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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第三章 勇敢な君を
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6

「ブレイブ・ダリアを、サリファナ騎士団団長に任命いたす! 」

そう言われたのは、つい最近のこと。

入団して僅か一年で団長という座まで上り詰めたブレイブを、最初こそ誰もが快く思っていなかった。

何故あんな奴が団長なんかに。

誰があんな奴について行くか。

そんなことを言う奴らには実力を見せつけて、自身の凄さを認識させた。

そして、誰よりも努力していることを知られるようになってからは、皆ブレイブを慕ってくれるようになっていった。

騎士としての誇りを持ち、弱い者を決して見捨てず、責任感と強い精神力を兼ね備えた。

「……んで、おまえが、おまえなんかが……! 覚えてろよ! 絶対に、おまえを……! 」

あれは、誰が言っていたのか。

覚えていないが、強くブレイブを睨みつけるあの鋭い眼光と、固く握りしめられた拳だけは鮮明に思いだせる。

そう、あれは確か、団長になる前の、騎士団の入団試験を受けた日のこと。

次々と合格者の名前が発表されていくなか、彼の名前が呼ばれることはなかった。

それをどう思ったのか、彼はブレイブに吐き捨てるように言ったのだ。

「偽善者が……! ただの自己中なくせに! 」


はっとして目を覚ますと、もう見慣れた寮の天井が視界いっぱいに広がった。

「なんで、今頃あんな夢を……」

窓の外には、まだ真っ暗な空がどこまでも続いている。

時計に目をやると、時刻は深夜の二時を過ぎた頃だった。

明日の稽古は早い。

早く寝なければいけないのに、意識すればするほど中々寝付けなかった。

「はぁ……」

水でも飲もうとベッドから下りる。

コップに水を注ぎ一息で飲み干してまたベッドに戻る。

だが、その後も目が閉じることはなく、ブレイブはずっとベッドの上でごろごろしていた。





「ふぁ……」

「珍しいですねブレイブ様。欠伸なんて」

「ああ。ちょっとな」

意外そうに顔を覗き込んでくるユリスに軽く返事をしながら素振りをする。

結局ずっと起きていたせいで、目の下は若干黒くなっていた。

「ストレスですか? ほら、後三日って聞いてから、ブレイブ様全然休んでないじゃないですか」

ユリスの指摘通り、ブレイブは休むことなく稽古を続けていた。

そのおかげで疲労は十分蓄積されていってはいるが、普段から稽古を怠らないブレイブ。

少し稽古量を増やしたくらい、どうってことない身体になっていた。

「頑張りすぎはよくないですよ? 勝負する前に倒れちゃいますから」

「大丈夫だ。そんなヘマはしない」

「ま、いくら言っても聞かないのは分かってるんでこれ以上は言いませんけど」

そう言ってユリスは先にランニングに行ってしまった。

この二日間、ブレイブは自分の稽古をあまりできずにいた。

というのも、三日と聞いてから団員達の稽古をつけるばっかりになっていたからである。

弱いままでは勝負に出すことはできない。

稽古をつけてくださいとお願いする団員達に付き合っていたら、当然自分の時間は減る。

ならばどうするか。

寝る時間を削って、夜遅くまで自分の稽古に励むしかないだろう。

「明日か……」

明日はついに、シャトリック王国との勝負の日。

ブレイブは一度深呼吸をしてから、大きく剣を上から下に振った。

ブンッと風を切る音がして周りの草木が揺れ動く。

殺し合いではないが、もしかしたら大怪我、腕を二、三本くらい折るかもしれない。

この二日間、シャトリック王国についてブレイブはいろいろと調べていたのだが、騎士団についての情報は昔の古いものばかりだった。

「ブレイブ様! 俺の剣術、見ていただけませんか? 」

「コウか。ああ、かまわん」

ランニングを終えたらしいコウがブレイブの元で剣術を披露する。

「形にはなっているが、まだ甘いな。勘のいい相手だと、すぐに隙をつかれて終わりだぞ」

「ブレイブ様! 俺もお願いします! 」

「お、俺も! 」

ソルアとダーラムも中に加わって互いに剣技を行う。

この三人も、あれから真面目に稽古を受けるようになった。

元々筋が良いので、自分の身を守ることくらいはできるだろう。


日が暮れて空が赤く染まった頃、稽古場にブレイブの声が響き渡った。

「今日はここまで! 明日はいよいよシャトリック王国との勝負だ。今日はゆっくり休んで明日に備えること。この後稽古を続けようものならその者には厳罰を処す。以上だ、解散! 」

