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翌日。
今日の訓練はブレイブが教官の代わりとしてネイラと務めることになった。
「入団試験まで残り一週間を切った! そのため、今日を含めて7日間は、サリファナ騎士団団長の俺、ブレイブ・ダリアがおまえらに稽古をつける! 入団試験に合格したい者は俺についてこい! 」
「はい! 」
生徒達が大きな声で返事をする。
ブレイブが教官ということもあってか、張り切っている生徒達が多い。
普段よりも声が大きいような感じがした。
「じゃあまずはランニングからだ! このグラウンドを軽く20周! 」
「20周!? 」
生徒達が口をあんぐりと開けてオウム返しのように「20周」と声を上げる。
今までの訓練では15周走ってきたこのだだっ広いグラウンドを、あと5周追加されたとなれば、当然驚きや不満の声はでる。
「なんだおまえら。やらないのか? 」
「……」
そういう言い方はずるい。
「やらないのか? 」と聞かれてしまえば、答えなんて一つしかない。
「や、やります! 」
大きな声で了解の返事をした生徒達。
それをブレイブは一度見渡した後、早速グラウンドを走るように命じた。
もちろん、途中で休憩したり、歩いたりしてはいけない。
「別に早く走れとか言うつもりはない。ただ、自分のペースでいいから、20周絶対なにがあっても走りきるんだ」
「は、はいぃ……」
いつもは気迫ある生徒の返事も、この時ばかりは弱々しいものに変わる。
15周を切ったところで、皆ヘトヘトになっていた。
だが、そんな中ずっと同じペースで走り続けている者が一人。
彼は皆とは2周差をつけて、最後の一周を走りきった。
「セルフ、早いな。一番だぞ」
ブレイブが走り終わったセルフの元に来てそう言った。
セルフはというと、さすがにキツかったのか肩で息をしながらその場にへたり込む。
「じゃあ、ランニングが終わった者から順に、剣の素振り300回! 」
「300回!? 」
更に投下された爆弾に、まだグラウンドを走っている生徒達が声にならない悲鳴を上げる。
さすがのセルフも、それには抗議の声を上げた。
「お、おいブレイブ……。ちょ、まって……。少し、休憩を……」
「休憩? ああ。もちろんしていいぞ」
「え……」
なんだ。さすがのブレイブでも、そこまで鬼ではなかったらしい。
そうだ。グラウンドを20周も走ったのだから、少しくらい休憩の時間が必要だ。
そのことをちゃんと考えている辺り、やはりブレイブは優し……
「素振りが終わって、腕立て伏せを2000回やった後にな」
前言撤回。鬼教官である。
「に、にせんんんん!? 」
目を丸くして驚愕の視線を向けていると、先程から訓練の様子を傍観していたネイラがこちらに歩み寄ってきた。
ネイラを目にした瞬間、セルフの眉間に皺が寄る。
「おや、セルフ君が一番とは、意外ですねぇ」
その台詞に、堪らずカチンときてしまう。
「意外って、どういう意味ですか? 」
若干棘を含む言い方をしてしまったが、セルフは渋い顔を全面に押し出してネイラにそう聞いた。
「いや、僕が思っているよりも、セルフ君は出来る子だったんだなぁと、関心していたのですよ」
「それは、俺のことを今まで出来ない子だと思っていたと、そういうことですか? 」
「誰もそうは言っていませんよ? ただ……ブレイブ君の真似ばかりしている君がどんなものか、想像出来なかったもので」
意味がわからない。
だが、遠回しにブレイブの真似をするセルフのことを馬鹿にしていることだけは伝わってくる。
そのことに対する苛立ちを隠そうともせず、セルフは敵対心を燃やしながらネイラに対する渋い顔を更に渋くさせた。
「まぁそう睨まないで、と言っても無駄なんでしょうね。君は僕のことが嫌いですから」
