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「そこのおねー様! ちょっとだけ僕と遊びません? 」
いつものようにそう声をかけると、ご令嬢達はいそいそとハートを撒き散らしながら寄ってきた。
「あら僕。私達と一緒に遊びたいの? 」
「はい! 僕今暇で〜。ぶらぶら学園内を歩いていたら、なんと! そこに見目麗しきお姉様方がいらっしゃるではありませんか! いや〜偶然とはいえ、僕って本当、幸せ者だと思いません? 」
そう言うと、令嬢達はいっそう機嫌を良くしたようでころころと笑ってみせた。
「あら、冗談がお上手だこと」
「そんな! 冗談じゃないですって! 僕こう見えて、女性を見る目は結構良い方なんで」
「あらそうなの? ねぇ、もしよろしければ、これからお茶会をしようとしていたのだけれど、あなたもどうかしら? 」
「えぇ!? いいんですか!? ありがとうございます! 感激です〜。お姉様方、優しいな〜! 」
調子よく言いながら、令嬢の寮へと案内される。
中に入るととても豪華なベッドや綺麗なアクセサリーが目に飛び込んでくる。
「ささ、お席に座って。そういえば、あなた名前は何ていうの? 」
用意されているお菓子のうちの1つ、スコーンを手に取り口元に当てながら、自身の名前を口にした。
「スカシユリ家の一人息子、シード・スカシユリです! 宜しくお願いします! 」
「あー……いったいなー……」
赤く腫れた頬を右手で抑えながら、シードは1人とぼとぼと歩いていた。
紅茶をかけられた服からは水滴がぽたぽたと滴っており、地面にシミをつくっていた。
「何もあんなに強く叩かなくても……ん? 」
すると、前方から女の子が走ってくるのが見えた。
その子は、シードがよく知っている女の子。
「メリアちゃーん! やっほー! 」
メリアに向かって手をぶんぶん振ると、こちらに気づいた様子のメリアが方角を変えてシードの方に駆け寄ってきてくれた。
「シード様。何かご用で……って、どうしたんですか!? その服! それに頬も……」
メリアがシードの赤い頬と紅茶まみれの服を見て驚く。
だが、驚いたのはシードも同じだった。
「僕はちょっとお姉様の機嫌を損ねちゃっただけだけど……。メリアちゃんこそ、どうしたのその服。めっちゃ白いけど」
メリアの服もシード同様、濡れているようで雫が垂れていた。
「あっ。私のこれは牛乳がちょっとかかっちゃって……」
「牛乳? もしかしてゴマの? 」
「はい。あげようとしたら、その……いろいろあって。被っちゃって……あはは」
「わ、大変じゃん! それなら早く着替えないと。良かったら僕も手伝おうか? 」
「手伝うって何を……。私は大丈夫ですから、シード様も、早く着替えた方がいいですよ? 」
言われて、改めて自分の服に視線を落とす。
「そうだね。これは、早く着替えないと不味いかも……。じゃあメリアちゃん、着替え終わったら遊ぼーよ! 僕今すっごい暇でさー」
「遊ぶのは良いですけど、何するんですか? かくれんぼとかですか? 」
この歳にもなってかくれんぼは正直ないなと思いつつも、笑って「それもいいね」と答える。
メリアとなら、かくれんぼでも楽しめそうな気がした。
「それじゃあ着替えたら、噴水の前に集合ね! 絶対だよ? 」
「はーい。それじゃあ私、寮に行きますね」
「うん。じゃーねー」
1回メリアと別れて、シードは自分の寮へと歩く。
メリアと出会ったのはつい最近のことだ。
たまたま学園内に居着いている黒猫、ゴマにメリアがひっそりと餌をあげているところをシードが見つけたのがきっかけだった。
「メリアちゃんじゃん! 何してるの? 」
「え? どうして私の名前……」
