8
「先生っ! 稽古をつけてください! 」
初めて剣に触ったのは、7歳の頃。
貴族だが騎士でもあった父に憧れて、自分も騎士になろうと思った。
「甘い! 後ろががら空きですよ! 」
「っ……! はい! 」
カンカンと、ブレイブの木刀を払い除ける先生に、ブレイブはなかなか勝つことができなかった。
「また負けた……クソッ! 」
「貴族がそんな汚い言葉を使ってはいけませんよ?
ブレイブくん」
「すみません……。先生、どうしたら俺、強くなれますか? 」
ブレイブが先生にそう聞くと、先生は悩むような仕草を見せた後、にっこり笑ってこう言った。
「君は、もう十分強いですよ。そして、これからもっともっと強くなる」
「今の俺、強いんですか? 」
ブレイブが聞くと、先生は深く頷いてくれた。
それから、ブレイブは必死に剣の練習をした。
先生と勝負をしては、負けてきた。
だが、この日は違った。
「やった! 俺、勝ったんだ! 」
9歳の時、ブレイブは初めて先生に勝った。
あの時の喜びは、今でもずっと覚えている。
初めて勝ったブレイブに、先生は悔しそうにしながら「飲み込みが早すぎるんですよ、君は……。まさか負けるとは……」と言っていたのも覚えている。
ずっと努力してきた、ブレイブの成果だった。
そして、ブレイブが養成所に入った時のこと。
「こいつがここで一番強い、ジャック・スノーだ。もし良ければ、一度勝負してみるといい」
教師が指さした先にいたジャックは、周りの柄の悪そうな男達と共に何やら談笑している様子だった。
勝負してみるといい。そう言われたけれど、ジャックはブレイブなんて視界に入れず、ブレイブよりも弱い人に剣を振りかざしては馬鹿にしていた。
「この俺様に勝てると思うなよ? 」
誰にも負けたことのないジャックは、そう言っては周りを見下していた。
それから一年後、騎士になるための入団試験が始まった。
最年少だから受かるはずがないと思われていたブレイブだったが、訓練に訓練を重ねて一次、二次と試験を突破していった。
「それではこれより、第三の試験に入る! 今から二つのチームに分かれて決闘を行ってもらう! 武器は木刀で行い、手から木刀が離れた場合失格となる! 相手チームを全滅させた方のチームに、最終試験に挑む権利を与える! 」
チーム分けはくじ引きらしく、ジャックとブレイブは別のチームになった。
三次試験に残ったのはわずか30人。
最初入団試験を受けた人数が約200人だったことを考えると、170人落ちたことになる。
その中で残った30人ということもあって、知っている顔ぶれがほとんどだった。
皆、強いことで定評がある人達ばかり。
15対15で分かれて、勝負を行う。
入団試験を観戦しに来ている騎士団の方々や、隣のヒーストリア学園に通う貴族達の視線が集まるなか、審判である教師が試合開始の旗を振った。
その瞬間、ブレイブは相手チームの10人の木刀を一気に宙に飛ばした。
木刀が手から離れた相手がぽかんと口を開けてブレイブを見る。
その後も、ブレイブは4人の木刀を奪っていった。
残るは後一人、ジャックだ。
ジャックが養成所で最も強いと評判があるのはよく知っている。
一番最初にジャックを相手にすると失敗してブレイブが相手チームから叩きのめされる可能性があったため、先に周りを勝負から引きずり下ろしてジャックを最後に残しておいたのだ。
「っ……! 」
走り出したブレイブに、ジャックが後退りを見せるも、ブレイブは容赦なくジャックの木刀をも奪った。
手から離れた木刀は、カラカラと地面に転がっていった。
それを見せられてしまっては、ブレイブがこの試験で合格するのなんて必然で。
最終試験も見事突破し、ブレイブは入団試験に養成所に入ってから僅か一年で合格した。
まだ15歳という若さで。
「すごいじゃねーかブレイブ! 」
「よくやったなぁ、おめでとう! 」
周りから祝福の言葉が寄せられるなか、それとは相反する言葉と態度で、ジャックはブレイブを睨みつけた。
「ふざ……けるな! この俺が、この俺様が、後から入ってきたおまえに、負けていいはずがない……! ……んで、おまえが、おまえなんかが……! 覚えてろよ! 絶対に、おまえを……! 」
