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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第四章 セルフ・ネメシア
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稽古が終わった後、各々が自身の寮へと戻る中、セルフは一人で皆とは逆方向へと歩き出していた。

やってきたのは、養成所の入口の裏側、普段誰も通らない雑草が生い茂った場所だった。

そこで一人、剣を振る。

ここはセルフの秘密の場所のようなものだ。

セルフしかいない、秘密の特訓場。

練習が終わるとすぐにここへ来て、セルフはいつも特訓していた。

「オラッ! 」

無造作に剣を振りながら、今日ネイラ先生に言われたことを思い出す。

『君は、ブレイブ君にはなれないよ』

うるさい。

苛立って、剣を振る。

なれないなんて、誰が決めた。

ブレイブの剣さばきは完璧だ。

完璧だが、真似出来ない訳では無い。

ブレイブの戦法を真似ることだって、剣の振り方を同じにすることだって、出来ないなんてことはないはずだ。

「俺は、ブレイブみたいになるんだ……! 」

ブレイブのように、騎士団に入って、ブレイブのように、戦って。

ブレイブのようになることが、セルフの目的で。

「なれないなんて、誰が決めた……! 」

なれないんだとしても、ネイラにあんなことを言われる筋合いはない。

「クソっ! 」

堪らず悪態を吐いてしまう。

すると、後ろからサク、と草を踏みしめる音が聞こえた。

「誰だっ! 」

普段、ここには誰も来ない。

雑草が生い茂っていて、日当たりも悪いため、こんな場所にわざわざ来ようと思う人なんていないのに。

後ろを振り向くと、そこには知らない少女がこちらをじっと見つめていた。

長い黒髪に、赤いリボンを二つ付けた、キリッとした目付きが特徴的な少女。

ドレスを着ているところを見るに、貴族だということが伺える。

そして貴族だと分かった瞬間、セルフは一瞬で不機嫌になった。

「誰だ、おまえ」

敬語も使わずそう言うと、少女はぺこりと一礼する。

「ヤナギ・ハランと申します」

「ふーん……。で、何か用か? 」

いかにも不機嫌、という体でそう言うと、ヤナギと名乗った少女は少し顔を強ばらせた。

「私は、ブレイブ様をお迎えに参りました」

「ブレイブ? こっちには来てないぞ」

「いえ。ブレイブ様は明日、こちらの養成所で剣の授業をするとのことで、本日その打ち合わせにこの養成所に出向いておられます」

ということは、今ブレイブは養成所にいるということだ。

こんなところで特訓をせずにさっさと養成所に入っておけば、寮に行く途中で会えたかもしれない。

「じゃあ、何で見てたんだよ? 」

「見てた? 」

「俺が特訓してるの、黙って見てたろ。ここは養成所の入口とは反対方向なんだよ。ブレイブを迎えに来たんだったら、何でわざわざこんなとこ通るんだよ」

「それは、養成所に入ろうとした時、声が聞こえてきたので、誰かいるのかと……」

「あ? 声? 」

「オラッ、と」

それはセルフが先程剣を振ったと同時に放った言葉だ。

そんなに大きな声だったのか。

「あの……」

「……んだよ」

遠慮がちに切り出したヤナギに苛立ちながらセルフが言うと、ヤナギは更にビクッと怯えた。

「怒って、いらっしゃるのでしょうか? 」

先程から思っていたことだが、ヤナギという少女はずっと無表情だ。

眉ひとつ動かさず、淡々と言葉を述べているだけ。

だが、不機嫌な様子を見せたら顔を強ばらせたり、苛立った声を上げると少しだが怯える様子を見せたり。もしかしたら、怒りには敏感なのかもしれない。

そんな少女を、これ以上怯えさせる趣味もセルフにはないので少しだが目元を和らげた。

「その、すまん。態度が悪かったのは、謝る。別に、怒ってないから……」

視線を逸らして言うと、ヤナギがほっとしているのが分かった。

「でも、何でブレイブを迎えに行くんだよ? 」

「ブレイブ様は三日程前まで、熱を出して寝込んでおられましたので。治ってもまだ暫くは訓練をしてはいけないと、アイビー様からお目付け役を頼まれました」

アイビーか。

剣のことしか興味のないセルフでも、さすがにアイビーのことは知っていた。

ま、知っているとはいっても、このサリファナ王国の王子、ということくらいだが。

「それでは、私はこれで失礼いたします」

「あ、待て! 」

そう言って立ち去ろうとした彼女を、セルフは呼び止めた。

「何でしょうか? 」

「俺も行くから」

「特訓は、宜しいのですか? 」

「別に。ブレイブとこに行くんだろ? なら、俺も行く」

「わかりました」

そうして、二人で歩き出す。

そういえばヤナギという名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、今朝ブレイブが話していた少女だったことを思い出した。

