8
「俺は……ブレイブには、なれないんだ」
セルフは、もう一度そう呟いた。
「俺は、ブレイブとは、違う。髪も、ブレイブみたいに水色じゃない。俺は銀髪。瞳の色も、ブレイブのような青じゃない。俺は金眼。ブレイブは騎士で、俺はただの養成所の生徒。ブレイブみたいに勇敢じゃないし、天才でもない。俺は、ブレイブとは全く、これっぽっちも、全然違う」
見た目も、中身も、違う。
同じところなんて、何一つない。
その事実が、堪らなく嫌だった。
「俺は、ブレイブと同じ戦法を使って、勝とうとしていた。でも、そんなの無理だったんだってことが、この試験を通して、分かったんです」
まず、実力からして違う。
経験の差もあるし、ブレイブのように恵まれた才能もない。
それらが違う時点で、どう足掻いたところでセルフがブレイブに勝てるわけがないのに。
このままではいけない。
来年こそ、騎士にならなければ。
また開いた距離を、取り戻さなければ。
どんどん離れていくブレイブの後ろ姿を、眺めるだけになってしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
セルフも、ブレイブのようになりたいのに、上手くいかない現実に、もどかしさを酷く感じてしまう。
暗い表情のまま俯いていると、ネイラがセルフの元に近づいてきた。
「……セルフ君。君は本当に、騎士になりたいのですか? 」
「……え? 」
「君は、いつもブレイブ君の真似ばかりしていました。ブレイブ君を、ずっと追いかけていた。ブレイブ君が剣術を習い始めたからセルフ君も剣術を習ったし、ブレイブ君が騎士になりたいと言ったから、君も騎士を目指している。それらは全て、君の意思じゃない。ブレイブ君の意思に、君がすがりついているだけだと、私には見えます。さっきの戦法も、全てブレイブ君の真似をしているだけ。君には、個性というものが感じられない」
最もな指摘に、何も言えずに黙り込む。
今のセルフには、ネイラの言葉にただ耳を傾けることしかできなかった。
「君は、本当に剣が好きなのかい? 本当に、騎士になりたいと思っているのかい? 」
確信をつかれたように、セルフは大きく目を見開いた。
焦点の定まらない瞳をネイラの方へ向けると、隣にいたブレイブと目が合った。
ブレイブは、じっとセルフを見つめ返してくる。
なぜ、ブレイブは何も言わない?
あの時も、ネイラと特訓中に言い合った時もそうだ。
「ブレイブ君にはなれない」と言ったネイラにイラついたセルフを、ただ見ているだけでブレイブは何も言わなかった。
「ブ、レイブ……俺は……」
縋るようにブレイブを見ると、ブレイブは一つ小さなため息を吐いた。
「……俺が今まで口を挟まなかったのは、ネイラ先生の考えに一理あると思ったからだ」
ブレイブの答えに、セルフは驚愕する。
「おまえはいつも、俺の後を追ってきてくれていた。それは本当に嬉しかったし、俺もそんなセルフを応援していた。だが……この試験を見て、やっぱり、感じたんだ。俺の戦法の真似ばかりするおまえを見て……おまえは、それでいいのかってな」
「それでいいって、どういう……」
「セルフ。おまえは、本当に剣が好きなのか? 本当に、騎士になりたいのか? 」
ネイラと同じ問いかけをブレイブはした。
セルフは、剣が好きで、ずっと、騎士になりたいと思っていた。
でも、本当にそうなのか?
ブレイブの後を追いかけているだけで、本当は好きじゃなかったのだとしたら。
もし、この想いが勘違いだったなら。
「セルフ」
ブレイブが、一歩距離を詰めてくる。
「もし、無理をしているのだとしたら……セルフはセルフらしく、自由に生きればいい。もう、無理に剣を振る必要は、剣を好きと言う必要は、ないんだ」
セルフはセルフらしく、自由に。
その言葉は、至極最もで、正しい意見だ。
じゃあ、じゃあセルフは、これからどう生きればいい?
自分の想いが勘違いなら、これから何を好きになればいい?
『セルフはセルフらしく、自由に生きればいい』
セルフらしくってなんだ?
『君には、個性というものが感じられない』
個性ってなんだ?
わからない。
ずっと、ブレイブの後を追ってきて、ブレイブが剣を好きだから、セルフも好きになって。
そうだ。これは本当に、好きと言えるのか?