恨みを買うことは多かった。
騎士団に入ってからも、最年少で入ってきたブレイブを、最初は皆、認めてくれなかった。
だが、昔から剣術が得意でずっと練習してきたブレイブの実力を見せれば、皆ブレイブを見直してくれた。
そうしているうちに、団長にまで上り詰めた。
これも全て、ブレイブの努力の結果。
365日練習をしてきた、誰よりも努力してきた結果なのだ。
だが、そんなブレイブの努力を認めない者もいる。
完璧だから、天才だからと、そんな言葉で片付けてしまう者もいる。
そんなブレイブを、嫌いだという声もよく耳にした。
こんなに、頑張っているというのに。
冷たくて、気持ちがいい。
青色に染まった世界で、ブレイブは一人ゆらゆらと漂っていた。
まだ五月なので少し寒いのが普通だが、今のブレイブには心地よく感じた。
水中で、ブレイブは上に上がることもできない。
勝負は、どうなっただろうか。
ブレイブが水に落ちてしまったせいで、 負けてしまっただろうか。
コウ、ソルア、ダーラムには、謝らなくてはいけない。
自分の私情で巻き込んでしまったことを、詫びなければいけない。
ペトスは、どうなっただろうか。
血にまみれたペトスの姿が脳を掠める。
もっと早く、ブレイブがちゃんとペトスを頼っていれば、あんなことにはならなかった。
あの時、人を頼ることをしていれば。
誰も認めてくれないこの世界で、誰にも頼らずに一人で強くなってきた。
頼ってはいけない。人に頼らないことが強いと、そう思っていた。
だが、そう思い続けた結果がこれだ。
結局誰も助けることができず、一人水に落ちたのだ。
何と無様なのだろう。
後悔しても、もう遅い。
息が苦しくなってきた。
そろそろ限界がくる。
必死に手を伸ばすも、目の前の泡を掴むだけ。
誰か、誰か――
「たす……け」
ドボンッと。
誰かが落ちた音がした。
黒い髪に、赤いリボン。
少女が、ブレイブの伸ばした手を掴んだ。
「ガハッ! 」
水中から勢いよく顔を上げると、周りから驚きの声が上がった。
「ブレイブ様だ! 」
「おい、ブレイブ様が上がってきたぞー! 」
歓声に包まれる中、ブレイブを引き上げた少女、ヤナギがおでこをこつんと当ててくる。
「ブレイブ様、熱があります」
水中から上がったばかりで身体も冷えきっているはずなのに、よく分かったなと思ったがここで認めるわけにはいかない。
「いや、ない」
「いいえ。熱があります。少しですが、熱いです」
だが、熱があったところで、勝負から引く訳にはいかない。
このまま、負けるわけにはいかないのだ。
「わかった。熱があるのは認める。じゃあもし、俺がこのまま勝負を続けたいと言ったら、ヤナギ様はどうしますか? 」
「ブレイブ様がお望みであれば、私は引き止めません」
その返答に驚いたが、ヤナギは引き止めないと、ブレイブの意志を尊重してくれると言った。
なら、ブレイブの答えは一つだ。
「ありがとうございます。ヤナギ様」
「いえ。行ってらっしゃいませ、ブレイブ様」
「はい。勝ってきます」
ヤナギに見送られながら、ブレイブは囲いから身体を上げ、ヤナギも引き上げる。
ヤナギが闘技場から出たところで、ブレイブは怒り狂った形相のジャックと対面した。
「ブレイブ……貴様っ! よくも! 何故戻ってきた!? 」
「その様子じゃあ、勝負はまだ続いているようだな。なんだ? 水に落ちた俺が戦闘不能になったかどうか、審判側が判断している、といったところか? ま、俺は強いからなぁ。水から這い上がってくる可能性も見越した上での判断、ということだな。なぁ審判! 俺はまだ勝負ができる! なら、まだ負けてはないよなぁ!? 」
審判にそう声をかけると、審判は狼狽えた様子で言った。
「も、申し訳ありませんがブレイブ様。今しがた一人の令嬢が水の中に飛び込んでいきまして……。自国からの横槍は不正と見なされるため、生憎ですがこの勝負は……」
「一つ聞くが、何でおまえらは水に落ちた俺を助けようとしなかったんだ? もし俺が強いから水に落ちても平気だろうと考えていたのならそれは違うぞ? 俺だって人間だ。出来ないことくらいある。それをヤナギ様が助けてくれたんだ。何もしないおまえらの代わりにな。それを、おまえたちは不正だと、そういうのか? 」