「何でって、有名だし? 」
平民の女の子がヒーストリア学園にいることは、学園ではとても有名だ。
「それで、メリアちゃんは何してるの? 」
「えっと、ゴマに餌をあげてて……。あっ、ゴマっていうのは、この黒猫のことなんですけど……」
ゴマは美味しそうに牛乳を飲んだ後、背を向けて草むらの中に飛び込んで行った。
「あ……。今日も撫でられなかった……」
「好かれてないの? 」
「はい。あんまり人には懐かないんです……」
そうしょんぼりと肩を落とすメリアを、可愛いなと思った。
メリアは良い子だ。
平民ということもあってか、人を身分で判断したりしない。
可愛くて優しい女の子で、シードもすぐに仲良くなれた。
あの令嬢達と違って。
『スカシユリ家? スカシユリ家といったら、あの男爵家の……! あなた、高貴なる私の前によくもまぁのうのうと現れてスコーンなんて……! 恥を知りなさい! 』
そう言って紅茶をシードにかけて、頬を思いっきり叩かれた、つい先程の出来事を思い出す。
「今日は、相手を間違えたな……」
男爵は貴族階級の中でも最も下位に位置している。
そんなシードが自身の身分を令嬢に打ち明けてとられる行動は大きく分けて2つ。
1つ目はさっきのように、身の程を弁えろと怒られる。
2つ目は、男爵であるという立場を利用して散々こき使わされるのだ。令嬢のことを褒めたり、気の利くことをやったり。
そうして遊んでいると、令嬢もすっかり気分を良くしてシードのことを都合の良いおもちゃと認識して遊びに誘ってくれるようになる。
シードはその2つ目の令嬢をターゲットに毎回声をかけているのだが、今回は相手を間違えてしまった。
痛む頬を抑えたまま寮に戻って新しい服に着替える。
男爵家だから、何が悪いというのだろうか。
身分が低い人を馬鹿にする人なんて、少ないと思っていた。
貴族であればどんな身分であろうとも人並み程度には接してくれると思っていたのに、今回みたいにハッキリと敵意を向けられたのは初めてだった。
「はぁ」と小さくため息を吐き、新しい服で寮を出る。
噴水前に行くと、まだメリアは来ていないようだった。
女の子だから、少々時間がかかるのも仕方がない。
女の子と遊ぶのは好きだ。
尚且つ貴族の令嬢と遊ぶともなれば、美味しいお菓子やお茶にありつくこともできる。
むさ苦しい男よりも可愛らしい女の子と遊んでいる方が、心も華やぐというもの。
相手さえ間違えなければ、楽しい一時を過ごすことができるのだ。
そう。相手さえ間違えなければ――。
『見てあの方』
『あら、確か男爵家の……』
『よくもまああんな下級貴族がこの学園に入学できたものね』
『本当にそうですわ。品がないのだから』
入学して間もない頃、何ともなしに歩いていたシードを見つけたある令嬢に言われた言葉を思い出す。
下級貴族だから入学してはいけないのか?
そんなことを言うおまえらよりかはよっぽど品があるね。
そんな悪態を心の中で吐きながら、表面上はにっこりと笑顔を貼り付けて通り過ぎた。
身分だけで人を判断する人なんて、大嫌いだ。
その点メリアは平民だから、親しみも持てる。
自分を馬鹿にしてくることもないから、安心できるのだ。
そんな彼女に好感をもって、ほぼ毎日声をかけた。
「メリアちゃん遊ぼー! 」そう声をかける度に、メリアは毎回律儀に「いいですよ」と微笑んでくれる。
メリアは、男女間のあれこれというものに疎い。
そのせいでシードのことも全く男として見られてはいないのだが、貴族の令嬢達と遊んだ時のあのねっとりとした視線が感じられない分、楽だった。
「シード様ー! 」
メリアが噴水前にいるシードに手を振って駆けてくる。
それに笑顔で応えて、シードは青い空の下、メリアと2人並んで歩いた。




