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「読書発表会? 」
先生に渡された企画書に目を通しながら、カルミアは訝しげな顔をした。
女性教師はカルミアと違ってニコニコと楽しそうな表情をしていた。
「そう! 我が校ヒーストリア学園でも、何か楽しい行事はできないかと思って! ほら、入学してからまだテストくらいしかイベントがないじゃないですか。文化祭があるけど、それも夏休みが開けてからですし。そこで! 夏休みが始まる前に、何か楽しい行事でもと思って提案されたのが……」
「読書発表会、ですか」
「ええ! 最近、いや前からなんだけど、図書室の利用者が少なくて……。皆本読まないし、勉強は教室とか寮とかでやっちゃうし……。だから、普段図書室を利用している人達が集まって、全校生徒の前でオススメの本を紹介するんです! ジャンルは何でも良し! ファンタジーでもホラーでも恋愛ものでも……」
「……そこで、俺ですか」
「ロジック様は図書室結構行ってますし」
確かに、図書室にはよく行っている。
だがそこで過ごす時間の大半は勉強に費やしている。
本も読む方ではあるが、最近はあまり読んではいなかった。というのも、テストテストで読む時間がなかったのだ。
「……普段図書室を利用している人が参加する、と仰っていましたが、他に誰か参加する人がいるんですか? 」
図書室の利用者は少ない。
平日でも立ち寄る人はほんの数人だし、休日だとほとんどいない。カルミアを除けば0に近い状態だ。
「ああ、そこは心配しないで大丈夫ですよ。このクラスのオルガくんと、隣のクラスのリュカくんが参加してくれるから。2人とも、本読んでる姿をよく見かけるし」
「それ、図書室利用者の話と関係ないじゃないですか……。そういえば、ヤナギは? 」
ヤナギは最近図書室をよく利用している。
毎日、とまではいかなくとも3日おきくらいに訪問しているのだ。
「ハラン様? ハラン様も図書室を利用していらっしゃるの? 」
「はい。最近よく来てますよ。3日おきくらいに」
カルミアがそう言うと、先生は驚いたような顔をした。
「あら、ハラン様も……。初めて知ったわ。そうね、それじゃあハラン様にも声をかけて見ようかしら。教えてくれてありがとうございます、ロジック様」
「いえ……」
「それで、ロジック様は……」
「ああ、はい。参加しますよ、俺も。ていうか、ヤナギも入れて4人としても、少ないんじゃ……。せめて後2人くらいは……」
「うーん。でもまあちょっとしたイベントみたいなものですし。あんまり時間もとれないでしょうから、このくらいがちょうど良いと思うわ」
「そうですか。では」
企画書を手にカルミアが教室を出ようと歩き出す。
「あら、また図書室? 」
「はい」
「お勉強? 」
「はい」
「そう。頑張ってね」
「はい」
教室を出て図書室へと向かう。
その道すがら、見知った人物を見かけた。
声をかけようとするも、はたと気づく。
どうして、声なんてかけるのか。
面倒くさいだけなのに。
いつもは、声をかけようなんて思わないのに。
「ごきげんよう」
「ヤナギ……」
そんなことを思っているうちに相手の方から挨拶をされてしまった。
「図書室に行くのか? 」
「はい」
手には4冊の本を抱えている。
相変わらず、読むのが早い。
お互い無言で図書室へと向かう。
並んで歩いているというのに、距離も若干開いていた。
図書室の扉を開けて中に入ると、ヤナギは本を返しにカウンターの方へと向かって行った。
カルミアはいつも通り読書スペースへと向い机の上に教科書を開いたところで、椅子に下ろしかけていた腰を上げた。
向かったのは本棚。
大きな本棚に並べられたいくつもの本を何となしに眺めながらゆっくりと移動していく。
サリファナ王国の歴史を綴ったものや、偉人の伝記。
数字の本や化学の本。
それらを眺めていると、化学コーナーの場所にヤナギがいるのを見つけた。
何かを探すように、じっと本を見つめている。
どうやら小説に限らず、いろいろなジャンルを読むらしい。
すると、ヤナギは何か見つけたのか本棚の1番上の段に手を伸ばした。
これだけ大きな本棚だ。
背が高い人じゃないとなかなか届かない場所。
カルミアは小さくため息を吐いた後、ヤナギに近づいて目当ての物であろう本を手にとった。
「ほら」
「ありがとうございます」
合っていたらしく、本を受け取りパラパラと捲っていく。
この化学の本も随分分厚く、中も細々とした文字が沢山並んでいた。
「今日は、何か本を探しているのですか? 」
ヤナギにそう聞かれ、カルミアは首を縦に振る。
「ああ。読書発表会で使う本を探しにな」
「読書発表会? 」