「う……」
「どうなんだ? なぁ? 」
「す、すみませんでしたブレイブ様! えーと、勝負は続行ということで、宜しいですかな? 」
「ああ。それで構わな……」
「ちょっと待て! 」
言い終わる前に口を開いたジャックは、唇を戦慄かせていた。
「ブ、ブレイブは一度、闘技場から出たんだぞ!? 戦闘場の外に、水の中に落ちたではないか!? 」
「落ちたんじゃない、落としたんだろ、おまえが」
「そ、そうだ! 落としたが、おまえは失格になるはずだ! 俺は、何も不正をしていない! 」
「だが、闘技場の外に出たら、試合終了とする、そんなルールはなかったぞ? 」
「……だがまぁいい! それなら、今度こそ、おまえを潰せばいいだけのこと! 」
ジャックがブレイブに剣を振り下ろす。
不意打ちだったため反応が遅れるが、ブレイブはそれを剣で受け止め、ジャックの剣を弾いた。
ジャックの手から、剣が抜ける。
カラカラと、剣は地面を転がっていった。
まるで、あの日の、入団試験の時のように。
それを目にしたジャックの瞳が、真っ赤に燃え上がった。
「貴様っ……! 」
拾おうと伸ばした手に、ブレイブが一撃を加えた。
「っ! 」
右手を抑えてその場に転がるジャックの前で、ブレイブはジャックの剣を拾った。
「おい、それを返せ! 」
「返せ、と言われて返すわけがないだろう。ジャック、おまえは弱い。俺よりも弱い。全然弱い。激弱だ。雑魚だ。相手にならん」
「黙れぇ! 弱い弱い言ってんじゃねぇ! 俺は強い! 今まで天才と言われてきたおまえを負かす! 勝って、俺こそが真の天才となるんだ! 俺は強いんだ! 誰にも負けたことがないからなぁ! 」
「誰にも負けたことがない? なら、おまえは本当に弱いな」
「……んだとぉ!? 」
「ジャック。人は、負けないと強くなれないんだよ。一回敗北した気持ちを味わわないと、強いとは言えないんだ」
「っ……! 何を、言って……」
「俺には昔、ずっと勝てなかった相手がいた。俺はその人に勝つために、剣の練習を頑張るようになったんだ。そのおかげで、今の俺がいる。……そうだ。ずっと強いと思っていたあの人に勝つことができたから、俺は自分に自信を持てるようになったんだ! 」
「何を訳のわからないことを……! 」
「わからないか? ジャック、おまえも自身の弱さを認めろ」
「……入団試験のことを、負けたと認めろというのか!? 残念だが俺は認めない! 絶対に! 」
「そうか。残念だな」
ブレイブは手に持っていたジャックの剣を落とした。
そして、力を込めて、自身の剣で、それを真っ二つにした。
ジャックの剣がガキンッ、と音を立てて割れた。
「ああ! 」
慌てて粉々になった剣の破片を手ですくうジャックを、ブレイブは冷たい瞳で見下ろす。
「これで、おまえは戦闘不能だ。おまえは、また俺に負けたんだ」
「し、勝者、サリファナ王国騎士団! 」
ギリ、と歯を食いしばるジャックの横で、審判が勝敗を決す。
「か、勝ったのか!? 」
「やった! シャトリック王国に勝ったぞー! 」
団員たちが歓声を上げる。
ブレイブはペトスとコウ、ソルア、ダーラムの元に駆け寄り救護班を呼んだ。
「ブレイブ様、こちらの方もですか? 」
救護班が言って運んできたのは、額から血を流したユリスだった。
「ユリス!? なぜ……」
「ブレイブ様が水に落ちた時に、飛び込もうとしたところをジャック様が……そのまま意識を失ってしまったらしく……」
ユリスにまで、迷惑をかけてしまったらしい。
「ああ。宜しく頼む」
謝らなければならない相手が増えたことに、ブレイブはまた、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ブレイブ! お疲れ様! 」
「ブレイブ様! おめでとうございます! 」
そう声をかけてきたのはアイビーとメリアだった。
観覧席から急いで走ってきたのか、メリアは若干息が上がっている。
「ブレイブ様、おめでとうございます」
「ヤナギ様……」
ヤナギも、ブレイブの元に来てくれた。
彼女の顔を見たら、何だか安心してしまった。
