表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第三章 勇敢な君を
21/415

7

「頑張りましょうね、ブレイブ様! ……ブレイブ様? 」

「……ん? 何か言ったか? ユリス」

「もぉー。試合前だからって、緊張してるんですか? 頑張りましょうね、って言ったんです! 」

「あ、ああ。そうだな。勝つぞ、絶対」

「はい! 」

ユリスがわくわくしたように前を向く。

ブレイブも、剣を構えて相手をまっすぐ見すえた。

試合の合図と同時に、一斉に走り出す両国の騎士達。

どちらかの国の団長が戦闘不能となった瞬間、試合終了となる。

互いの団員達は自分の団長を守ろうと相手の団員達と必死に戦っている。

時折隙を見てブレイブに攻撃を仕掛けてくる輩がいたが、そいつらはユリスが相手をしてくれた。

そうしていると、自然とブレイブの相手はジャックとなってくる。

互いに、見つめあったまま動こうとしない。

10秒程経過したところで、先に動きを見せたのはジャックだった。

猛スピードで走ってきて、真正面から剣を振り下ろす。

あまりの勢いに剣と剣がガキンッと音を立てた。

ブレイブが剣で守れなければ、普通に死んでいてもおかしくないその攻撃に、不満が募る。

「おい、これは勝負だ。殺し合いじゃないんだぞ」

「わかっているさ。殺さなければ、いいのだろう? 」

ジャックはそう言って、再びブレイブに剣を向けてくる。

今度は足だ。

右から左に振られたそれを何とかジャンプして避け、負けじとブレイブもジャックの背後に回り込む。

が。

「なっ……!? 」

目の前にいたはずのジャックが、突然姿を消した。

早すぎる動きについていけずに、どこに行ったのか視線を巡らせていると、突如肩に激痛が走った。

「っ……! 」

ジャックはブレイブの真横にいた。

「遅い」

続けてもう一突きブレイブに喰らわそうとしたところを何とか避け、後ろに下がって距離をとる。

「あーあ。次は腕にいこうと思ってたのに、何で避けるかなぁ? 」

笑っているのに、目は恐ろしい程冷たかった。

不気味に笑う顔にゾッとする。

「ブレイブって、もっと強いと思ってたのに。たった一年で弱くなっちゃったのか? 」

「一年? ジャック、やはり俺は君とどこかで会ったことが……」

ジャックの剣先がブレイブの頬を掠めた。

ピッと切れた頬から、血がじわじわと溢れてくる。

「やっぱり、覚えてないんだなぁ! 俺なんて眼中になかったってことだろ!? 」

「……? ジャック、一体何を……」

「腐ったただの偽善者が! 自己中野郎! 」

その言葉に、単語にブレイブの目が大きく見開かれる。

『偽善者が……! ただの自己中のくせに! 』

一年前、入団試験の時に言われた台詞。

いや、そんな、まさか。

「そんなわけっ……」

ブレイブが狼狽えていると、ジャックは口角をニンマリと釣り上げて笑った。

「ひっ、ははは……。あははははははははははは!! やっと思い出したのか! おっせぇんだよ! 」

「!? おまえまさか……あの時のジャックなのか!?」

確か、入団試験を受けるため、養成所で一緒にいた男。

黒髪に茶色い肌。

一度思い出せば、全ての記憶が蘇ってくる。

「あの時おまえは、入団試験に落ちて……」

ブレイブがそう言った途端、ジャックの顔が怒りで真っ赤になった。

「落ちた? 誰のせいだと思ってんだ! 」

俊敏な動きでブレイブに近づき、剣を振り上げる。

反射的にブレイブも剣を振り、お互いの剣先がぶつかり、火花が散った。

「誰のせい? 何を言う。ジャック、おまえが負けたのは己の実力不足のせいだろう? 」

負けたのを誰かのせいにするのは違う。

そう言ったブレイブを、より一層強くジャックは睨みつけた。

「実力不足? 何を言う! 俺は確かな実力を持っていた! それこそ、おまえよりも強かったのに! 」

「強い? おまえ、試験の決闘では、俺に完敗してたじゃないか」

「黙れっ! 」

ジャックが怒りに任せて剣を振るう。

それを軽くかわすと、ジャックは更に腹を立てて地団駄を踏んだ。

だが、これでいろいろ合点がいった。

あの時、ジャックと勝負が始まる前に、ジャックが一人で廊下を歩いていたのを思い出す。

この学園は、希望をすれば騎士になるための養成所に入ることだってできる。

この学園は広い。普通、初めて来たのなら間違いなく迷うであろう学園内を、ジャックが一人で散策できていたのもこれで頷ける。