「夏休み前に、オススメの図書を紹介するらしい。ヤナギの方にも参加の連絡が来ると思うぞ」
「私に、ですか? 」
「ああ。先生が、そう言っていた」
「そうですか。なら私も、探した方が良いですね」
「……参加するのか? 」
「はい。言われるのなら、参加します」
「そうか……」
何だかカルミアと思考が似ている気がした。
実際、カルミアも先生に言われたからやっているようなものだ。
もし自由参加で希望制だったとしたら、自分からは絶対に参加しなかっただろう。
「夏休みのちょっとした楽しいイベントらしいが、くだらない。学校なんて、成績を上げるためだけに行くようなものなのに」
つい本音が漏れてしまい、しまったと慌てて口を噤む。
こんなことを言えば、大半の生徒からは反感を買ってしまうからだ。
くだらなくなんかないだのイベントだって十分学園生活で必要なことだの、そんなことを言って反論してくる。
その度にカルミアは争いごとになるのは時間の無駄と判断して「まぁ、おまえにとってはそうなんだろうな」と適当に流しておく。
自分と相手の意見なんて違っていて当然なのに、少し違うだけで怒り自分の意見を押し付けてくる。
それが本当に面倒くさくて、大嫌いだった。
だが、そうすると更に相手を怒らせてしまい結局争うことになるのだ。
静かにヤナギの方へ目をやると、ヤナギはカルミアを見つめたままだった。
怒っている様子はないが、共感している様子でもない。
言葉を発するのを待っていると、ヤナギは口を開いた。
「読書発表会、精一杯頑張りたいと思っています。まだ、正式に頼まれたわけではありませんが、それでも参加してほしいと言われたのなら、私はそれに尽力するだけです。それが私の、職務ですから」
職務。
その単語が、頭の中で反芻する。
自分に課せられた仕事を、与えられた役割を忠実にこなす。
どうやってこなしていくか、どういった過程を踏んでいくか、それを学ぶのもまた、学校だろう。
そう考えると、くだらないと考えていた読書発表会も、頑張らなければと思えるようになってくる。
「そうだな……」
ヤナギの言葉に頷いて、カルミアはまた本を見た。
勉強になりそうな本を探していると、1冊の本が目に入る。
「人は、何故勉強するのか……」
哲学めいたタイトルを口にすると、ヤナギがぴくりと反応した。
近寄って来て、その本を覗き込む。
「ふん。勉強する目的なんて、人それぞれだろう。目的もなしにいやいや勉強しているようなら、そんなの何の意味もないな」
「何か、目的があるのですか? 」
「俺か? 俺は父様の跡を継ぐために勉強している。跡継ぎとして相応しい者になれるように、勉強しているんだ」
「宰相ですか? 」
「よく分かったな……」
カルミアはこの国の時期宰相だ。
宰相は国を担う重要な仕事。
時期宰相ということもありカルミアの存在は結構有名なため、ヤナギが知っていてもおかしくはなかった。
「ヤナギにはないのか? 勉強する目的」
まぁ、急に順位を上げて1位をとったのだから、何か目的があるのだろうことは分かる。
だが、ヤナギは首を横に振った。
「ありません」
「……え。じゃあ、何故1位を……」
「それは、父に成績は1番をとれと言われたので」
「……は? 」
人に言われたから、1位をとったと言うのか。
前の中間試験では、そんなに芳しい成績ではなかったのに?
短時間で、人に言われただけでそんな難題をクリアしてしまったのか?
言われたことを忠実に守るその姿勢に、カルミアは素直に関心した。
「ですが、この間、先生に言われたことがあります」
「言われたこと? 」
「はい。どこへでもいける、と」
ヤナギはどこか、遠くを見つめるような瞳でそう言った。
見ているのは、本棚のはずなのに。
そうではない。カルミアの知らない所を見ているようで、その澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「それは、何にでもなれる、ということか? 」
「何にでも? 」
「ああ。勉強ができると、仕事先に有利になるからな。役所に務めることもできるし、難しいところにだって……。いや、ヤナギは公爵令嬢だから、婚約か」
誰か身分の高い人と婚約して、嫁いでいくのだろう。
「何にでも……か」
小さな声でそう呟くヤナギに、カルミアは珍しく優しい言葉をかけた。
「ま、何にせよ勉強ができるのは有利だ。目的を見つけるために勉強するのも、良いんじゃないか? 選択肢が増えるし」
そう言うと、ヤナギは驚いたようにカルミアを見た。
初めて見る表情に、カルミアもまた少し驚いて見つめ返す。
暫く見つめあっていると、ハッとして目を逸らした。
「俺は、勉強する……」
急に恥ずかしくなってきて、逃げるように読書スペースへと戻った。
ほんのり赤くなった顔を、隠すように。




