プロローグ
少年は歩いていた。
暗い森の中で一人、なにも持たずに。
遠くでは何かの遠吠えが聞こえ、少年がそれに出会えば呆気なく死んでしまうということは想像に難くない。
だが少年は恐れることも足を止めることもなく、ただ歩き続けていた。
暫く歩いていると、少年の目の前に一匹の大きな狼が現れた。
その大きさは優に五メートルを越えている。
巨狼は低い唸り声を上げ、ゆっくりと少年に近寄っていく。
少年はそれに恐れることもなくただ虚ろな瞳で巨狼を見つめているだけだ。
そして巨狼との距離がなくなり、巨狼はゆっくりと少年を補食するため口を広げる。
その時巨狼はその場を飛び退いた。
その直後かなりの勢いで剣を振り下ろしながら男が現れた。
巨狼はその男を警戒して睨み付けるが、男はそれを意に介さず少年に話しかける。
「大丈夫か?怪我は……見た感じなさそうだが」
だが、少年は男の問いに答えず男の後ろを指差すだけだった。
「まぁ、そうだよな。あれが気になるか」
そう言って男が振り返ると目の前には巨狼が襲いかかってきていた。男はそれに動じることもなく手に握っていた剣を軽く一振した。その瞬間巨狼は細切れへと姿を変えた。
「これでよしっと。なぁ少年……っと」
男が再び振り返ったとき少年がフラりと倒れそうになっており、それを男がうまく支えた。
「はぁ、これはどうしたもんかねぇ」
男は一つため息をついてそう呟いた。
―――
少年が目を覚ましたのはベッドの上であった。
「……ここは?」
体を起こし、そう呟いて辺りを見回す。その場所はなんの変哲もない普通の部屋だった。そこにガチャりという音と共に扉が開かれた。
「おっ、目を覚ましたか」
そう言って部屋に入ってきた男は笑顔で少年に話しかけた。
「……僕をここに運んだのはおじさんなの?」
虚ろな目を男へ向けてそう問いかけた。
「まぁ、放っておく訳にもいかなかったからな」
「そっか、ありがとう」
「別に気にすんな。だが、なんで一人であの森にいたんだ? 危険だってことくらいお前くらいの年でも分かるだろ?」
男がそう言うと少年は顔を下に向け呟いた。
「……村がなくなったんだ。僕が出掛けている間に、多分なにかがあったんだと思う。家とか全部燃えて壊れてた。僕はそれを見て怖くなって走ってそこから逃げたんだけど……走ってるうちにだんだんとよく分からなくなってきて……」
「分かった、それ以上は言わなくて良い……辛いこと話させちまってすまねぇな」
「ううん、大丈夫」
「なぁ、お前行く宛はあるのか?」
少年はその問いかけに首を横に振る。
「そうか。それなら、ここに住め」
「えっ? どうして」
「行く当てもないって言ってる子供に、はいさようならって言えるほど俺は冷たい人間じゃねぇんだよ」
「でも、迷惑とかかけてしまうかも」
少年がそう言うと男は少し怒こった表情を浮かべた。
「子供がそんなこと気にしてるんじゃあねぇよ、子供のうちは大人に迷惑かけてなんぼだろ」
「でも……」
まだなにか言おうとする少年に呆れたような表情を向ける。
「はぁ、まだ言うか。それなら、お前には生きる術を教えてやる、それを全部覚えたらここから出ていく。ここにいる間は、自分のことは自分でやるこれでいいか?」
「何が良いのか分からないよ」
「細けぇことは気にすんな。今日からお前がここの住人だってことだけ覚えてれば良いんだからよ」
「ほんとに良いの?」
恐る恐ると言ったようすで少年が尋ねると男は表情を笑顔に変え少年の頭をくシャリと撫でた。
「何度も言わせんな、当たり前だ」
「……ありがとう」
少年はそう呟いて顔に少し笑みを浮かべていた。
「おうよ……って俺たちまだ名乗り合ってないな」
「うん、確かにそうだね」
「俺はグラムス=エルストール、呼び方はグラムで良い」
「次は僕だね、僕はシュン、シュン=カーレッジだよ」
グラムが手を差し出す。
「よろしくなシュン」
シュンがその手をつかむ。
「僕の方こそよろしく頼みます」
二人はそうして笑いあった。そのようすを窓から差し込む太陽の光が二人を優しく包み込んでいた。