「そうか、勝った……のか」
「ああ。水に落ちた時はどうなるかと心配したが……って、ブレイブ!? 」
アイビーがブレイブの名を呼ぶが、それを聞く前にブレイブの意識は途切れてしまった。
「……ここは? 」
「医務室です」
パチリと目を覚まし、どこかを確認する前にヤナギの声が頭上から聞こえた。
医務室で眠っていたのであろうブレイブは、身体を起き上がらせようとするも怠くて動いてくれなかった。
「熱を測ったところ、38.3度ありました。寮へ
連れて行ってもよかったのですが、医務室の方が近かったので。今日はこのまま寝とけと、アイビー様が仰っていました」
「……そうか。ここには、俺とヤナギ様しかいないのですか? 」
「はい。アイビー様は勝負の報告をしに、アルストロさんは、先程までここにいたのですが、薬を貰いに行きました」
「そうですか……」
頭の上に置かれた氷の入った袋を触ると、もう大分溶けてきていた。
「勝負には、勝ったんですよね……? 」
「はい。ブレイブ様がジャック様の剣を折ったことで、サリファナ王国の勝利となりました」
「コウとソルアと、ダーラム、ペトス、ユリス……怪我をした人は、どうなった? 」
「皆さん、救護班の方に連れられて手当てを受けています。皆さんご無事だとのことです」
「そうか、よかった……」
そのことを聞いて一先ず安心する。
時計の針の音を聞きながら、ブレイブはじっと天井を見つめた。
「ずっと、腹が立っていたんです……」
ぽつり。
熱のせいか、弱っていたブレイブは、傍にいてくれるヤナギに本音を漏らす。
「俺のことを、天才だと、完璧だと言って、妬む奴らがいて。俺は、努力してるのに……。それを、見てくれない奴がいて……。それにすごく腹が立って……。努力もしてないやつが言うなって、そう思って…」
こんなの愚痴だ。
自分が頑張っているとアピールしたいだけの、ただの痛い奴だ。
分かってるのに、ヤナギは何も言わず、話を聞いてくれていた。
「どうしてあの時、来てくれたんですか……? 」
そこでブレイブは、ずっと気になっていたことを聞いた。
「あの時? 」
「ほら、水に落ちた時、助けてくれただろう? あの時、何故すぐに来てくれたんですか? 」
わからない。
何故、自分を助けようと、わざわざヤナギも水に落ちたのか。
「約束したからです」
約束。
『じゃあ、今度俺が何か困っていたら、ヤナギ様が助けてくださいね? 』
そうだ。あの時、ブレイブは確かにそう言った。
「あの時のブレイブ様は、危険な状態だったと判断しました。助けてと、声が聞こえました」
「声? 」
「はい。実際に聞こえたわけではありませんが……。なんと言うか、ブレイブ様がそう、仰っている気がしましたので……」
誰かを頼ったことなんてなかったのに。
「私は、ブレイブ様が努力していることを、知っています。稽古場に来た時に、剣の稽古をつけていらっしゃっていました」
ヤナギが、道に迷って稽古場に訪れた時のことだ。
「人に何かを教える時は、まず自分ができなければなりません。ブレイブ様は、しっかりユリス様に稽古をつけていらっしゃいました。ブレイブ様は、頑張っています」
そうか。見てくれている人も、いるのか。
ヤナギだけじゃない。
ペトスも、頼ってほしいと言っていた。
ユリスもコウもソルアもダーラムも、ブレイブを慕ってくれていた。
周りには、こんなにもブレイブのことを想ってくれる人がいた。
ブレイブが支えていたんじゃない。
ブレイブが、皆に支えられていたのだ。
ヤナギは、ブレイブの手と自身の手を重ねた。
「私は、ブレイブ様をお助けします」
その言葉が、心に染み込んでいくのを感じながら、
「ありがとうございます、ヤナギ様」
精一杯の感謝の気持ちを、口にした。
後で、怪我を負わせてしまった皆にも、感謝の言葉を口にしなければいけない。
戦ってくれてありがとう、と。
「人に頼ることも、強さの一つ、か」
ヤナギの方を向いて、手を握り返しす。
「また、俺を、助けてくれるか? 」
言い慣れない言葉だったため緊張しながらそう言うと、ヤナギはこくりと頷いてくれた。
「はい。助けます」
また一つ、強くなったのを感じた。




