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この学園に入学してから早3ヶ月が過ぎようとしている今日この頃。
中間、実力、期末試験とテスト続きだったせいか、周りは疲れている人が多く見受けられる。
もちろんシードもそのうちの1人で、中庭のベンチに座ったままぐてーっとしていた。
「あああぁぁぁぁ……。もう、もう無理……。もうこれ以上は頑張れない……」
「ど、どうしたんですかシード様。そんなにぐったりして……」
隣で同じくベンチに腰を下ろしているメリアが心配そうにそう聞いてくるのを、シードは青い空を眺めながら答えた。
「期末試験……返ってきたじゃん……? 」
「ああ。そうですね。1週間くらい前に」
「メリアちゃんは、結果どうだった……? 」
「……。まぁ、良くはありませんでした……よ? 」
「だよねっ!? 今回の試験、難しかったもんね!? 」
「そ、そうですよね! あんなの解けなくて当然っていうか、解ける方がおかしいんですよね!? 」
「うんそう! ほんっとそう! いやぁ〜僕がおかしいのかと思ってたけど、違ってたようで安心したよ! 」
「私もです! 今回のは、悪くても仕方がないですよね! 」
2人で、「あはははは」と笑い合う。そして、2人して「はぁ……」と大きくため息を吐いた。
「順位をさ、さっき見てきて……」
「えぇ!? 今更ですか!? 1週間前からずっと張り出されてますよ!? 」
「うん……。順位なんて、怖くて見られなかったんだけど、今日で張り出し終わるらしいから、仕方なく見てきた。やっぱり気になって……」
「そ、それで……順位の方は……? 」
ごくりと息を飲みながらメリアが険しい顔をする。
シードは身体を震わせながら、言った。
「半分より……下の下の下……? う、後ろから数えた方が、早い、かなー……? 」
「あ、同じ、ですね。私も下から数えた方が……」
メリアの顔がどんどん曇ってゆく。
シードもメリアと同じような顔になっていき、また肩を落とした。
実力試験の時よりも、更に成績が落ちてしまった。
夏休みに家に帰った時、親になんて言われるだろうか……。考えただけで恐ろしい。
「だ、駄目ですシード様! 」
と、唐突にメリアがベンチから立ち上がり強ばらせた顔でシードを見下ろした。
「し、試験はもう、終わったことです! なのでもう、これ以上落ち込んでもしょうがないんです! だ、だからその……た、楽しいことを考えましょう! ええ! そう! 楽しいことです! 」
「メリアちゃん……。うん、そうだよね。試験はもう終わったこと。忘れないと、だよね! 」
おそらくこの場に第三者がいたのであれば「いや忘れるな。ちゃんと反省しろよ」とツッコミをいれたところであろうが、残念ながらこの場にはメリアとシードしかいない。
頭を切り替えて別のことを考え始めていた。
「楽しいこと楽しいこと……。楽しいことなんて、ある? 」
「えーと……。あ! 来週、読書発表会があるみたいですよ! 」
「読書発表会? 」
「はい! 学園の大広間で、生徒が好きな本を紹介するらしいんです! 」
「本かぁ……。僕、本はあんまり読まないんだよね。眠くなってくるから。他は? 何かない? 」
「うーんと……。夏休み明けになっちゃいますけど、文化祭なら。そういえば、明日文化祭委員がなんとかって先生が……」
「文化祭委員……? 何それ? 」
「私も詳しくは知らないんですけど、文化祭の準備のお手伝いを希望する生徒は、明日生徒会室に集合って……。お手伝いをした生徒は、何でも成績にプラス評価が追加されるらしいですよ」
「へぇー……。文化祭委員かぁ……」
文化祭は、夏休みがあけてすぐ開催される学園の一大イベントだ。
