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ある日、カルミアはいつものように図書室に来て勉強をしていた。

今日の小テストの見直しだ。

いつも通り結果は満点だったのだが何度かの復習は必要。何回か解き直しをしていると、キィ、と図書室の扉が開かれる音が聞こえた。

放課後の5時半というあまり人が来ない、というか今日はカルミアぐらいしか来訪者がいない図書室に誰が来たんだろうかと思いそちらを伺うと、どことなく感じていた予感通り、そこにいたのはヤナギだった。

手にはこの間借りた本を持っている。返しに来たのか、受付の方へ行っていた。

しかしそこには受付の人はおらず、ただポツンとカウンターと椅子があるのみ。

「……受付の人なら、もう帰ったぞ」

本を手に視線をさ迷わせていたヤナギについ声をかけてしまう。

するとヤナギはこちらの存在に気がついた。

「そうなのですか」

「ああ。いつも5時に帰ってるからな。本なら、カウンターに置いておけば大丈夫だ」

元々普段から来訪者が少ないこの図書室は受付の仕事も少ない。

やることがないといつも5時に帰ってしまい、最後はカルミアが鍵を閉めることになっている。

ヤナギはカウンターに本を置いた後、本棚の方へと移動した。

今度は何を借りるのか。

いや、そんなのはどうだっていい。

カルミアは勉強に集中した。


それから約30分ほど経った頃。

小テストの紙と広げていた教科書を片付け、カルミアは席を立ち上がった。

「おい。もうそろそろここを閉めるから、おまえも早く出ろ」

図書室は6時までいられることになっているため、ヤナギにそう声をかけると、ヤナギはいくつかの本を手に取った状態でこちらを振り向いた。

数えたところ4冊ある。

「それ、借りるのか? 借りるのなら、その本のタイトルと作者名、後借りた日付をカウンターにある貸出図書欄のカードに記入して置いておけ」

「はい」

ヤナギはすぐさまカウンターへ行き設置されているカードとペンを使って記入を始めた。

ふと先程ヤナギが返していた本に目をやると、それはつい先日ヤナギが読んでいた『黒猫の魔法使い』だった。

どうやら借りていたらしい。

「書き終わりました」

書き終わったらしいヤナギは4冊の本を手にカルミアにそう言った。

2人で図書室を出て、鍵を閉める。

鍵を返しに行くカルミアとこのまま寮に戻るのであろうヤナギは行く方向は別々なためここで別れることになるのだが、ヤナギはカルミアと同じ方向へと歩き出した。

「おい。寮はそっちじゃないぞ」

「私は寮に戻るのではありません」

「? じゃあ、一体どこへ行くんだ」

まだ明るいとはいえ6時だ。

貴族の女の子が1人で出歩いて良い時間ではないだろう。

実際、もうほとんどの生徒が寮に帰る頃の時間だ。

「養成所です」

「養成所? 」

養成所、というと思い当たる場所は1つしかない。

この学園と隣接している、騎士を目指すための養成所だ。

「なんでわざわざ養成所なんかに? 」

別にヤナギがどこへ行こうとどうでもいいが、さすがに気になったので聞いてみた。

「セルフ様と待ち合わせです」

「セルフ? 」

「ブレイブ様と仲が良い方です」

ブレイブは知っている。

この国の騎士団に入っており、騎士団長を務めている者だ。

「セルフ、というのは知らないな。養成所に入ってるということは、今年の入団試験には落ちたのか」

「はい」

騎士団の入団試験には養成所の生徒は全員受けることになっている。

まだ養成所にいる、ということはそういうことなのだろう。

「セルフ様は、毎日頑張って練習しておられました。あんなに頑張っていらっしゃいましたのに、落ちてしまわれて」

「……別に、頑張るのは試験のためだけじゃないだろう」

「……え? 」

「例え入団試験に合格するために頑張っていたのだとしても、その努力はセルフの力になってるんだからな。それともおまえは、その努力を、無駄な時間だったとでも言うのか? 」

