて言った。

「ですね……。チョコバナナとかで良いか……」

「一気に難易度下がったな……」

チョコバナナ……いや、難しいのか? アイビーにはバナナにチョコを付けるだけの工程にしか見えないのだが……。

「チョコバナナって……。バナナにチョコ付けるだけだろ」

良かった。アイビーが思い描いた通りのレシピだったようだ。ブレイブが言ってるんだから間違いない。

そう思ったのもつかの間、メリアは驚愕したご様子でブレイブに2度目の声を挙げる。

「何言ってるんですかブレイブ様! チョコバナナですよ!? 難しいに決まってるでしょ!? 」

「……え。難しいってどこが……」

「チョコがなかなか固まってくれなかったり、ついバナナを食べすぎてそもそもお菓子が作れなくなったり、チョコが美味しそうでついつまみ食いしちゃってお菓子が作れなくなったり! 」

「……唯一わかるのが前半一つしかないんだが」

「とにかく! お菓子作りを舐めてはいけません! チョコは舐めてもお菓子作りは駄目です! 」

チョコをつまみ食いした時点でお菓子作りを舐めていると思ったのはアイビーだけだろうか。それに、チョコバナナを提案したのはメリアなのだが……。

いやそんなことはともかくとして、だったら何を作るというのだ。チョコバナナ以上に簡単なものとなると……

「ジャム……とか? 」

予想外のところから挙がった声に、周囲の注目がそこに集まる。

勿論メリアもそのうちの一つで、声の主が誰かを確認すると、低い声で呟くようにして尋ねた。

「……は? セルフ様何言ってるんですか? 」

「おまえに言われたくねぇよ。だから、あれだ……。ジャムだったら、適当に果物ぶち込んで煮詰めるだけでできるし、できたらスコーンとかに付けて食べれば良いんじゃねぇの? 」

なるほど。料理をあまりしなさそうなセルフにしては名案である。上から目線にアイビーが言える立場ではないが。

「ジャムか……。いいな! 」

「でも、何の果物使うんです? 」

アイビーが賛成の意を表明したと同時に、シードの方から声が挙がる。

それに、メリアがうーんと考え考えしながら答えた。

「ドラゴンフルーツ! 」

「なんで真っ先にドラゴンフルーツが出てくるの……。うーん……、もっと明るい色でいかない? せっかくのお疲れ様会なんだし、ドラゴンフルーツはどこで買えるのかわからないし……」

「もも……とか? ぶどうはどうでしょう!? 」

「もも……うーん……。今の時期は出回ってないだろうね。ぶどうも、季節的に……」

「じゃありんご! いちごは!? 」

「それならあると思うけど……。でもジャムって、それなりの数必要じゃない? どのくらい作るのかにもよるけど、同じ味のジャムばっかだったら、ヤナギ様だって飽きるでしょうし……」

確かに、シードの言い分は最もだ。というか、シードが思ったより的確な意見を言っていることに驚きを隠せない。もしかして一般常識なのか……? もしかして、もしかしなくとも、この中で料理未経験なのはアイビーだけになるのだろうか……。え、嘘? 嘘でしょう? え……えぇ……?

「ジャムも駄目かぁ……アイビー様? どうかしたんですか? 」

「えっ!? えーと、いや、なんでもない……」

不意にメリアに呼ばれ、肩が跳ねる。

不味い。このままだと、アイビーが一番素人であることがバレてしまう。セルフとかシードとかも得意そうではないものの、この2人、何だかんだ言って手先は器用なのである。アイビーよりかは格段に。

良いのかこれで。3年間くらいこのメンバーと過ごしてきて、まだ王子としての威厳とか尊厳とか何も見せられていないように思うのだが。

駄目だ。このままだと、卒業時は別れを惜しまれたとしても、別れてから数日くらいで存在を忘れられてしまうかもしれない。

アイビー? ああ、いたいた。くらいの存在になっていてもおかしくない。

いいのか。何も残さないで。格好悪いところばかり

見せて、情けないままで良いのか。

遊びに行く時、一人だけ呼ばれないなんてことになっても良いのか。

……いいわけ、ないだろう。

「クッキー! 」

突如大声で言ったアイビーに、メリアの肩がびくっと跳ねる。

他の皆も驚いたようにこちらを見つめ、視線をアイビー一点に集中させた。

皆からの注目を浴びながら、アイビーは一人、声を高々にして口を開く。

「クッキーは、どうかな!? 」

格好悪いところを見せたくないのなら、格好悪いところを見せなければ良いのだ。これは当たり前だと言われるかもしれないが、多くの者は格好悪いところを見せまいとして、逆に格好良いところを見せようと努力する傾向にあることをアイビーは知っている。そして大体が失敗に終わり、格好悪い結果となることもアイビーは知っている。

なら、格好良いところは見せようとせず、ただただ格好悪い姿を見せまいとする努力をすることに徹底すれば良い。

簡単なものを指定して、失敗しなさそうな役割を丁寧にこなすことができれば、アイビーがこれ以上格好悪い姿を晒すことはなくなる。どうだ、完璧な作戦ではないか。

良いところを見せようと頑張ることはせず自分にできそうなものを考えている辺りもう既に格好悪いということは露知らずそう提案したアイビーに、メリアは小さくため息を漏らすも、しっかりと頷きを返して言った。

「ありきたりだけど、まぁ良いか」

メリアだって、サンドイッチしか作れないくせに。

どの口が言うのだ、どの口が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