準備のお手伝いの希望以外にも、何か出し物をしたい生徒は生徒会室まで行って申請書を提出しなければならない。
生徒の出し物以外にも、有名なパティシエや職人がいろいろなところから集まり、その日にしか食べられない料理やお菓子などが多くある。
「希望者って、どのくらいいるのかな? 」
「さぁ……。でも、あんまりする人いないと思いますよ? 夏休みもちょっとだけ学園に来て作業しなきゃいけないって聞きましたし。私も、面倒くさいから希望はしませんね……」
あんまり希望する人はいない……。
その言葉が、シードの背中を押した。
「それでは、文化祭委員を希望する人は挙手を――」
「はい! 僕やりたいです! 」
次の日。
先生が言い終わらないうちに、誰よりも早くシードは手を挙げた。
勢いよく立ったせいか、椅子がガタッと大きな音を立てる。
「シード様、文化祭委員に参加なさるの? 」
「頑張ってねー! 」
「えへへへへ。ありがとうございます! 僕、頑張っちゃいますねー! 」
正にシードの思い描いていた通りの光景が見られて、やる気は更に増していく。
ここでシードが文化祭委員として頑張って素晴らしい結果を残せば、周りから注目されること間違いなし。
文化祭という大きな舞台。
シードの好感度を上げるには打って付けだ。
シードの頭の中には、同じ文化祭委員の人達を先導して歩くシードに、周りが黄色い声をあげる妄想が再生されていた。
「シード様! 応援していますわ! 」
「はい! 僕、皆様のために頑張りまーす! 」
調子よく言いながら、シードはへらへらと笑った。
メリアの言葉通り、希望者は少なかった。
生徒会室に集合したのは、まず生徒会に所属している人5名と、1年生から3年生までの計30名。
一見多そうに見えるも、1学年につき6つのクラスがある。
そこから計算すると、1クラス2人いるかいないか程度だ。
「てか、30人軽々入れる生徒会室って……。どんだけ広いんだよ」
生徒会室には初めて入ったが、その広さは半端じゃなかった。
30人どころか後20人は余裕で入れそうなスペース。
大きな本棚がいくつかあり、豪華なソファに大きな横長の机。
ふっかふかの赤いカーペットに大きな鏡台。
天井にはシャンデリアが吊るされており、見る所全てがキラキラしていた。
ぼけーっと眺めていると、前から綺麗な女性が歩いてきた。
青いウェーブがかった髪に、口元にあるほくろが特徴的な胸の大きい女性。
「この度は文化祭委員に希望していただき、まことにありがとうございます。私、生徒会副会長、ノア・アリナスと申します」
ノアはぺこりと頭を下げてそう言うと、周りの30人も「ど、どうも……」とぺこぺこと頭を下げた。
「こんにちは! 僕は1年A組、シード・スカシユリと申します! 宜しくお願いします! 」
シードが率先して前に出て挨拶すると、ノアは「こちらこそ」と言って握手を求めてきた。
シードは笑顔でそれに応じ、視線をノアの胸元に落とす。
F、いやGはありそうだ。
「シード様? 」
ノアが訝しげな顔でシードを見てきたので、シードは慌てて視線を窓の方へ向ける。
「いえなんでもっ! ていうかノア様、僕のことシードって呼び捨てでかまいませんよ? 僕、男爵家の人間ですし。ノア様の方が多分階級上でしょう? 」
様付けなんて止めてほしい。
そう言うと、ノアは一瞬険しい顔をした。
「私は、階級で人を判断したりいたしませんよ? 私は生徒会副会長として、生徒の皆様をとても大切に思っています。生徒の皆様がいるから、生徒会は成り立っている。あなた方のために尽くすのが、生徒会の使命でございます。ですので、あなた方に敬意を示すのは当然だと私は考えておりますが、何か? 」
ノアの威圧に少しばかり圧倒されながら、シードは「いえ、何でも……」と言って後ろに下がる。