「イエッサー! 」

剣を片付けて散り散りになっていく団員達。

「今日は早く寝よう」、「明日は頑張ろうな」そんな声を聞きながら、ブレイブは一人剣を持った。



夜中。

「はっ! 」

風をきり、草木をきる。

剣の切っ先が月光に照らされてキラリと光った。

「はぁっ! 」

もう一度、剣を振り上げようと構えたところで、後ろからサクッ、と草を踏みしめる音が聞こえた。

「厳罰だよ、ブレイブ様」

手を止めて後ろを振り返ると、いつもの笑みを顔に貼り付けたペトスがいた。

「……何か用か? 悪いが、稽古中だから後にしてくれ」

「それはおかしいねぇ」

「おかしい? 何がだ」

「稽古っていうのは、先生や師匠に教えてもらいながら特訓することだよ? ここにはブレイブ様しかいないようだけど。あと僕と」

「……練習中だ」

「そうか」

クスクスと可笑しそうに笑うペトスは、ここから立ち去る様子はない。

「練習中だ。どこかへ行ってくれ。というか、もう寝ろ。明日は勝負だ」

「その台詞、ブーメランになってるよ? 」

「……俺は、皆より自分の練習ができていない。だからこうしてやってるんだ」

「ブレイブ様は頼りになるからね。皆、君に稽古をつけてもらいたがっている。副団長という僕の存在を無視してね」

「……何がいいたい」

部屋へ戻る気がないのなら、何か言いたいことでもあるはずだ。

睨むように見ると、ペトスは意地悪そうな笑みから、穏やかな顔つきになった。

「団長だから、かな。責任感が人一倍強い自信家。皆を引っ張るリーダーとしては、何とも相応しい性格だね。ただ……」

「ただ? 」

そこでペトスは一呼吸おいて月を見た。

今日は満月だ。雲ひとつないおかげで、月光に晒されたペトスの顔がよく見える。

「君は、人に頼れない」

ブレイブもまた、月を見た。

聞こえなかったと、聞きたくないというように、ペトスから顔を背けた。

「あ、もう一度言うよ? 頼らない、じゃなくて頼れない。ここ、重要だから」

「はぁ……。それがなんだ。団長として、誰かに頼るわけにはいかないだろう。むしろ、誰かを助ける、頼られることが、俺の役目なんだ」

「人に頼るのも、団長の役目だと僕は思うけどねぇ」

「……」

「人に構ってばかりで、全然自分を大切にしないんだから」

「そんなことはない」

「じゃあ、何でこんな時間に一人で練習してるんだい? 自分の練習時間が取れなかったからと言っていなかったかな? 」

「……」

「たまには自分を優先しないと駄目だよ? 」

「俺が、皆を守らなくちゃいけないんだ……」

そこで、再度ペトスを見た。

剣を持つ手に、しだいに力が籠るのが分かる。

「俺が、団長として、皆を守らなくてはいけない。皆を、導いてやらなくてはいけない。俺が、先導者なんだ。誰よりも先に、危ない橋を渡らなければいけないんだ。その役目を、職務を担う俺が、弱いなんて、許されるわけがないだろう? 」

「勇敢だねぇ。危ない橋を渡る覚悟なんて、中々できることじゃないよ? 」

「そうか? そのくらい、できる人はでき……」

「できないよ。そういう人達は皆、できると思いこんでるだけ。ほんとにその局面になったら、どうせビビって逃げ出すんだ。でも、君はそうじゃない。君は、本当に飛び込んでいってしまう。危ない橋を、渡ってしまう」

風が吹いて、ブレイブの長い髪がサラりと揺れた。

「昔、猪を退治したことがあったよね? 」

「……は? 」

「ほら、農家の育てている野菜や果物が猪に荒らされてるって依頼を受けて、騎士団で退治に行った時の話だよ」

急に何を言い出すのかと思えば、ペトスは昔話を始めた。

昔といっても、ほんの一年前。ブレイブが騎士団に入団したばかりの頃の話。

「二頭だけだと思っていた猪が、実は五頭もいたなんて。動物退治だから、騎士団からも少しの人数しか来てないし。えーと、猪と同じ、五人だったかな? 確か、女の子二人と先輩の男が一人、あと僕と君だ」

「そういえば、そんなこともあったな」

まさかの五対五で、凶暴な相手だったため、苦戦したのを覚えている。

「不覚にも、僕は猪達に弄ばれてしまってね。殺さないように捕獲する、というのがお仕事だったから縄を持って近づいたら、猪が突進してきて。死なずに済んだけど木に思いっきり身体をぶつけて。あっという間に五頭の猪に囲まれてしまった」

「そう、でしたね」

「女の子は怖がっちゃうし、もう一人の先輩は一人で猪五頭は無理だと思ったのか狼狽えるばかりで全然助けてくれないし。あ、もう無理終わったわー、って思った時に、君、ブレイブ様が来たんだよ」

