4
「それでは、読書発表会の打ち合わせを始めたいと思いまーす! 」
カルミアの担任の女性教師が元気よくそう言うと、ある男子生徒1名を覗いた面々はそれぞれ居心地悪そうに目を見合わせた。
それぞれといっても、目を見合わせたのはカルミアともう1人の男子しかいない。
打ち合わせ場所であるここ図書室は、今日もいつもの如く人なんて来ると気配はなかった。
「じゃ、まずは参加するメンバーの自己紹介からいってみましょう! まずは我がクラスの秀才、ロジック様〜! 」
ぱちぱちと拍手をする先生に小さくため息を吐いて椅子から立ち上がる。
「カルミア・ロジックだ」
名前だけ告げてすぐに座り直す。
「じゃあ次は、同じく我がクラスメイト! オルガ様! 」
すると、オルガと呼ばれた男子がそそくさと立ち上がった。
「オルガです……。えと、どうぞよろしく……」
黒縁の眼鏡をかけた、気弱そうで本が好きそうな男子だった。
「次は、隣のクラスのリュカ様! 」
「はい! リュカといいます! よろしくおねがいしまーっす! 」
リュカは、ぱっちりした目とはねている金髪の毛先で、明るい性格が余計にそうさせるのか、不真面目な感じの男子だった。
オルガとは違い、本なんて読まなさそうなタイプ。
「最後に、これまた隣の隣の隣のクラス! ハラン様です! 」
先生が言いながらヤナギの方に視線を移すと、ヤナギは静かに立ち上がった。
「ヤナギ・ハランと申します。本日の読書発表会は、精一杯頑張りますので、何卒よろしくおねがいいたします」
まっすぐに向けられた瞳としっかりとした挨拶に、オルガもリュカも見惚れているようだった。
ぺこりと一礼して椅子に座る仕草もとても優雅で、貴族令嬢らしさを感じる。
一通りの挨拶を終えたところで、先生が手をパンと叩いた。
「じゃ、とりあえず何のジャンルの本を紹介するか教えてくれる? かぶってたら嫌だから」
すると真っ先に手を上げたのはリュカだった。
「はい! 俺はこれ! 」
どうやらもう決めていたらしく、大きな本を机に置いた。
だが、大きい割に中身は随分と薄い。
表紙には小さな子供と熊のぬいぐるみのイラストが描かれている。
「これは……絵本? 」
「そう! ピンポーン! 」
オルガがおずおずと正解を言うと、先生とカルミアは目を丸くした。
リュカは絵本を1ページ捲りながら、優しい顔付きで言った。
「俺、絵本好きなんですよ。この歳にもなって変だってよく言われますけど……。でも、この本すげー感動するし! 絵もすごい温かいし! 俺ん家兄弟多くて、家にいた時はよく読み聞かせとかしてたんです。俺、長男だから」
饒舌に喋るリュカを見て、オルガと先生も優しい表情になる。
物語は子供が大好きなぬいぐるみを母親に買ってもらってから、大きくなるまでのぬいぐるみとの時間を描いたものだった。
主人公である女の子が大人になると、母親がぬいぐるみを捨ててしまう。
女の子はぬいぐるみを探しに寒い冬の中外へ出かけ、最後は見つかったボロボロのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるシーンで終わっている。
「これは、俺が初めて読んだ絵本で……。だから、紹介したいんです」
「そう……。リュカ様にとって、とても大切な絵本なのね」
「はい! 」
先生の言葉にリュカが笑顔で頷くと、次の手が上がった。
「あ、オルガ様。どうぞ」
「は、はい! 僕は、これ……なんだけ、ど……」
「歴史? 」
リュカが言うと、オルガはこくりと頷いた。
「サリファナ王国の、歴史で……。その、騎士についてとかも書かれてるんだけど……。歴史、面白いんだよ? 昔の人の知識とかいっぱいあるし……」
「ふーん。騎士、好きなのか? 」
「あ、うん……。戦ってる姿とか、かっこいいし。ブレイブ様とかも、かっこいいよね。憧れちゃう」
「じゃあ、なんでオルガは騎士にならなかったんだ? 」
「え、えええええ!? む、無理だよ! 騎士なんて、簡単になれるものじゃないし! 僕、体力ないし。見てるだけで、十分……」
「へぇ。そういうもんか」
「そ、そういうもんだよ。そ、それに歴代の王子様とかもいろいろあって。アイビー様とかも、かっこよ……」
「じゃあ、オルガは王子にならねぇの? 」
