表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第三十章 醜いけれど、それも愛して。
197/415

2

きっかけなんて、なかった。

白馬に乗った王子様が落としたハンカチを拾って届けてくれたりとか、曲がり角でぶつかって運命の出会いを果たしたとか、そんな事は全然なくて。

思えば、なんで好きになったのかも分からない。

ただ、見ているうちに好きになっていた。

何気ない仕草をじっと見つめてしまっていたり。

一生懸命誰かのために頑張るその姿を、かっこいいな、なんて思ってしまったり。

ずっとその人のことを考えてしまって、勉強だって手につかなくて、気づいた時にはこの結果となっていた。

「メリア……」

呆れた視線が、隣の席から送られてくる。

「が、頑張ったはず……なんだけどなぁー」

「頑張ったのなら、せめてもう少しマシな点数を取れるはずよ。努力が全て報われるとは限らないけれど、まだまだ伸び代のある貴方なら、前の小テストよりかは幾分か成長を見せていないと次の試験でもまた……」

「小言は後にしてよぅ……。今は頭の中がごちゃごちゃなんだよぅ……」

ヤナギの言うことは最もだが、今はモーリー先生がさっきから放つ氷のような冷たいオーラだけで十分だ。

そのオーラから逃れるように視線を明後日の方に向けると、大きなため息が聞こえてきた。

呆れられているのは承知だが、ため息も聞こえないフリをした。

「コホン。皆様、公式なんて覚えて当然です。20点満点中15点以下だった者は、裏に間違えた式を10回書いて提出するように。期限は明日の数学の授業までとします」

そう言われ、メリアは自身の小テスト……2点と書かれたプリントを震える手で握りしめた。

プリントがクシャッと音を立てる。

「この中には、こんな難しい問題を解いて将来何の役に立つんだと思っている者もいるでしょう」

図星だ。

メリアが今まさに思っていたことを、モーリー先生はズバリと当ててくる。

ていうか、実際そうだろう。

数学なんて、足し算引き算掛け算割り算等、計算さえできていれば、後は何も役に立つことはなさそうなものばかりだ。

図形の面積を求める問題も池の周りを兄弟で走る問題も動く点Pも、それら専門の職業にでもならない限りは必要ない。専門の職業というと、数学学者か数学教師だろうか。

生憎メリアは数学学者も数学教師も目指していないため、数学なんてしなくても良いのだ。

「皆様が数学をするのは、思考力等の考える力を身につけるためです。それに、問題文を読み正確に把握する読解力も鍛えることができるのです。これらの力は絶対に皆様に必要なものなのです。いいですか? もっと勉強を頑張って、特に数学はですね……」

また長いお説教が始まった。

欠伸を噛み殺しながら聞くこと数分後、モーリー先生は1つ咳払いをしてから次の話へと切り替えた。

「将来、貴方達は何になるのですか? 女性の方は婚約が決まっている人がほとんどで婚約者となる男性に尽くすのでしょうが、男性の場合はそうではありませんね? 女性を幸せにするために、働かなければなりません。別に、男性にだけこの話をしているわけではありませんよ? もしかしたら結婚はせず自分で働いて暮らす人もいることでしょう。その時、貴方達はどんな職業につきたいか決めているのですか? 」

今度は、数学の話ではなく進路の話。

メリアは、残念ながら決まっていない。

この学園に来たのだって、学費さえ払えば生活費や食費等は全て国からの費用で免除されると聞いたから、家の家計を少しでも楽にしたくて受験をしただけなのだ。

学園に入学できれば良いと思っていたメリアは、将来のことなんて微塵も考えていない。

将来の自分の姿なんて、想像もできなかった。

「もしなりたい職業があって、でも自分には力が無いから無理だとなった時諦めなくて済むよう、勉学は非常に大切です。思い描いた未来図を完全に自分の物にするために、自分のために頑張れる人間になることを、私は望んでいます。以上、今日の授業は終わりです」

これで、今日の授業は全て終わった。

後は帰るだけとなったが、このまま帰ってしまうのも勿体ない。

「ヤナギちゃん、この後どうする? 生徒会室にでも行く? 」

満点のテスト用紙を綺麗に折りたたんでいたヤナギは、一旦手の動きを硬直させて呆れた顔をメリアに向けてきた。

「メリア……あなた、さっきのモーリー先生のお話、聞いていなかったの? 」

「お話? ……ああ! 聞いてたよ、途中まで! 数学は読解力と思考力が鍛えられるって話だったよね! 」

「それもあるけれど、その後よ。遊ぶのも良いけど勉強はちゃんとしないと、なりたい自分にはなれないのよ? 」

「進路なんてまだ分かんないよー……。ヤナギちゃんは、将来何になりたいとか、決まってるの? 」

「私は特に何も……」

「だよねー! 私とお揃いだ! 」

良かった。進路が決まっていないのはメリアだけではなかった。

その事に安堵して、再びヤナギに聞いてみる。

「それで? 今日は何する? 生徒会室に行ってもいいけど、久しぶりに図書室でもいいよねー。私、普段はあんまり本とか読まないんだけど、ヤナギちゃんのオススメしてくれる本なら……」