「いえ。無駄ではありません」

「だろう? 試験に受かっていたとしても、強さは必要になる。結果が悪くても、努力は必ず力になるからな。次に活かすこともできるし」

勉強だって同じだ。

試験範囲を間違えて勉強してしまっていたとしても、その範囲を勉強したことは無駄ではない。

次の試験でまた活かすことができる。

まぁ、カルミアの場合試験範囲を間違えるなんてことは絶対に有り得ないのだが。

「無駄なことなんて何ひとつない。そういうことだ」

「無駄なことは、ない……」

カルミアの言葉を反芻するヤナギを置いて、カルミアはさっさと歩く。

ヤナギもすぐに着いてきて、また2人で横並びになって歩いた。

外廊下に出たところで、ヤナギの足がピタリと止まる。

「それでは、私はこちらですので。失礼します」

そう言って頭を下げるヤナギにカルミアも「ああ」と軽い返事をすると、ヤナギはぺこりと会釈をして中庭の方へと駆けて行った。

その後ろ姿を見送った後、カルミアはまた歩き出した。



その2日後。

放課後、今度は4時半というやや早めの時間帯にヤナギはいた。

カルミアはいつもは授業が終わるとすぐ来るのだが、今日は先生に頼まれごとをされてしまい来るのが遅くなってしまったのだ。

先に来ていたヤナギは、机の上に突っ伏してすぅすぅと寝息を立てている。

図書室で勉強もせず本も読まずただ寝ているとは一体何のつもりなのかと厳しい目を向けると、受付のお姉さんがカルミアに声をかけた。

「あ、ロジック様。その子、ハラン様よね? 起こさないであげてくれるかしら? 」

「なんでですか? ただ寝てるだけなんて、迷惑なんじゃ……」

するとお姉さんはふふっと笑って、ヤナギが寝ている机を指さした。

見てみると、ヤナギの周りには沢山の教科書や紙、それに、先日行われた期末試験の問題用紙やら解答用紙やらが散らばっていた。

手元には、ペンがころころと転がっている。

「この子、さっき本を返しに来てね。それで勉強してたんだけど、疲れて眠っちゃったみたい。随分お疲れみたいだから、起こさないであげて、ね? 」

「……」

問題用紙と教科書には、びっしりと何やら書き込みがされている。

頑張っている、ということが伝わってくる。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るから。ロジック様、後はお願いしますね」

そう言って帰って行くお姉さんに軽く頷いてから、カルミアは再びヤナギに視線を戻した。

期末試験でカルミアより良い点数をとったのは、何かズルをしたのではないかと疑ったりしていたのに。

ヤナギだって、努力をしていた。

カウンターに置かれた本を見る。

確か、借りたのは2日前だったはずだ。

たった2日で、4冊も……しかも、どれも分厚い。

カルミアの中でのヤナギが、だんだんと違う印象へと変わっていく。

1枚、解答用紙が床に落ちた。

それを拾い机に置くと、カルミアはその隣の席に座った。



「……あれ? 私、寝ちゃって……」

目を開け、キョロキョロと辺りを見渡したヤナギは隣にいたカルミアに視線を移した。

「……もう、閉める時間だから出るぞ」

「……あ、はい」

まだぼんやりとした様子のヤナギは散らばっていたプリント類や教科書をかき集めると、時計を見てあることに気がついた。

「今、7時……」

そしてもう一度、カルミアに視線を戻す。

「待ってくれていたのですか? 」

「勘違いするな。受付の人に、起こすなと言われたからだ」

「そうですか。ありがとうございます」

お礼を述べるヤナギを無視して、カルミアは先に図書室を出た。

ヤナギも後に着いてきて、図書室を出る。

手には、3冊の本を抱えていた。

「いつの間に……」

「? 何か? 」

「いや、何でもない」

鍵を閉め歩き出すと、ヤナギは別の方向へと歩き出した。

「今日は、養成所に行かないのか? 」

するとヤナギは振り返って言った。

「お昼休みに伺ったので。今日はこのまま寮の方へ戻ります。時間も、もう遅いですし」

「……そうか」

それだけ返し、また背を向ける。

歩き出そうとしたところで、また歩を止める。

「……おまえを起こさなかった件だが」

「? はい」

「………………頑張ってる奴は、嫌いじゃないからな」

たっぷり間を置いてそれだけ伝えると、今度こそ歩き出す。

遠くでヤナギが、「私もです」と言っているのが聞こえた。

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