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悪役令嬢に転生したので職務を全うすることにしました  作者: 白咲実空
第二十五章 それは、籠から飛び立つ鳥のように。
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「おお! こりゃあ見事なパレードじゃねぇか! 」

そう高らかに大笑いをするジャックの隣で、ローズは呆然とした様子で燃えていくブルーディムを見つめていた。

青い花弁が灰になっていくのを、目を見開いた状態で固まったまま立ち尽くしている。

「これは……蝋燭? 」

ローズの視界に入った2本の蝋燭は、未だブルーディムの花を燃やし続けている。

炎は留まる所を知らず、辺りには火の海が広がっていた。

このままでは、山火事になってしまうだろう。

「っ……! このっ……! 」

火を消そうと、ローズは蝋燭に手を伸ばす。

も、炎に包まれた蝋燭は、ドロドロになっている蝋の部分を掴むだけでも大変だった。

ヌメヌメして滑りやすくなっているし、何とか掴めたと思っても火が付いてくるため熱くて中々手に持つことすらできない。

「クソッ! 」

熱いのを我慢して、ローズはやっとのことで1本の蝋燭を握った。

勿論、火はついたまま。

「消えろっ! 消えないかっ……! 」

火を消そうと掌で包み込んだり、ぶんぶんと振ってみたりするも、効果はほとんど見られない。

火傷どころではすんでいない掌なんて構いもせず、ローズはひたすら目の前の蝋燭のことだけに集中した。

そうしている間にも、もう一本、メリアの放った蝋燭の火が、ここら一帯を真っ赤に染め上げている。

パチパチと燃える火の音を聞きながら、ヤナギは目の前の炎を必死に消そうとしている男を、哀れな瞳で眺めていた。

「このっ! 」

蝋燭を一旦地面に叩きつけるようにして置き、その上から自身の靴を重ねてすり潰す。

そうすると火は止まり、溶けた蝋の残骸だけが残った。

「貴様らよくもっ……! なんてことをしてくれる!? 」

「私はすべき事をしたまでです。それよりも、早く逃げましょう? このままだと、ローズ様まで死んでしまわれます」

「ふざけるな! 俺がこの日をどれだけ心待ちにしていたと思っている!? まだだ! まだ、俺は諦めていない! まだ、この花は使えるはずだ!! 」

「花は、咲くまでに燃やせば花粉が出ることもありません。私が見る限り、この花畑に咲いているブルーディムの花々は皆、壊滅的な状態になっていると思うのですが、それは私の目がおかしいのでしょうか? 」

「壊滅的だと? ブルーディムはまだ、試行を重ねれば何とか……! 」

「なりませんよ」

そう言ったのは、シードだった。

「貴方も見ているでしょう? 今の、この状況を。あんなに美しく青く輝いていたあの花は、もう1本足りともありません。全て、灰になってしまっている」

「俺は、俺は認めん! 誰が何と言おうと、俺は……! 」

「認める認めないの問題じゃなく、現実を見てください。そして、諦めてください。貴方の計画は失敗したんですよ」

「失敗だと……!? 」

いつも誰かを下僕として置いて余裕ぶっていた仮面が、剥がれ落ちる。

炎と同じくらい真っ赤に燃やした瞳からは、ヤナギ達に対する大量の憎悪が、ひしひしと伝わってくる。

「俺はまだここにいる! 俺は、ブルーディムと共に生きるんだ! 邪魔をするな! 」

このままでは、本当に死んでしまう。

既に火は下山として使用するはずだった山道にまで侵入し始めており、今急いで山を下りなければもう時間がない。

「っ……! ヤナギ、メリア、2人は先に山を下りてろ! 」

懸命な判断をしたアイビーが、切羽詰まったような声で、2人にそう指示を出す。

けれど、そう簡単に「はい分かりました」とは言えなかった。

「そんな……!? アイビー様達はどうなるんですか!? 私、役に立つために来たのに、このままじゃただの足でまといで終わっちゃうじゃないですか! そんなの嫌です! 皆で逃げましょう!? 」

メリアの意見に、ヤナギも賛成の意を示してアイビーを見る。

と、今度はブレイブが口を開いた。

「2人とも! ここはアイビー様の言う通りにして先に行け! 2人は、ここまでよくやってくれた……! もう十分だから! 」

「まだです! まだ、まだ何かできることが……」

メリアが俯いて悩み始める中、ヤナギはローズの元に駆け寄った。

「ヤナギちゃん!? 」

「ヤナギ!? 何してんだ! メリアを連れて、さっさと山から離れろ! 」

セルフからもそう言われるが、構っていられない。

ヤナギにはまだ、職務が残っている。

「ローズ様、早く逃げてください。貴方も、死にたくはないはずです」

「俺が死ぬ……? そんなことにはならない。何があっても、俺は最後まで生き残る。絶対にだ」

「根拠は? 」

「俺だからだ」

「それは理由ではありません。単なる肥大化した自意識、自尊心です。冷静に判断なさってください。今は、逃げるが吉です」

「誰が、おまえの言う通りになんか……! 俺に指図をするな! 虫唾が走る! 」

「でしたら、ご自分で正しい判断をなさってください。辺りは真っ赤に燃えていて、山を下りるなら今しかない。このタイミングを逃してしまうと、貴方はほぼ間違いなく死にます。山火事に巻き込まれ、一酸化炭素中毒になって死にます」

