ワタシの遠吠え
貴方は私のことを変わり者だなと言う。そこに悪意は感じられず、笑いながら私の頭をグリグリっと撫でる。それが、嬉しいのではあるが、せっかく手入れしているのにグシャグシャとするのはどうかと思う。ただでさえ癖毛なのだ。
そんな彼も好きなのだが、彼が言う相棒という存在も好きだ。
初めてその相棒とやらに会ったときは怖くて思わず逃げ出してしまった。
だって、その形状はゴツゴツしている上に、低い声で唸り声あげる奴なのだ。走るときには雄たけびをあげながら走る。
私なんかじゃ全然追いつけない。一度だけ、悔しくて後ろから追いかけてやった。だけど、その差は一切縮まらず、すぐさま遥か遠くへと消えてしまった。
結局、恐怖心よりも好奇心が勝った。彼の相棒が大人しくて、一切吠えないときに彼にアタックした。身をすり寄せての大胆なアプローチだ。
それが功を奏したのか、彼は私と会うたびに声をかけてくれて、微笑んでくれた。やったね私。
それから、何度も会う内に彼は怖がる私を羽交い絞めにして、その相棒とやらの上に乗せた。
怖くて怖くてたまらなかったけど、彼が大丈夫だからと言ってくれたので我慢した。私は尽くす女なのだ。彼の我侭くらい聞いてあげるのだ。よく分からないが、彼が何かをすると、その相棒はあの低いうなり声を上げて吠え出すのだ。びっくりして、相棒から落ちそうになったところを彼が優しく抱きとめてくれた。相棒ナイスだ!
だけど、相棒は先ほどとは比べ物にならないくらいの大声で吠え出す。私は怖くて、ひたすら彼の肩にしがみつきながら眼を瞑っていた。でも、風が私を優しくなでる。恐る恐る眼を開けると彼と私は、風の中にいた。写り逝く景色、彼の体温、遠くは近くにと迫る風景。空は青と白で、太陽は和やかに微笑む。時折、舞うピンクの花びらはとても優しい。相棒の吼え声も怖くなくなってきた。なんだか、勇気がでるたくましい声だと思う。私も負けじと元気に吼えてみる。そんな、私を見て彼はおかしそうに笑う。あ、ちょっとはしたなかったかも。
季節は過ぎ行く。私と彼は特に会う約束はしていない。でも、街角で、公園で、近所で、会うたびにデートをするのが暗黙の了解となっていた。もちろん、彼の相棒の上にも何度も乗せてもらった。だけど、そんな幸せな時間はふと終わってしまった。約束はしてない。だけど、私達に約束なんていらなかった。だから、会える筈だ。そう信じて歩き回った。毎日歩いた。だけど、彼も相棒もどこにもいなかった。彼の家の前でずっと立ち尽くしたが彼らは帰ってこなかった。いつしか、私は彼の家の前に毎日立ち寄り、待つことが日課となった。雨の日も、風の日も、雪の日も・・・・・・ずっと、ずっと。
何度目かのピンクの花びらが舞う季節にあの逞しい吠え声が聞こえた。
*
「あ、お前があいつの言ってた彼女か! これまた、可愛い子だな」
私をバカにしながらも、柔らかな笑顔で私を見る男。笑い方が彼に似ていたから、私は少しだけ近づいていき、腰を下ろす。彼の相棒はところどころ傷ついていた。よく分からないけど、前と雰囲気が少し違う。
「あいつな、死んじまった。峠を攻めているときに、ガードレールに突っ込んでな・・・・・・」
相棒に近づいて私はその言葉が、真実であると否が応でも信じさせられた。死の匂いが鼻を衝く。赤色の死の匂いがまだ残っている。
「ここ見てみろよ」
男が指差すところは相棒のお尻に当たる部分だ。そこには、私にそっくりな顔を模したマークが付いていた。
「変な話なんだけどさ、あいつ、嬉しかったんだろうな。あいつの周りはバイク乗ることに反対する奴ばかりだったからさ」
私は心が砕けそうだった。彼の笑顔をもう見られない。彼に頭を撫でてもらえない。彼と一緒に相棒に乗れない。もう、会えない・・・・・・。
相棒に負けないくらい大きな声で吠えてやる。天高く、彼まで届くように吠えてやる。馬鹿野郎と、ふざけるなと、最低だと、そして・・・・・・大好きだと吠えてやろう。
私=猫。彼=人間。相棒=バイク。
分かり難いですよね。すいません(汗)