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真っ青な空には雲一つなく、太陽がセルフ達を照らしている。
地面の上に並べられた机と椅子に座っているのは、審査員として来た騎士団団長のブレイブやその他教官。また、身分の高い貴族やこの国の国王、観覧しに来た貴族達の姿で溢れかえっている。
「それではこれより、サリファナ王国騎士団の入団試験を始める! 」
やや緊張した面持ちで、だがそれでも堂々とした佇まいで教官が声を大にしてそう言うと、整列していた試験生達も伸ばしていた背筋をよりピンと伸ばした。
「試験は四次試験まであり、サリファナ王国騎士団に入団するのに最も相応しいとされる者のみがこの入団試験合格者とする! また、他の者を貶めたり、ズルをしたりするようなことがあれば、その者は即刻失格とする! 」
ルール説明がされていくなか、セルフはちらりと観覧席の方を見た。
ヤナギと目が合う。
慌てて目を逸らし教官の話に耳を傾けるが、もう一度ヤナギの方をちらりと見てしまう。
ヤナギは隣に座っているメリアと何やら話をしているようだった。
「それでは早速、一次試験の方へ移る! 試験生は学園内へ入れ! 」
学園内、というのは隣にあるヒーストリア学園だ。
今日は休日ということもあり、生徒は学園内にはいない。
一次試験の内容は、学力テストだ。
騎士団に入るためには、最低限の学力も勿論必要とされる。
三教科で約165分。
これらは内容こそ難しいものの、入団試験のお膳立てのようなもの。
日頃からちゃんと勉強していれば、なんて事ない問題……なのだが。
「くっそ……ぜんっぜんわかんねぇ……」
誰にも聞こえないであろう小さな声でポツリと漏らす。
勉強はした。
したが、苦手なものは苦手なのだ。
一教科が終了した次、二教科目の数学の問題で、セルフは一番最後の問題で苦戦していた。
まず問題の意味が分からない。
隣には何やら謎の形をした図形やら記号やらが並んでいるが、セルフにはなんの事だかさっぱり分からなかった。
ちらりと時計を盗み見ると、終了まで後10分ちょっとしか残されていない。
途中式だけでも書こうと必死に問題に食らいつくが、結局解けないまま終わってしまった。
二次試験へと移行する前に、昼食の時間だ。
昼食が終わった後に先程のテスト結果が壁一面に張り出されるので安心して食べることは出来ないが、それでもつかの間の休憩時間である。
ブレイブは学園内にある食堂で昼食をとることにした。
「よっ! 試験お疲れ様ー」
そう言って背中を叩いてきたのは、同じく試験を受けているジャンだった。
「なんだ、ジャンか」
「なんだとはなんだ。それよか、おまえ、テストどうだったんだよ? 」
「……おまえはどうだったんだよ? 」
「俺は割といけたぜ! 数学とはちょちょいのちょいだよ。なぁ、最後のあれって、98だよな? 」
「え、あれ、32じゃないのか? 」
「ばっかおまえ。あんなのどう見ても32じゃないだろ! 」
「……数学は見た目で解いちゃいけないんだぞ」
「かっこいいこと言ってっけど、正解してから言えよなー」
最もな指摘にぐうの音もでずにいると、それを見たジャンは「ガハハ」と盛大に笑った後注文したミートパスタをかきこんだ。
「あ、そうだ。今回の試験の審査員には、ネイラ先生も参加するんだろ? 」
ジャンの言葉に、ピタリとフォークを持つ手が止まった。
そういえば、審査員席にいたような気がするような、しないような。
「なぁ、あの先生って、嫌いな生徒は不合格にしたり、しないよな? 」
ネイラから自分はどう思われているのかは分からないが、それでも良い印象でないことは確かだ。
心配になってそう聞くと、ジャンは一瞬キョトンとした顔をした後、再び盛大に吹き出した。
「いくら何でも、ネイラ先生はそこまで悪じゃあないだろ! なにおまえ、ネイラ先生と何かあったの? 」
「いや、何もねぇよ……」
「嘘吐くなよー! だって、噂になってるぞ? ブレイブ様が試験の一週間前に指導に来てくれた時に、おまえネイラ先生と何か言い合った後一人でどっか行って、そのままランニング以外練習に参加しなかったし! 」
あのやりとりを見ていた人がいたらしい。
そこから噂が広まっていったのだろう。
「別に、何もねぇって……」
苦々しい顔でそう言うと、ジャンはこれ以上詮索しないとばかりに食べ終わった食器を持って席を立った。
「じゃ、お互い頑張ろうな」
それだけを、言い残して。
「おう」
そう返すと、ジャンはニッと笑った後食堂から出ていく。
セルフも二次試験に向かうべくご飯を急いでかきこむと、席を立って食堂を出た。
一次試験はギリギリで合格した。
ただのテストということもあって不合格になった者は少ないが、それでもいるにはいた。