この学園と同じ敷地内にある養成所に通っていたからだったのだ。

「俺は強い! 誰よりも、最強でっ! なのに俺は入団試験に落ちた! おまえのせいでなぁ! 」

「俺のせい? 何故俺のせいになるんだ? 」

「分かってるだろ!? あの時、決闘の試験の時、二つのグループに別れて決闘をした時、俺とお前は、見事別々のグループになった! そうしたらどうなったか。おまえは俺の周りにいる同じグループの奴らをことごとく潰していった! 剣を振りかざして周りを全滅させた後、わざと俺を残したんだ! 」

「そうだったな。あの時おまえは強かったから、最後に残したんだな」

「それだよ! 強さをみせつけるために入団試験を受けたのに、俺は弱いと、思われてしまったんだ! 俺を最後に一人だけ残すことで、俺を見世物にした! 周りの奴らに、俺を弱いと誤認させた! 」

ここで、ジャックが何故怒っているのかようやく理解する。

強く見られていたかった。

自分こそが最強であると、信じていた。

なのに、ブレイブが勝ってしまった。

「今でも思い出す! 脳裏に焼き付いている! あの時の団長の目、団員達の目、教師の目、周りで観覧していた奴らの目! 目、目、目! 興味を失くした、冷めきった目! 俺は入団試験に落ちて、おまえが受かったんだ! こんなの間違っている! だから俺はこんな騎士団捨てて、シャトリック王国の騎士団に入ったんだ! 」

「自分が弱いことを認めず、逃げたのか? 」

「うるさいっ! 最年少で受かったおまえを、たった一人で俺のグループを一掃したおまえを、周りは勇敢だと、まさにこの騎士団に相応しいと褒めたたえた! だが、俺はそんなの認めない……! 俺より先に上に行って、俺を貶めたおまえを、俺は許さない! 善人? 周りをよく見ている? はっ! 嘘を吐け! 本当は心の中で、俺を馬鹿にしたくせに! 最後に俺を倒した自分を、周りに見てほしかったんだろう!? 自分が上に行くために、俺を踏み台にしたんだろう!? 」

もちろんブレイブは、そんなこと微塵も思っていない。

これらは全て、ジャックの独りよがりの妄想だ。

「周りの奴らを見下して、馬鹿にして……だから」

そこでジャックは、ペロリと舌なめずりをした。

「だから、同じ目に合わせてやるんだよ」

「何? 」

「この勝負で、この騎士団は弱い、シャトリック王国の方が、俺が率いている騎士団の方が優れていると、大衆に見せつけてやるんだよ! 」

「そんなことのために、こんな勝負を挑んだというのか!? 」

「そんなこと? 俺にとっては十分な理由だよ。おまえがいなければ、俺は今頃サリファナ王国の騎士団団長だったんだ! 俺が最強だ! 俺が一番じゃなくちゃいけないんだ! 」

「ジャック! おまえの言いたいことは分かった。だが、それなら俺とおまえの一騎打ちで良かったはずだ! 他の奴らを巻き込む必要はなかったはずだ! そうだろう? 」

「ふ、はははははははははははは!! それじゃあ意味がない! 言っただろう? 同じ目に合わせてやるって! 」

「同じ目? 」

すると、ジャックは視線を闘技場の入口へ向けた。

ついさっき、ブレイブ達が通ってきた場所。

そこを見て、可笑しそうに口元を歪めるジャックにつられ、ブレイブも入口の方に目をやった。

「っ……!? 」

そこには、血まみれになって倒れている、コウとソルア、ダーラムの姿があった。

動いていないため明らかに意識はない。

「コウ! ソルア! ダーラム! 」

急いで駆けつけ、三人の脈を確認する。

動いているため、死んではない。

死んでは、ないが。

そこで初めて、ブレイブはキッとジャックを睨みつけた。

「ジャック……貴様! 」

剣で殴りかかろうとするブレイブの攻撃を避けて、ジャックは笑みを更に深くする。

「殺してはないから安心したまえ。ああ。でも、この様子じゃほっとくと死んじゃいそうだねぇ。あっはははははははは! 」

「貴様、いつ……」

「勝負が始まってすぐだよ。ま、最初の相手だから別に誰でもよかったんだけど。その反応を見る限り、大切な人だったみたいだねぇ! 」

コウもソルアもダーラムも、最近やっと稽古に励むようになったのだ。

もっと強くなりたい、そう言っていた三人を思い出し、剣を固く握りしめる。

怒りがフツフツと湧いてくるのを感じた。

「ジャック! おまえだけは許さん! 」

「良いねぇその顔! その顔を見るために、俺は今日ここに来たんだ! さぁ、もっと見せてやろう。絶望ってやつをなぁ! 」

何故だ。周りには気を配っていたはず。

なのに何故、気づかなかった?