真似をしているだけなのに。
所詮、ただの真似事なのに。
ずっと、剣だけを振って、騎士になりたいと夢見ていたのに。
それが、間違いだと言うのなら。
「俺は……」
一体、どうすれば……。
「それは違います」
悩み、考えていた思考の壁を通り抜けるようにスっと入ってきたその声に、弾かれたように顔を上げる。
視界に映った赤いリボンが、風で小さく揺れている。
ヤナギは、座っていた腰を上げると、セルフの元まで歩いてくる。
至近距離で目が合って、その鋭い眼光から、目を逸らすことなんてできなかった。
「セルフ様は、剣が好きと仰っていました」
『ああ。剣を振るのは、好きだから。嫌なこと全部忘れて振ってっと、すげー気持ちいいんだよ』
「セルフ様は、騎士になると、そう仰っていました」
『俺は、騎士になるんだ。騎士になって、絶対ブレイブに追いつく! 』
ついこの間、この場所で、セルフは確かにそう言った。
「あの言葉は、嘘だったのですか? 」
ヤナギが、どこか不安を宿した瞳でそう聞いてくる。
そうだ。あの言葉は、この想いは、嘘なんかじゃない。
「ヤ、ヤナギ。その、君は何も知らないだろうが、セルフはずっと、俺の真似ばかりしていたんだ。だから、剣が好きと言うのも……」
「セルフ様は、剣が好きと仰っていました。真似をしていたのは事実なのでしょうが、セルフ様が剣を好きで、騎士になる意志も事実です」
「……セルフは、俺になりたいと言ってくれていた。俺の剣術や戦法を真似て……だからっ」
「セルフ様が、ブレイブ様になることはできません」
「え……」
「ブレイブ様はブレイブ様ですし、セルフ様はセルフ様です。それは、揺るぎない事実で、変わることはありません。ですが、セルフ様が、ブレイブ様のようになることは可能です」
ブレイブの、ように。
「誰かの真似をしたら、今までとは違う、新しい自分になると、私は思います」
「新しい、自分……? 」
うわ言のようにセルフが呟くと、ヤナギは小さく頷いた。
「自分と誰かが組み合わさって、新しい自分になっていく……成長して、いくのだと」
それは、1+1が1ではなく、別の数字、2になるように。
それは、人が馬に乗って走ることで、更に速く走ることができるように。
それは、一人の力よりも、複数の力を合わせた方が、更に威力が増すように。
何かと何かを合わせることによって、新たな力が生まれる。
誰かに影響されることで、新たな自分を形成していく。
自分を、つくっていく。
「……そうだな」
ヤナギの言葉で、胸にあったつっかかりが取れていく。
セルフはセルフだ。
他の何でもない。
別の誰かに、なることはできない。
だったら。
「俺は、剣が好きだ。そして、騎士になる。ブレイブを、追いかけ続ける。実力が足りないならもっと努力するし、才能ないって言われても諦めない。俺は、ブレイブの真似をし続ける。それが、俺だ。俺の個性だ! 」
それは一種の開き直りのようにも思えたが、何だかそれでも良いと思えた。
剣が好きなのも、騎士になりたいと思うのも、全て本当。
第一、好きじゃなければこんなに剣を振り続けていないし、騎士を目指してもいない。
剣も騎士も、心の底から大好きだ。
誰かの真似しかできないのなら、それで良い。
どうせ他の人にはなれないのだから、誰かの一部を取り入れて、自分の物にして、新たな自分をつくっていけば良いのだ。
何を、悩む必要があったのだろう。
「俺は、俺なのにな……」
笑って言うと、ヤナギが「はい」と言ってくれた。
「……すまなかった」
そう謝罪したのはネイラだった。
セルフに向けて頭を下げて、申し訳なさそうな顔をしている。
その様子にギョッとしていると、ブレイブも同じように頭を下げて謝ってきた。
「そんな、二人とも……」
「すまなかった、セルフ。俺は、おまえが無理をしてるんじゃないかと……。でも、そうだよな。あんなに一生懸命毎日練習や試験に取り組んでいたのに、俺はそれを、ちゃんと見ていたのに……おまえの本当の気持ちに気づけないで、勝手に勘違いして……本当に、すまん! 」
「お、おい。ブレイブ、もういいから! 頭上げろって! ほら、ネイラ先生も……」
「僕には、才能がありませんでした」
「……え? 」
頭を下げたまま、ネイラは悔しそうに握りこぶしを作ってそう言った。
「僕も、同じでね。騎士に憧れて、ずっとなりたいと思っていたんです。それで、騎士の真似ばかりしてました。でも、技術も実力も桁違いだったので、真似をしても同じようにはなれなくて……。ある日、気づいたんですよ。僕は、このカッコイイ騎士のようにはなれないと。誰かの真似をしていても、誰かになれるわけがない。自分を持っていなかった僕にとって、じゃあどうすればいいのか、分からなくなってしまって……」
「ネイラ先生……」
「自分を認めてあげることができず、自分は自分だということに、気づかなかった」
ネイラもセルフと同じだったのだ。
てっきりネイラは、セルフに嫌みを言っているのだと思っていた。
ブレイブはおまえとは違う。
おまえにはブレイブのような才能はない。
そうやって、セルフを見下しているのかと思っていた。