「ああその通りだよ。お察ししてくれて助かる」
「それはどうも。なら、はっきり言いましょう。セルフ君、君はブレイブ君の真似をすることしかできない人間です」
「あ? 」
「昔、君に剣の稽古をつけていた時、君はずっとブレイブ君と同じ戦い方、同じ剣術を使っていた。いえ、昔の話ではありませんね。今も、です」
昔。ただ、ブレイブになりたくて、ずっと追いかけていた。
『ブレイブ様は今にきっと、素晴らしい騎士になるわ! 』
『ブレイブ様が騎士になってくれさえすれば、この国は安泰だ』
そう周りから誉め称えられているブレイブに憧れて。
『先生! もう一回、お願いします! 』
『はい、いいですよ』
強いネイラ先生相手に何度も立ち向かっているブレイブのように、自分も強くなりたいと思った。
『俺にも、剣を教えてください! 』
だから、自分も剣を始めた。
ブレイブが、やっていたから。
『はい。いいですよ』
ニッコリ微笑んでそう言ってくれたネイラと、その日から稽古の日々が始まった。
『隙がありすぎですよ。もっと動きを素早くしないと、その戦法は使えません。ブレイブ君の真似をしているようですが、ブレイブ君は動きが素早いからその戦法が使えるんです。今の君には、まだ無理です』
ネイラ先生に勝ちたい。
そういえば、つい最近ブレイブはネイラに勝ったらしい。
どうやって勝ったのだろうか?
そうだ。ブレイブが、勝った時の話を自慢気にしていて、確か……
『その戦法、またブレイブ君の真似ですか? 君にはこれは無理です。諦めなさい。これは、ブレイブ君にしかできないことなのですから』
セルフも早く、ネイラに勝ちたい。
勝って、ブレイブに追いつきたい。
今日ブレイブがやっていた剣術は確か……
『止めなさい、セルフ君』
『え? どうしてですか? ネイラ先生……』
『君は、この前騎士団に入りたいと言っていたね? 』
『はい』
『それは、何でかな? 』
『ブレイブが、騎士団に入るって言ったから』
『……そうですか。セルフ君』
『? なんですか? 』
「君は、ブレイブ君にはなれないよ」
あの日と同じ言葉を、ネイラは言った。
その言葉が引き金となり、セルフの中で何かが切れた。
「セルフ? 」
「ブレイブ、悪いが俺は自主練をさせてもらう」
「は? 何を……」
「大丈夫だ。サボったりはしない。素振りも腕立て伏せも、ちゃんとやる……やるから、今は、一人に
させてくれ」
今一人にならないと、ネイラを殴ってしまいそうだった。
何とか踏みとどまった自分を褒めてやりたいくらいだ。
「わかった。じゃあ、頑張れよ」
「ああ」
ブレイブに見送られながら、セルフは剣を持って歩き出す。
そしてブレイブとネイラから完全に見えなくなったところで、全速力で走り出した。
セルフは、ブレイブになりたかった。
完璧で、才能溢れるブレイブを、羨ましいと思っていた。
自分もいつかブレイブのようになりたいと、それだけを念頭においていたのに。
追いかければ追いかける程、ブレイブはどんどん遠くに行ってしまう。
そのことが、セルフはとても悔しかった。
ブレイブに、ではない。
ブレイブに追いつけない自分に、だ。
向かったのは、いつもの場所。
養成所の入口の裏側にある、秘密の場所。
だが、そこには既に先客がいた。
「……んで、ここにいんだよ。ヤナギ」
名を呼ぶと、草の上に座っていたヤナギがパッとこちらを向いた。
無垢な瞳で真っ直ぐ見つめられ、何だか気恥ずかしくなってしまい慌てたように目を逸らすと、ヤナギもまた視線を草の中に戻した。
「ブレイブ様を、待っているところです」
「ん? ああ、そうかよ……」
先程の、何故ここにいるのかという質問に答えてくれたようだ。
「ブレイブを待つって、まだ訓練が始まってちょっとしか経ってないぞ? 今から待ってたら何時間も待つことになるんじゃないか? 」