「それは絶対無理だから! 階級的に! 」
隣でわちゃわちゃと楽しそうに会話をするリュカとオルガを何となく眺めながら、カルミアは時間を浪費していた。
こんなのさっさと切り上げて勉強したい。
これが本音だ。
「じゃあ……ロジック様は? 」
先生に聞かれ自分の番が回ってきたことに気づく。
「俺は、まだ決めてません」
「え? 決まってないのですか? 」
「はい。探してはみたのですが、すみません。ですが、ジャンルはかぶらないようにしますので」
「そう。じゃあ最後、ハラン様、決まってらっしゃるかしら? 」
決まってないカルミアをとばしてヤナギにバトンが回ってくる。
ヤナギはというと小さな書籍を取り出した。
「私は、小説です」
「あっ! 俺それ知ってます! 黒猫の魔法使い、ですよね? 」
リュカがヤナギの持っている小説に飛びつき、興奮したように目を輝かせた。
「はい。ご存知なのですか? 」
「そりゃあもう! 俺の妹が大好きなんですよそれ! あ、妹っていうのは今年で13になる長女のことなんですけど! 面白いですよねそれ! 特に主人公の黒猫が、雨の中主人を探しに歩き回るシーンなんてもう! 思わず涙が……」
「分かります。か細い声で鳴きながら近くの珈琲店で雨宿りをするシーンが……」
「分かる! そこで、鳴いてる猫を心配して珈琲店の店長がそっとミルクを……」
「はい2人とも〜。盛り上がってるところ悪いけど、ロジック様とオルガ様が置いてけぼりになってるから。あと私も」
「あ……すいません」
「申し訳ございません」
謝る2人を見て先生は笑顔で企画書を確認し始める。
「えーと。それじゃあ読書発表会の日にちは7月10日の午後から。発表する人は全部で4人。1人だいたい6分くらい喋ってもらうから、よろしくお願いしますね? 」
「えぇー!? 6分も!? 」
嫌そうに言うリュカにオルガも小さく頷いて同意する。
「更に、質問タイムもとってもらうから。それをいれたら1人約10分よ」
「10分!? 」
何を喋ればいいのか分からないリュカと喋ることが苦手なのであろうオルガは驚いて企画書を見た。
企画書には1人約10分間と書かれており、それが4人続くので合わせて約40分。
1時間もかからない、本当に小さなイベントだ。
「じゃあ後は何も言うことないし、今日はこれにて解散! 」
合図を言うや否や先生は図書室を出ていってしまった。
残されたのは男3人と女1人。
「……じゃあ僕は寮に帰るね。じゃあ、さようなら」
そう言ってオルガも図書室を出ていった。
この調子でリュカもすぐに帰るのだろうと思っていたが、リュカは何やらヤナギに話しかけ始めた。
「ハラン様ですよね? 公爵令嬢の。いやぁ、噂は本当だったんですね! 」
「噂? 」
「はい! 今まで我儘で横暴だったハラン様の性格が、急に変わったって噂です! 本当だったんだなぁと思って」
よくもまぁ本人を前にしてそんなことが言えるものだ。
対するヤナギはといえば怒った様子もなくいつもの無表情を浮かべている。
「……私、我儘で横暴じゃないんですか? 」
「全然違いますよ! 寧ろその逆? 素直そうだし、謙虚そう」
「素直で、謙虚……? 」
何を言っているのか分からないといったふうに、ヤナギは目を白黒させていた。
「そうだ! オススメの小説とかありますか? 俺とハラン様、本の趣味合いそうですし! 」
「オススメ、ですか……。なら、ファンタジー系の物がいくつか……」
「おっ! 俺、ファンタジー大好きなんですよ! 教えてください! 」
「はい。確かあちらの本棚に……」
「あれ? ロジック様、もう帰るんですか? 」
席を立ち上がったカルミアを見て、リュカがそう言う。
いつもなら、ここで勉強をしていくのだが。
「今日はもう、寮に帰る」
「勉強ですか? 勉強ならここですれば……」
「いや、いい」
リュカの提案を遮って、カルミアは図書室から出ていく。
出た後も図書室からリュカとヤナギの話し声が聞こえてきて若干イラッとさせられた。
いつもなら、多少うるさかったところで別に気にせず図書室で勉強していただろうに、何故か今日はできそうになかった。
楽しそうなリュカの声を聞きながら、カルミアは逃げるように立ち去る。
ヤナギがリュカと話しているところを、見たくなかった。