そして、水に落ちたブレイブを助けた少女だということも、同時に思い出す。

「おまえ、ブレイブを助けたんだってな……」

養成所の入口に入ったところで、セルフはそう切り出した。

「水に落ちた件でしたら、助けました」

「そうだよ。その件だよ。ありがとな、ほんとに」

ぶっきらぼうにそう告げると、ヤナギは不思議そうな顔をした。

「何故、そのことであなたがお礼を言うのですか? 」

「何でって……。ブレイブは一応、俺の幼馴染だし。俺はあの時、助けに行けなかったから」

言いながら、唇を軽く噛む。

あの時助けに行けなかった自分を、酷く後悔していたから。

ヤナギは何も言わずに、前を向いて歩いていた。

その後を追うように、セルフもついて行く。

「てか、おまえこの養成所の構造わかってるのかよ? さっきから、どんどん前に進んでるけど」

「ブレイブ様は、客室にいると伺っています。客室は入口からすぐの左の廊下を真っ直ぐ進んだところにある、と」

「いやでも、ここは部屋がいっぱいあるし、そこから客室を見つけ出すなんて……」

「ヤナギ様。ようやく来たのですか」

すると、聞きなれた声が聞こえたためそちらを振り返ると、案の定こちらに軽く手を振って駆けてくるブレイブの姿があった。

「ブレイブ様。遅くなってしまい、申し訳ございません」

「まぁ、少し心配はしたが……来れたみたいでよかった。ったく、アイビーの奴も心配性だよなぁ。俺が練習しないのを見張るなんて。おかげで素振りもできないし。ん? ヤナギ様、どうしてセルフがここにおられるのですか? 」

ブレイブがセルフを見て頭に? マークを浮かべた。

「セルフ……というのは、あなた様の名前でいらっしゃいますか? 」

そういえば相手に名乗らせておいてこちらはまだ名乗っていなかった。

「ああ。俺はセルフ・ネメシアだ。名乗らなくて、悪かったな」

「そうですか。セルフ様とは、先程お会いしました。ブレイブ様のところに行くと申しましたら、セルフ様も行くと仰ったので、一緒に来ました」

「そうですか。セルフ、俺に何か用でもあるのか? 」

「え? いや、用はないけど……」

セルフは、ブレイブとヤナギを交互に見た。

「どうした? そんなにヤナギ様と俺を交互に見て」

「何で、ヤナギ様って言うんだ? 」

「え? 」

さっきから違和感が凄い。

ブレイブがヤナギのことを様付けで呼んでいる事が、意味が分からなかった。

「え? って……。ブレイブ、おまえ、騎士だけど一応貴族でもあるよな? 」

ブレイブとセルフは一応伯爵という貴族に分類されている。

「何でって……ヤナギ様は公爵令嬢だぞ? 」

「こ、公爵!? 」

公爵。それは、爵位の中では最も高い身分だ。

驚いていると、ブレイブは更に言葉を連ねた。

「それに、俺は一応騎士だから。誰にでも敬意を払うようにしているんだ」

「へぇ」

ブレイブの言葉に関心する。

「? ですが、ブレイブ様はアルストロ様には普通に話しておられました」

「なっ!? ヤナギ様、どこでメリアと話しているところを……」

「昨日、中庭で。あの時は、敬語は使っていなかったように見受けられましたが……」

「そ、それはあれです。メリア相手だと、肩の力が抜けきる、といいますか……。なんか、妹みたいなんです」

「妹、ですか」

二人の会話を、セルフはポカンと口を開けて眺めていた。

メリア? 誰かは知らないが、明らかに女の名前だ。

ブレイブはそんなに女の知り合いがいたのか?

「それじゃあ、帰りますか。ヤナギ様」

「はい。それではセルフ様、さようなら」

「お、おう。ヤナギも、気をつけて帰れよ」

慌てて手を振って見送ろうとすると、歩き出そうとしていたブレイブの足がピタッと止まった。

ブレイブは、そのままゆっくりとセルフの方を振り向き、何とも言えない、けどどこか不満そうな顔で口を開く。

「セルフ。……おまえは、ヤナギ様のことを、ヤナギ、と呼んでいるのか? 」

急な問いに若干反応が遅れるも、セルフは「あ、はい」と頷いた。

正直、セルフは貴族が苦手だ。

貴族なんて、皆自分が一番だという考えしか持っていない。

我儘で横暴で、何かあればすぐに怒り出す。

それは昔、セルフが親に無理矢理連れて行かされたお茶会やパーティーなどで複数の女性がセルフと話した時に見られた態度だった。

甘ったるい声でこちらに擦り寄ってくるその様子を、鬱陶しく思いながら軽くあしらっていたため、貴族には敬語を使う、なんて考えはどこかへ行ってしまった。

そもそも敬語自体使うことに苦手意識を持っているセルフには、あんな奴ら相手に敬語を使う気にはならなかったのだ。

別に、全ての貴族があんな性格ではないことは分かっているが、セルフは貴族に、特に女性に対してはあまり関わりたくないと思ってしまっていた。

「? おい、ブレイブ……」

「ヤナギ様、俺もヤナギ、と呼んでもよろしいでしょうか? 」

「かまいません」

「は? え、ちょ……」

唐突なブレイブの申し出に、セルフは若干混乱する。

というかヤナギも、即了承していたがいいのか。

「何だセルフ。何か不満でもあるのか? 」

「いや、不満は無いけど。でもブレイブ、さっき誰に対しても敬意を払うって……」

「じゃあ帰るか、ヤナギ」

「いや敬語は!? 」

一体どうしたというのだろう。

セルフは、そのまま帰っていくブレイブとヤナギの背中を目で追いかけながら目を白黒させる。

「ほんと、どうしたんだよ……」

呟きは、誰の耳にも届くことはなく消えていった。

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