ジャックの動きが早すぎたのか?

いや、そんなはずない。いつものブレイブなら、絶対に気づいていたはず。

「どうした? 動きが鈍いぞ! そんなんで団長なんて、よくやっているなぁ? 俺が団長の方が良かったんじゃないか? 俺の方が最強だから、なぁ!? 」

「っ……!? 」

真正面から振り下ろされた剣に、反応が遅れた。

もう駄目だ。

そう思った、時だった。

目の前が真っ赤に染まる。

血だ。

誰の?

ブレイブのものではない。痛みはないから。

じゃあ、誰の――

「ペトス……? 」

突如目の前に現れた男の名前を呼ぶと、ペトスはこちらを振り返ってニコリといつもの笑みを浮かべた。

「いけませんよブレイブ様。試合中によそ見をしていては。ですが、これでやっと、僕はあなたの役に立て……」

バタリ。

ペトスがその場に倒れる。

周りには血が飛び散って、ブレイブの服を赤く染めた。

その様子をブレイブは、ただ呆然と見ていた。

「チッ! 誰だよこいつ。俺とブレイブの勝負の邪魔しやがって。まぁいい。ついでだついで」

「ペトス! おい、しっかりしろ! おい! 」

息はあるので死んではいないが、完全に気を失っている。

「あ! もしかして、大事な人だった!? あーなら良かった! 大丈夫、多分死んではないからな! 」

狂ってる。

追い詰められるブレイブを見て笑うジャックは悪魔、という言葉がぴったりだった。

「こんなの勝負じゃない、戦争だろ……」

「戦争? あ、一つ良い話を聞かせてあげよう。君は聞いたかい? 50年前の戦争に、サリファナ王国に裏切り者がいたって話! あれ、俺が流した噂なんだよ。おかげで今回サリファナ王国に勝負を挑むって団員達に話したら、皆大賛成してくれて! 今日は皆、やる気に満ちてるんだよ」

「……何故、そんな嘘を」

「君達を貶めるためなら俺は何だってするよ? そのためなら、こんな嘘の一つや二つ、容易に吐くけどね? 」

何を言ってるんだこいつは。

「俺が一番! 俺こそが勝者だ! 思い知ったかブレイブ・ダリア! 」

手が怒りで震えているのが分かる。

こいつは、こいつだけは、絶対に――!

「ジャック! 覚悟……」

「死ね」

振り向いた瞬間、服を掴まれる。

次の瞬間には、身体は宙を舞っていた。

手が空を掴む。

ジャックの笑い声を遠くで聞きながら、ブレイブは囲いの外、水の中に落ちていった。





ドボンッ

音がした方に、観覧席にいた者は一斉に視線を向ける。

「あれ? ブレイブ様ですよね? 」

メリアが焦った声でアイビーに確認すると、アイビーは神妙な顔で頷いた。

「ブレイブ様、水に落ちたんですか!? ていうか、突き落とされましたよね!? あれって、不正なんじゃ……」

「不正ではないな。確かに武器は剣のみだが、腕力については触れられていない」

「そんなっ……。助けに行かないと! 」

そう言って走り出そうとするメリアを、アイビーが引き止めた。

「駄目だメリア。騎士以外の横槍は、失格と見なされる。そうなってしまえば、ブレイブは負けるぞ」

「ですが、ブレイブ様が……! 」

「あいつを信じよう。大丈夫だ、ブレイブならきっと……って、ヤナギ!? 」

観覧席から立ち上がり、素早い動きで人混みをかき分けて進む。

「待つんだ、ヤナギ! 」

だが、その声が届くことはなく、ヤナギはそのまま全力疾走した。

「? ねぇ、何あの子」

試合を観戦していた令嬢の一人が、闘技場に出てきたヤナギを指さして首を傾げた。

「え? ちょっ、誰よあの子」

「お、おい! あの小娘は、何をしようとしているんだ!? 」

がやがやと騒ぎ立てる人々。

それらの声を全て無視して。


ヤナギは、囲いから飛び降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