しっかりした人だなと関心していると、すぐ後ろで扉が開く音がした。
「あら、会長がおこしになったみたいですわね」
ノアが言った通り、そこには会長と思われる男性がいた。
ノアと同じ青い髪で、目元にほくろがある男性。
顔が、どことなくノアと似ている気がした。
「あの、ひょっとしてご兄弟ですか? 」
そう尋ねると、ノアはこくりと頷いた。
「はい。この方はヒーストリア学園生徒会会長であり、私ノア・アリナスのお兄様でございます」
ノアの紹介と同時に、会長もお辞儀をする。
「生徒会会長、ビルズ・アリナスだ。君達は、文化祭委員の希望者だね? これから宜しく頼むよ」
兄弟揃ってとても綺麗だな。
そんなことを思っていると、ビルズはシード達参加者をソファへと案内する。
「立ったままだと疲れるだろう? あ、だが30人もはさすがに座れないか……。ノア、悪いが隣の部屋からもう1つソファを持ってきてくれ」
「はーい」
と、ノアは言われるがままに生徒会室から出ていって隣の部屋へと向かってしまう。
「ちょ、ちょっと! 女の子一人でソファ1個運ぶのは無理がありますって! ノア様、僕もお手伝いします! 」
慌てて言って、シードも生徒会室を飛び出し隣の部屋へと向かう。
そこにはソファや本棚、机など、使われなくなったのであろう物たちがひしめき合っていた。
ノアはその中から1つの巨大なソファを引っ張り出したかと思うと……それを1人で軽々と担ぎあげた。
「……ふぇ? 」
「あらシード様、来ていたのですか。ですが大丈夫です。私こう見えて、力は結構あるんですのよ? 」
もはやシードの出る幕はなさそうだ。
ソファを担いでさっさと生徒会室へ向かうノアを、シードは暫しの間呆然と見つめていた。
「よいしょっと」
ノアがソファをおろす様を見て、他の生徒たちがあんぐりと口を開ける。
「これで良いでしょうか? お兄様」
「ああ。ご苦労だったな、ノア。君も、手伝いに行ってくれたようで、ありがとう」
「い、いえ。僕、何もしてませんし……」
事実を言ったが、ノアにも「ありがとうございます」とお礼を言われてしまった。
「それでは、まず名前を言ってもらいたい。1年生のA組から順に、宜しく頼む」
ビルズの声を合図に、生徒が一斉にシードを見た。
ノアに挨拶をした時にA組と言ったから、シードがまず初めに挨拶をすべきなのだろう。
ソファから立ち上がり、ビルズの方へ身体を向ける。
「1年A組シード・スカシユリです。宜しくお願いします」
にこやかに告げると、ビルズは「よろしくな」とだけ言って次の人を促した。
「はい。1年C組の……」
B組からは希望者がいないらしく、C組の生徒が挨拶をする。
それらをぼんやりと眺めていると、1年生最後のF組の番となった。
後ろの方に座っていてよく見えないが、長い髪から推測するに女子だと思われる。
1年生での希望者は全部で10人。うち女子生徒は2人なので、数少ない貴重な女子ということになる。
「じゃあ次の人、どうぞ」
ビルズが言うと、その子はソファから立ち上がった。
長い黒髪に、目を奪われる。
どこかで見たことがあるような……。
「……は? 」
小さくだが、そんな声が漏れた。
そう。シードはこの子を、知っている。
『よくもまああんな下級貴族がこの学園に入学できたものね』
入学してまだ間もない頃言われた台詞が脳裏を過ぎる。
「1年F組、ヤナギ・ハランと申します」
その名前を聞いた瞬間、シードの顔は一気に険しくなった。
自分が、大嫌いなタイプの女性。
人を見下すことが大好きで、お高くとまっている上流階級貴族。
あの日シードを馬鹿にしてきた、見るだけでイライラさせられる女性、ヤナギ・ハラン……。
「嘘だろ……」
小さな声でそう呟き、項垂れた。