「大丈夫です。今日は、特に職務もありませんので」
「職務? 」
「はい」
「ふーん……」
特に興味もないのでそのまま流すと、ヤナギは目で蝶々を追っていた。
黄色の羽根を持った小さな蝶は、雑草の中に埋もれている小さい花に止まる。
蜜でも吸っているのか、動こうとはしなかった。
「セルフ様は、訓練はどうされたのですか? 」
痛いところを突かれてしまい、セルフはバツが悪いと言わんばかりに思いっきりヤナギから顔を背けた。
「……サボりじゃねーからな」
「はい」
ブレイブには訓練をしておくと言っていたので、セルフは持っていた剣を構え直す。
そして、ヤナギから少し距離をとった場所で素振りを始めた。
「一、二、三……」
300回数えなければいけないため慎重に数を数えながら振る。
「30、31……んだよ」
そこで、一旦素振りを止め、先程からずっとこちはを見ているヤナギに視線を移した。
「あ、すみません。見ているのはいけなかったでしょうか……? 」
「いや、いけないわけじゃないけど……いいよ、見てて」
「ありがとうございます」
そのまま、じっと見られながら再び素振りを再開する。
「57、58、59、60……あ! 」
60回振ったところで、勢いがありすぎたのか剣先が地面を突き刺した。
草が切れて、剣が土に刺さる。
「あーあ……」
ここは日当たりが悪いおかげで、土は若干湿ったものが多い。
剣に付いた土を手で払い除け、自身の服で軽く擦る。
「大切な、物なのですね」
「ん? ああ。まあな……てか、剣を磨くなんて、騎士になる者としては当たり前のことだと思うけど……」
「剣を磨いている時のセルフ様は、とても真剣な、それでいて、とても楽しそうな顔をしています」
「え……」
そんな顔をしていただろうかと、セルフは自分の顔をペタペタと触って確認する。
剣が大切なのは本当だが、まさか顔に出ているとは。
「剣は、相棒みたいなものだからな」
「相棒……ですか? 」
「ああ。剣を振るのは、好きだから。嫌なこと全部忘れて振ってっと、すげー気持ちいいんだよ」
ピカピカになったそれを見て、頬が自然と緩む。
子供の頃から、そうだった。
ブレイブに剣の楽しさを教えてもらってから、セルフもすっかり剣の虜になっていた。
ブレイブはいつだって、セルフに知らない世界を教えてくれる。
騎士団だってそうだ。
ブレイブが騎士団に入ると言った日から、セルフも騎士団についていろいろと調べたことがあった。
主に本で培った知識だが、本に載っている騎士たちは、どれも勇ましくて、かっこよかった。
そしてその勇敢さは、どこかブレイブに似ていたりもした。
セルフも、こんなふうになりたいと憧れた。
「俺は、騎士になるんだ。騎士になって、絶対ブレイブに追いつく! 」
「ブレイブ様にですか? 」
「ああ。皆からは無理って言われてるけど、俺は諦めない。絶対俺は、ブレイブみたいになるんだ! 」
力強くそう口にする。
口に出したことで、よりやる気が出てきた。
「なれるといいですね」
ヤナギの放った一言に、セルフは驚いてヤナギを見た。
「おまえは、俺がブレイブみたいになれるって、思うのか……? 」
皆、ネイラみたいに、なれないと、決めつけたりしないのか?
ヤナギは少し考えこんだ後、口を開いた。
「……なれるかどうかは、セルフ様が決めることです。私は、セルフ様がなれると仰るとなら、なれると思っています」
その言葉に、セルフは目を大きく見開いた。
なれるかどうかを決めるのは自分。その言葉に、胸が大きく高鳴った。
「……ありがとな」
「? 申し訳ありません。よく聞こえませんでしたので、もう一度……」
「な、何でもねーよ! 」
ポツリと呟いた感謝の言葉に照れくさくなり、知らないフリをしてまた剣を振った。