「……それはっ……」

「どうか、聡明なご決断を」

ローズには今、「自分は大丈夫だ」等という無駄な考えを取り払い、自分という枠に囚われることなく、周りの状態を自分の目で確認して、冷静な判断をさせることが必要だ。

迷っているのか、言葉に詰まったまま歯を食いしばってこちらを見てくるローズに、ヤナギは大きな声で言う。

「早く! 」

急かしてみる。

焦らせることで、決断力は早まるはずだ。

ローズは頭が良いので、ここまで言われればさすがにヤナギが何をそんなに焦っているのかくらいは理解できるはず。

というか、理解してもらわないと困る。

ヤナギ達の作戦も、失敗に終わってしまうから。

「……クッ! 」

苛立ちの声を吐くと同時に、重い腰を上げる。

覚悟を決めたように、ヤナギの方に目を向けてきた。

「ご決断、されたのですね? 」

「ああ。俺は先に、行かせてもらう」

言うや否や、ローズは走って先に下山していった。

「俺達も行くぞ」

「はい」

カルミアの声を合図にして、ヤナギも下山すべく元来た山道を引き返す。

火の粉が舞っていて、焼けるように熱い。

下っていくにつれて、息も絶え絶えになってくる。

「くるしっ……! けほっけほっ……」

「メリア、口を手で抑えなさい。出来るだけ、空気を吸わないようにして」

「わ、分かった」

ヤナギも、口に手を当て空気を吸わないようにして下山する。

転ばないように、けれど急ぎ足で。

日の波が近づいてくる気配を感じるも、決して慌ててはいけない。

急いだり焦ったりした行動は、事故に繋がりやすいからだ。

「……あれは? 」

険しい山道を下っていた途中、先に下山していたはずのローズが、道端で蹲っている姿が見えた。

こちらを振り向いたローズは、バツが悪そうに顔を顰める。

「ローズ様! どうしたんですか!? 」

メリアの声に、より不快感を強めた雰囲気を醸し出す。

見ると、ローズの足首には草のツルが絡まっていた。

つるには棘が生えており、無闇に触ると危ない。

「少し待っていてください! 今私が……」

ツルを掴み、足首から剥がそうと力いっぱい引っ張ってみる。

手から血が滲んでくるが、そんなの関係ない。

必死に引っ張っていると、アイビーがヤナギの手をツルから引き離した。

「ヤナギ! 火が……」

「ですが、放っておくわけには……! 」

「だから、俺も手伝う」

「貸してみろ」そう言って、アイビーはツルを手で持ち引っ張る。

すると、ブチブチブチ、と音がして、あっという間にツルはちぎれていった。

やはり、男性と女性では力に差がある。

その事を改めて思い知らされた瞬間だった。

「では、ローズ様」

行きましょう、という意味を込めて、手を伸ばす。

取ってくれないことは分かっていたが、それでも、もしかしたらという希望を込めて。

だが、予想通り、ローズはその手を取らずに自分の力で立ち上がった。

「ふん。迷惑をかけたな」

「そういうのはいいですから、今は一刻も早くここからで……」

と、言い終わる前に、ヤナギの視界は何故か反転していた。

「あ……れ……? 」

状況を整理する前に、衝撃が先にやってくる。

これは何の衝撃か……背中が痛い。転んだ? 後ろから?

「ローズ! どういうつもりだ貴様! 」

セルフの叫び声に、正常な意識がようやく戻ってくる。

ローズ? ローズが何か、してきたのか?

改めて自分の身体を確認してみると、腕や足、身体中に、先程ローズに絡みついていた物と同じツルが巻きついていた。

「これはいったい……っ!? 」

ちぎろうとするも、身体に力が入らない。

縛られているようで、固い。

「ヤナギちゃん!? 待ってて! 今助けるから! 」

「メリア……? 私は何が……」

「ローズ様、何でヤナギちゃんのこと、突き飛ばしたんですか!? 」

突き飛ばした? ローズがヤナギを? どうして?

「ヤナギ」

ヤナギを突き飛ばしたらしいローズが、さっきまでの不満そうな顔とは一転、楽しそうに口角を上げて、近づいてくる。

「ローズ様、何故……」

「植物は、好きか? 」

思ってもみなかった突然の質問に、脳が停止しかけるも、何とか奮い立たせて元に戻す。

どういう意図があってそんなことを言っているのかは分からないが、ここで変に時間を取るわけにはいかないため、とりあえず質問に答えておくことにしよう。

「はい。好きです。花も、木も……」

「そうか。だがな……」

顔を近づけて、にんまりと笑った口元が視界いっぱいに広がる。

「俺は、もっと好きだ」

火の粉が、ヤナギの頬に飛んだ。

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