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「ブレイブ様、一緒に飯行きませんか? 」
「あ、俺も一緒に行きたいです! 今度シャトリック国とグリュースするって聞きましたよ? 」
「そのお話、僕にもぜひ聞かせてください! 」
それらの誘いを全て断りながら、ブレイブは今日も稽古場へと向かった。
「すっかりグリュースの話題で持ち切りですね」
「ああ。おかげで今日は一息つく暇もないな」
団員とそんな話をしながら剣を磨く。
いつも使っている相棒のような存在だから、常に綺麗にしておきたい。
隣で同じく剣を丁寧に磨いている団員、ユリスは明らかに疲れているといった顔だ。
「グリュース受けたこと、別に後悔してるわけじゃないですけど、あんなに皆から期待されてちゃあ、変にプレッシャー感じちゃうっていうか……」
「なんだ? この騎士団が負けるとでもいいたいのか? 」
「そうじゃないですけどー。でもなんかほら、こんなこと言うのも何ですけど、シャトリック国なんてどんなところか俺よく知りませんし。急に勝負挑んでくるなんて、ちょっと怖いじゃないですか。なんか、怪しくありません? 」
「それはまぁ、そうだよな……」
それはブレイブも思っていたことなので同意する。
隣国だが直接的な関わりはしたことがない。
「なんか、仲悪かったー、みたいなのは聞いたことありますけど」
「? そうなのか? 」
それは知らない情報だ。
ユリスもよく知らないのか、自信がなさそうに説明した。
「ほら、50年くらい前に戦争があったじゃないですか、サリファナ王国も。その時に一緒に敵国と仲間として戦った相手が、シャトリック王国だったんですよ」
「それは知っている。その戦いはサリファナ王国とシャトリック王国が相手国に降伏して幕を閉じたんだったな」
「はい。それはそうなんですけど……」
そこでユリスは辺りをキョロキョロと見渡して周りに誰もいないことを確認すると、耳打ちを通してブレイブに説明を始めた。
「流石に嘘だとは思うんですけど……。なんでも負けちゃった理由が、サリファナ王国かシャトリック王国、どちらかの国の騎士団の中にスパイがいたかららしいんですよ」
「スパイ? 」
「はい。自分達の戦法を相手の国に伝えてスパイは戦争で死んだフリをして敵国からたんまり報酬を貰ってとんずらしたとか。ま、どうせただの噂にすぎないと、俺は信じますけどねー。あ、今俺が言ったことはもちろん内緒で頼みます。あくまで噂の範疇にすぎないので」
「それはわかっているが……」
そんな話聞いたことがない。
死者が多くでたというのは知っているが、仲間を裏切ってとんずらなんて。
「それで、それとシャトリック国が我々に勝負を持ちかけてくるのと、どう関係があるんだ? 」
薄々感ずいてはいるが、あえて聞いてみる。
「シャトリック国は、そのスパイはサリファナ王国にいるって決めつけてるんですよ。まだスパイが本当にいたかどうかもわからないのに」
と、予想通りの返答がきた。
「なるほどな……。相手は根に持っている、ということか」
「あ、本気にしないでくださいブレイブ様。それもあくまで、噂ですので」
「ああ……」
するとユリスはこの話は終わりとばかりに磨いた剣を持って軽くふった。
「ブレイブ様、稽古つけてくれませんか? 」
「いいぞ。すぐ行く」
磨き終えた剣を持ってユリスの元へ向かい剣をふる。
「動きが遅い。後勢いだけでやろうとするな。おい、背後がスッカスカだぞ」
「うぉっ!? ちょ、もうちょっと手加減を……危なっ! 」
「手加減なんてしない。実践だともっと危険なんだからな」
「わかってます……って! 」
応戦していたブレイブに反撃しようとユリスが俊敏な動きでブレイブの背後に回り込み剣を振りかざす……も、ブレイブはそれを軽く避ける。
「え、なんで当たんな……うわあああ!? 」
勢いよくふった剣が当たらなかったため、そのままバランスが崩れてユリスは顔面から転けた。
「よかったな怪我したのが顔面だけで。手と足は大丈夫そうだし、本当によかったな」
「良くないですよー。あーあ、俺のイケメンなお顔が……。今日もこれでご令嬢達の視線を集めようと思ったのに」
「安心しろ。おまえは元々見向きもされていない」
それに「えー? 」と抗議の声を上げるユリスを無視して、急いで救急箱から消毒液と絆創膏を出す。
「うわいって! 優しくしてくださいよー」
「うるさい。ていうか、自分でやれ」
「ブレイブ様が先にやってくださったんじゃないですかー。なんだかんだ言って、面倒見が良いんですからー。ブレイブ様、絶対妹いますよね? 」
「……なんでわかった? 」
「わかりますよー。なんか、いそうな顔してますし」
「どういう顔だ? 」