「それでは、二次試験の内容を発表する! 二次試験では、乗馬レースを行う! 」
乗馬レース。その名の通り、馬に乗ってどちらが速く走れるかを競うものだ。
コースはこの養成所のグラウンド一周。
騎士とは、時に馬に乗って戦場に向かうもの。
馬との信頼関係も試されるこの試験は、セルフの得意分野だった。
セルフは動物が好きで、また動物から好かれることも多かった。
だから馬との信頼関係も抜群だ。
養成所で育てられているセルフの相棒、ドギーを連れてきて、毛並みを撫でてやる。
「頼むぞ、ドギー」
ドギーは気持ちよさそうにセルフに擦り寄った後、さあ来いと言うように背を向ける。
それに乗ると、ドギーは「ヒヒーン」と一声鳴く。
今日は一段とやる気を見せている。
セルフは一試合目だ。
一応競走ということにはなっているが、この試験ではタイムが速かった者が順番に合格していくので負けたところで落ち込むのには早い。
誰よりも速いタイムを出せばいいだけだ。
「それでは、スタート! 」
「オラ、行くぞドギー! 」
合図と共に走り出したドギーは、風を切ってぐんぐんと進んでいく。
そうして、相手と半周以上の差をつけてセルフはゴールした。
二次試験を上位の成績で通過したセルフは、次は三次試験に挑むべく残り少なくなった試験生達と共に教官の話に耳を傾けていた。
「それではこれより、第三の試験に入る! 今から二つのチームに分かれて決闘を行ってもらう! 武器は木刀で行い、手から木刀が離れた場合失格となる! 相手チームを全滅させた方のチームに、最終試験に挑む権利を与える! 」
試験に挑んだ200人の生徒のうち、残っているのはわずか20人。
10人と10人に分かれて、自分のチームを勝利に導く。
大丈夫だ。あれだけ毎日剣を握ってきたんだ。
セルフなら、できるはずだ。
「セルフ」
「? なんだブレイブ」
試験前に軽く木刀を振っていると、ブレイブに声をかけられた。
「その、三次試験のことなんだが……。人の恨みを買わないようにしろよ」
「? なんだ、唐突に」
「いや……まぁ、うん」
歯切れ悪くそう言うと、ブレイブは去って行ってしまった。
何なんだと思っていると、三次試験が始まる。
「お、ジャンも同じチームか」
「おう! 勝つぞー」
ジャンが残っていたことに少し驚きながら、ブレイブは木刀を構える。
互いに見つめ合って数秒、「始めっ」の合図で一斉に走り出す。
セルフは、去年ブレイブと入団試験に挑んだ。
その時はブレイブと同じチームで勝つことは出来たのだが、セルフは全然活躍できなかった。
というのも、ブレイブが相手チームをたった一人で一掃したからだ。
あの時のブレイブの剣さばきといったら、誰もが目を見張って観戦していた。
あの時できなかった活躍を、今度はちゃんと見てもらいたい。
セルフだって、成長したのだ。
「確かあの時ブレイブは、相手の不意をついて、真正面から背後に回って……その後相手の右手を……」
去年、ブレイブが見せた戦法を思い出しながらセルフは前に進んでいく。
まずは真正面から突撃する。
相手の木刀を弾き飛ばすように木刀を下から上に……。
「セルフっ! 後ろ! 」
「え? 」
ガキンッ、と背後で木刀と木刀がぶつかり合う音がした。
振り返ると、セルフの後ろに迫っていた相手チームの一人の木刀を、ジャンが受け止めてくれたらしい。
「あ、ジャン……」
「セルフ! 前、前! 」
「え? あっ」
今度はガインッと音がして、気づいた頃にはセルフの木刀は空中を舞っていた。
「セルフ・ネメシア、アウト! 」
教官がそう告げると、セルフの目が絶望に似た驚きの色に変わっていく。
「なん、で……」
「セルフ! アウトだ! 後は俺たちに任せて、おまえは早くコースから出ろ! 」
「あ、ああ」
慌ててコースから出て、ぼんやりと残りの試合を観戦する。
ジャンが一生懸命戦う様子を、セルフはただ眺めているだけだった。
「勝者、Aチーム! 」
わっとAチームから歓声が上がる。
「やったなセルフ、俺たちの勝利だ! 」
ジャンがセルフの肩を掴んで喜んでいるが、セルフはまるで真逆だった。
勝って嬉しいはずなのに、何だか納得がいかないような、そんな気持ち。
おかしい。こんなはずじゃなかった。
セルフはただ、ブレイブと同じように活躍して、それで……。
「最終試験に挑む者は、グラウンドの中央に集合! 」
「はい! ほら、行くぞ、セルフ」
ジャンがセルフの腕を引っ張って教官の元へと急ぐ。
ジャンの様子が、誰かと重なって見えた。
逞しい背中は、憧れの人にそっくりで。
それは、セルフがなりたいものだった。
「セルフ? 」
「ああ。行くか……」
足が重い。
手が上手く動かない。
おかしい。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。
何かが、おかしかった。