「……そう、でしたっけ? 」

惚けて言うと、ペトスは「覚えてるくせに」と口に手をあてて笑った。

「すっごい勇ましい顔つきで、猪相手に一切恐れず、問答無用で蹴りを入れた。そして倒れてる僕から縄を奪って素早く捕獲。あの時はほんと、勇敢だなって思ったよ」

「それはどうも」

「照れてるのかい? まぁいい。あの時、君は僕を助けてくれた。危険を顧みず、ね」

「あれは、猪のためだ」

「例えそうだったとしても、僕が助かったことに変わりはないよ」

昔話を終えたペトスだが、ブレイブは一向にペトスが何のためにここに来たのか分からなかった。

真意を探るように瞳を見つめると、ペトスもブレイブを見つめてきた。

「だから、頼ってほしい」

そこでようやく、何を言いたいのか理解する。

「君が困っているのなら、僕は君を助けたい」

「別に、困ってなどいない。おまえはただ、自分のことだけに集中してろ」

差し伸べられた手を、ブレイブはとらなかった。

そんなブレイブをどう思ったのか、ペトスはふっと笑って手を引っ込めた。

「ま、君ならそう言うと思っていたけどね。じゃあ僕はこれで失礼するよ。もう眠い」

手を振って去っていくペトスの背中を目で追いながら、ブレイブはやっと剣を振り上げた。

「……俺も、もう寝るか」

何だか、もう練習に集中できる気がしない。

ブレイブもペトスの後を追うように、自室へと続く廊下を歩いた。





翌日。

よく晴れた朝、ブレイブ達サリファナ騎士団はこれからの勝負に控えていた。

誰もが静かにその時を待っている。

そわそわと落ち着かない者。

シミュレーションをしているのか、目を閉じている者。

それらがほとんどだ。

「あれ? ブレイブ様、どちらに? 」

稽古場から離れようとするブレイブにユリスが怪訝な顔を向ける。

「少し歩いてこようと思ってな。開始時間までには戻るから、安心しろ」

そう言って稽古場を出た。


暫く学園内を散策していると、前方から知らない男が歩いてくるのを見つけた。

黒い髪を後ろで束ねた、焦げ茶色の肌をしたいかにも美男子、という風貌の男。

男もこちらに気づいたのか、目が合うとこちらに歩み寄ってきた。

「やぁ、君がブレイブ・ダリアか? 」

なんと。男はブレイブの名前を知っているらしい。

どこかで会ったことがあるだろうかと思案していると、男は自らの名を名乗った。

「俺はジャック・スノー。シャトリック王国騎士団、団長をしている者だ」

「シャトリック王国、団長……!? 」

どうやら対戦相手国の騎士団団長だったらしく、ブレイブは慌てて頭を下げる。

「申し訳ございません。お名前は伺っていたのですが……」

「いや、かまわない。今日はお互い、全力を尽くそう」

許してくれたのか手を伸ばし握手を求めるジャックの手をブレイブは握った。

「っ……!? 」

と、握った瞬間、ジャックの手に力が籠る。

とんでもない腕力だ。握力に自信のあるブレイブだが、これは55くらいはあるのではないだろうか。

「あの……」

一向に手を離さないジャックに声をかけようとすると、ジャックはとても冷たい瞳をブレイブに向けた。

その視線は、その場の空気を凍らせてしまえるほどに冷たいものだった。

「……まさか、覚えてないとはな」

「え……」

やはり、どこかで面識があったのだろうか。

困惑していると、ジャックはようやく手を離し、ブレイブの耳元でこう囁いた。

「この勝負、楽しみだよ」

ニヤリと上がった口角に、ブレイブの背筋が凍った。

そしてそのままジャックとは別れる。

歩いて行ったジャックの方を振り返ると、もうそこに彼はいなかった。

「あいつ、どこかで……」

そこで、思い出しかける。

黒い髪に茶色い肌。

そしてあの、つり上がった瞳。

だが、結局誰かは思い出せないまま、ブレイブは稽古場に戻ることとなった。


「気をつけろよ、ブレイブ」

「頑張ってください! ブレイブ様」

「行ってらっしゃいませ、ブレイブ様」

アイビー、メリア、ヤナギの応援に見送られてブレイブは決闘場へと歩き出した。

学園内にある闘技場は石畳の周りに囲いが設置されており、その先には広大な水が広がっている。その深さは約5m。

「いよいよ勝負の時がきた! あまり日数はなかったが、これまで積んできたことを遺憾無く発揮し、悔いなく戦うぞ! 自分の身は自分で守れ! 勝つぞー! 」

「イエッサー!! 」

これまでより一際大きく返事をする団員達と共に、ブレイブは闘技場へ入場する。

水に浮かぶ石畳の上をブレイブが先頭に立って歩く。

向いには、先程顔を見合わせたジャックが鋭い瞳をこちらに向けて立っていた。

「それではこれより、サリファナ王国とシャトリック王国のグリュースでの勝負を行う! 騎士団全員で戦い、どちらかの団長が戦闘不能になった時点で試合は終了とする! 武器は剣のみ! 人は怪我は仕方がないが殺してはいけない! 以上でルール説明を終わる! 何か質問がある者はいるか? 」

両者とも、質問はない。

「それでは、試合開始! 」

勝負の火蓋が、切って落とされた。

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