「何言ってるの。今日は勉強よ、数学のね」

「えぇ〜そんなぁ〜……」

「文句を言わないの。こんな点数をとったのは、自分のせいでしょう? 」

「それはそうだけど〜」

勉強なんてつまらない。

今日は、雲ひとつない快晴だ。

こんな日に部屋に閉じこもっているなんて、勿体ないにも程がある。

「ヤナギちゃーん……」

「だーめ。今日は勉強。それ以外は受け付けません。ほら、教科書出して」

「む〜……」

帰っていく生徒達を恨めしそうな目で眺めながら、しかめっ面で教科書を広げた。






「あれ? ここにいたんだ」

メリアに勉強を教えてから1時間後。

2人以外には誰もいなくなった教室にひょっこり顔を出したのは、まん丸い目に金髪のマッシュルームカットが特徴的な、青年というよりかは少年と言った方がしっくりくる人物、シードだった。

その後ろにはカルミアもおり、手には分厚い数学の参考書を抱えている。

「シード様。ここにいた、ということは私かメリアを探していたのですか? 」

そうシードに尋ねると、シードは元気よく頷いた。

「そう! カルミア様に勉強教わってたんですけど説明が難解で分かりにくくて……。男同志だから華やかさもないしやる気も上がらないし……。だから、ヤナギ様に勉強教えてもらおーと思って! 」

華やかさ、というのは勉強に必要ではないような気もするが、ヤナギの教え方でよければぜひ力をお貸ししたいところである。

が……。

「あれ? メリアちゃん、こんなところで寝てるの? 」

休憩時間は5分だけと言ったはずなのに、もうかれこれ10分以上机に突っ伏したままの状態でいるメリアを、このままではいけないと肩を揺すって起こそうと試みる。

「メリア、起きなさい」

「ん〜……後5年……」

「日が暮れるわよ」

「日が暮れるどころじゃないと思いますけどね」

ヤナギのツッコミにシードが苦笑いでそう言っていると、ようやくメリアは起き上がってくれた。

「あれ? 今何時……」

「5時よ」

「え? 早起きだ。私すごい」

「午後の5時だから安心しなさい」

これでメリアも起きたことだし、カルミアと2人がかりでならシードの面倒も見ることができそうだ。

時間的には結構ギリギリになりそうだが、それでも少しの時間があるだけでも十分教えられることはある。

「それじゃあシード様、今日、数学の時間に小テストがありませんでしたか? 公式の」

「小テスト? ああ、あったよ」

「見せてくださいますか? 」

「はい」

持ってきていたらしく、鞄の中からすぐに取り出して渡してくれる。

小さく畳まれたプリントを広げて、目を疑った。

手を震わせてプリントを見ると、後ろからカルミアの手が肩にポンと置かれる。

「嘘でしょう……」

「悲しいが現実だ。俺も受け入れるまでに時間はかかったが、これがシードなんだ」

「メリアと全く同じ点数じゃない……」

「……嘘だろ? 」

「嘘ではありません。悲しいですが、現実です。私も受け入れるまでに時間はかかりましたが、これがメリアなんです」

しかも、間違えた箇所も全く同じという偶然まで起きている。

いや、間違えた箇所というより正解している箇所といった方が良いのかもしれない。

順位を見る時に、上から数えるよりも下から数えた方が早い、みたいな。

「カルミア様、下校時刻って何時まででしたか? 」

「19時だ……が、今日は20まで伸ばそう。生徒会長の権限だ」

「ありがとうございます」

お礼を言って、とんでもない点数を叩き出してくれた本日の主役2名を舐めまわすように見る。

「分かってるな? 」

ヤナギと同じ思考回路をしたカルミアも、2点と書かれたプリントをぐしゃりと片手で握り潰して言った。

「え、ええと……。僕、今日は用事があってですね……。8時まではちょっと……」

「わ、私も! 今日はえっと……早く寝ようと思って! ほら、今日こそ寝坊して遅刻しないように……」

「分かってるな? 」

「分かってますよね? 」

有無を言わせぬ圧力をかけると、2人は縮こまって「はい……」とか細い声で返事をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