「君を見た時、思ったんです。このままでは、僕と同じように騎士になれずに終わってしまう。それではいけないと、僕はよけいなことを君にしてしまいました」
ネイラは、セルフを心配してくれていたのだ。
そこで、ネイラはようやく頭を上げた。
「どうかそのまま、自分を貫き通してくださいね」
「っ……! はい! 」
ネイラの言葉に力強く頷いて返事をすると、ネイラはにっこりと笑ってくれた。
「ブレイブも、心配してくれてありがとな。でも、俺は剣が好きだから」
ブレイブに本音を伝えると、「そうか」と言って同じように微笑んでくれた。
渦巻いていたモヤモヤが、解消されていく。
和やかな空気が辺りを満たしていっ
「セルフ様ー!! お疲れ様でしたぁぁぁ!! 」
突如、その空気をぶち壊すかの如く飛び込んできた少女、メリアは両手に大きなバスケットを抱えて満面の笑みで駆けてきた。
「うわっ! 何だおまえ! 」
「え。わ、忘れちゃったんですか!? メリアです! ゴマの時の! ほら、メリア・アルストロ……」
「それは覚えてる! じゃなくて、何だそのバスケットは! 」
「あ、そうです! お祝いしようと思って! 試験が終わったお疲れ様会にこれ、サンドイッチです! 」
鼻息荒くそう言うメリアは、バスケットいっぱいに敷き詰められたサンドイッチを誇らしげに見せてきた。
「はぁ……。人が試験に落ちて落ち込んでる時に……」
「うっ……。やっぱり、不謹慎でしたか……? その、合格者が発表会された後、セルフ様の姿が見えなくて……探してたら、ジャンって人と会って、ブレイブの知り合いか? って聞かれたのでうんって答えたら、いつも通りの様子で接してやってくれって言われて……。変に気を遣われるのは、嫌いだと伺っていたので……その……」
どうやら、ジャンが気を利かせてくれたらしい。
一人だけ合格して、会うのが気まずかったのだろう。
「セルフ様が行きそうな場所とか知らなくて、とりあえず前あったここに来てみたんですけど、まさかビンゴとは……って、ハラン様? どこに行くのですか? 」
「いえ、確か小説ではこのシーンにヤナギは居なかったので、私はこれで……」
「? よくわかりませんが、ハラン様も、サンドイッチ食べましょう! 」
「それにしても、よくこんなに作りましたね」
「あ、ありがとうございます! えっと……」
「ネイラと申します。僕も、そのお祝いにまぜてもらっても良いですか? 」
「はい! もちろん! あ、ブレイブ様も来てくださいね? 」
「そうだな。ヤナギが行くなら、俺も行くとしよう」
「私……ですか? 」
「ハラン様も来ますよ! 」
「なら行こう」
「やったー! アイビー様も来るらしいので、皆でお祝いですね! 」
「……アイビー様も来るのか」
「? 気難しい顔をして、どうしたのですか? ブレイブ君」
「いや、なんでも……」
賑やかに騒ぐ皆を見て、セルフの口元もつられて緩んでいく。
そして、視線は自然とヤナギを追っていた。
ヤナギは、セルフはセルフだということに、気づかせてくれた。
誰かの真似をして生きることも、セルフの個性だと認めてくれた。
セルフを、肯定してくれた。
ちょんちょんと、ヤナギのドレスの裾を引っ張り皆から少し引き離す。
耳元に手を当てて、小さな声で呟いた。
「……ありがとな」
普段なら、恥ずかしくて言えないけれど。
「……どういたしまして? 」
首を傾げて答えるヤナギは、なんの事か分かっていないのだろう。
わざわざ教えるのも気恥ずかしくて、赤くなった顔を隠すように背を向けた。
だが、もう一つ言いたいことがあったのを思い出す。
背を向けたまま、セルフは自身の想いを口にする。
「また……来い」
ここに、この場所にまた来てほしい。
ヤナギに、去って行ってほしくなかった。
「また来ます」
その返事に、パッとヤナギの方を向く。
そこには、いつもの無表情、だけど少し目を細めた様子のヤナギが立っていた。
それに、暫らくの間見とれてしまう。
「どうしたんだ? セルフ。顔が真っ赤だぞ」
「……ってうわぁ! ブレイブ!? 」
「何をそんなに驚いているんだ。学園でお祝いをするらしいから、おまえはネイラ先生とでも一緒に行け」
「はぁ!? 何で俺がネイラ先生と……」
正直なところ、ヤナギと一緒に行きたかったのに。
だが、そんな抗議の声は無視されて、セルフは無理矢理ヤナギから離されてしまう。
「ちょっ、そんなに押すなって……。じ、じゃあなヤナギ! また後で! 」
手を伸ばして言うと、ブレイブに更に強く腕を引っ張られた。
さすが騎士団長の力。痛いので離してほしい。
「はい。また後で」
また。
何気ないその一言に、胸がじんわりと温かくなる。
またそう言い合えることが、今は何よりも嬉しかった。
「……頑張れよ」
腕を引っ張られながら、ブレイブは小さくそう言った。
「言われなくても、頑張る」
ヤナギと離されたことで少し不貞腐れ気味にそう答えると、ブレイブは白い歯を見せて笑った。
いつも、ブレイブを追いかけていて。
ブレイブの真似ばかりしている。
まだまだ実力不足だけれど、追いつきたい。
騎士になりたい。
剣が大好き。
それが、セルフ・ネメシアという人間だ。