「あはは。お兄ちゃんって顔してますよ? 何でもできるし頼りになるし」
「ユリス、あまり喋るな。絆創膏が貼れないだろうが」
「あはは。すみませーん……ってあれ? あの人って、ヤナギ様じゃないですか? 」
「何? 」
その名に即座に反応したブレイブがユリスの指さす方向を見ると、確かにそこにはヤナギがいた。
「稽古場の入口で、何してるんでしょうね? 」
「さぁ……。少し聞いてくる。おまえは絆創膏貼ってろ。あ、後ちゃんと消毒もしろよ」
「はーい! 」
言われた通り勝負をするユリスを置いて、ブレイブはヤナギの元へ向かった。
ヤナギは手にフラスコや試験管などの器具が入った箱を抱えていた。
「何してるんですか、こんなところで」
「ブレイブ様。すみません。道に迷ってしまいまして……。ここはどこですか? 」
「ここは騎士の稽古場だ。ここは広いから、迷うのも無理はない。それで、どこに行く途中だったんだ? 」
「実験室です」
「実験室? 」
実験室は学園内にある。
外にある稽古場とは全然違った場所に位置しているため、いくら道に迷ったとはいえこんなところまで来てしまうことはない。
「先程まで花壇の方にいたのですが、途中先生にお会いして、多くの実験器具が入った荷物を抱えてらっしゃったので手伝いを申し出たところ、なら実験室まで運んで、と」
「先生が? 公爵令嬢に? 」
「私が頼んでさせていただいたことなので。ですが、肝心の実験室がわからず……」
「そうですか。なら俺が案内しますよ。ユリス、悪いが少し席を外す。おまえももう戻っていいぞー」
ユリスにそう呼びかけると、ユリスは「はーい」と答えて救急箱を閉めていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「教えてくださるのですか? 」
「はい。実験室ですよね? 」
「はい。ありがとうございます」
校舎に入って廊下を進む途中、ヤナギは沢山の実験器具を持って歩いていた。
そんなに重量はなさそうだが、公爵令嬢だけが荷物を持っていてその隣で手ぶらで歩いている騎士というのも絵面が悪いので手伝おうと手を差し伸べると、
「これは私の仕事ですので」
断られてしまった。
「じゃあ、手伝わせてください。これならいいでしょう? 」
そう言って再び手を差し伸べると、ヤナギは大人しくそれらをこちらに渡してきた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。よっと」
軽いだろうと見ていたが、そんなことはなく。
ブレイブなら難なく持てるが、貴族令嬢には十分な重さだろうというくらいの重量ではあった。
「……同じですね」
「ん? 」
階段まで来たところで、ふいにヤナギがそう呟いた。
「アイビー様も、同じことをおっしゃいました」
「アイビー様も? 」
「手伝わせてくれ、と」
「ああ」
確かに、アイビーなら言いそうだ。
恐らく前にも同じようなことがあって手伝いを断った時に、アイビーに言われたのだろう。
困っている人を放っておけない、それがアイビーの性格だ。一言で表すと、優しい。
階段を上がろうとしたところで、ヤナギが口を開く。
「階段は大変です。やはり私が……」
「いや、これくらいどうってことないですよ」
そうしてひょいひょいと階段を上っていくブレイブを見てヤナギも安心したのかブレイブの後に着いてきた。
「ここが実験室だ」
2階の角を曲がった所にある一番奥の部屋。
中に入ると薬の匂いが鼻につく。
「ここで、いいんですよね? 」
「はい。ありがとうございました」
「いえ」
実験器具を前の机に置くと、ヤナギはぺこりと頭を下げてもう一度「ありがとうございました」と感謝の言葉を口にした。
「人を助けるのが、騎士の務めですから」
騎士として当然のことをしただけだ。
「ですが、助かりました。ありがとうございました」
そう何度も感謝を述べるヤナギを少し微笑ましく思った。
だから、だろうか。
「じゃあ、今度俺が何か困っていたら、ヤナギ様が助けてくださいね? 」
つい気が緩んでしまって、貴族相手、ましてや公爵令嬢相手にそんなことを言ってしまっていた。
こんなお願い、冗談とはいえさすがに失礼だっただろうか。
手伝った見返りを求める騎士なんて、あまりに格好がつかないではないか。
訂正しよう。そう思い口を開こうとしたら、
「わかりました」
と了承の言葉がきた。
「え? 」
驚いていると、ヤナギが手を差し出してくる。
「約束です」
「いや、今のは冗談で……」
「助けます」
まっすぐな瞳でそう言われてしまうと、自分が言ってしまった手前訂正するのもどうかと思い、ヤナギの手を握ってしまった。
騎士が誰かに守られるなんてことあってはいけないのだが。
そんなこと、今のブレイブの頭からは完全に抜け落ちていた。




