第4話 にくきゅう薬局
薬局実習当日の朝、にくきゅう薬局へ向かう葵は緊張しながらも少し楽しみであった。
“実習は緊張するけど… 八雲先生が勧めてくれたんだから間違いはないはず… それに八雲先生の同級生なら先生のこともいろいろわかっちゃうし… ふふっ。”
最後に少し不純な動機が混じってしまったが、葵はあくまで一人前の薬剤師になるために実習はまじめに全力で取り組むつもりである。そう、その過程で偶然八雲の情報を聞いてしまうのはあくまで仕方のないことなのだ。
しばらくすると、伊里表病院の看板が見えてきた。伊里表病院は個人病院だが内科、泌尿器科、産婦人科、精神科など幅広い分野の病院だ。ちなみに、にくきゅう薬局は伊里表病院と津島歯科の間にある。伊里表病院の前を通り過ぎると、にくきゅう薬局が見えたところで葵は不意に立ち止まった。葵は薬局の看板に妙な文章が書かれていたのだ。
『猫が苦手な人は入らないほうがよいかもしれません(肉球マーク)』
“変なこと書かれてるけど… とりあえず入ろうっと”
そして入り口の自動ドアが開き、中に入ると葵はまた立ち止まった。
「何ですか…。これ?」
葵はそれを言葉にするのがやっとだった。薬局の中は葵が今まで見てきた薬局のどれにも当てはまらなかったからだ。薬局はまず第1に清潔さが優先される。なぜなら、薬局に来るということは当然その人は体調に問題を抱えており、見た目が汚い薬局では薬なんて貰いたくないだろう。この理由から薬局の中はシンプルな構造であることが多い。だが、薬局は確かにきれいではあるが… いろいろと変わった装飾であった。何が変わっているのかと言うと… 一言で言うとねこだらけということである。
薬局内がねこ関連のもので埋められていた。例えば、入り口には猫5匹の後姿が描かれた大人3人が並べるほどの大きな玄関マットで床や壁には猫の足跡、そうにくきゅうがたくさん描かれていた。ところどころに黒いシルエットの様々なポーズをとっている猫の絵も描かれている。そして窓際には猫の人形がたくさんあり、有名なジブリのジジや男爵も。そしてここではテレビはなく本がたくさん!しかも猫関連ばかり。絵本やマンガ、雑誌も全て猫関連である。一緒に売ってるお菓子も肉級だったり猫の尻尾だったり…。そこで葵はあることに気づいた。患者が座るイスの中に一つだけ、『キサラ』と書かれたイスがあった。
“他のイスには猫が描かれたりしてるけど、これにはないわね。しかもクッションとかあって他より豪華だし…”
そのとき葵は足に何か柔らかいものがあたる感触があった。驚いたが、その正体を見てすぐに落ち着いた。一匹の猫だった。さばとら柄で「にゃ~ん」と鳴きながら葵の足にすりすりしていた。
“か、かわいい。 でも、どうして猫が薬局内に?”
冷静になると、さらに疑問がわいてきた。
「あれ、あなたってもしかして桜庭さん?」
振り向くとそこには白衣を着た美人な女性が立っていた。年は八雲先生と同じだから27歳のはずだけど、なんていうか少し幼く感じる。きれいな栗色の髪で肌は白く、目は鋭い、が笑っているので優しそうではある。
「は、はい。私が今日からここで実習させていただく桜庭 葵です。よろしくお願いしまふ!」
葵は突然の状況に対応できず、途中でかんでしまっていた。昨日シュミレーションは何度も行ったが、ねこがいるという状況は想定できなかったのだ。
「ふふっ、緊張してるの? ロリ…八雲先生の研究室にいる子よね。彼とは同級生で名前は我流 美夜よ。これからよろしくね。」
我流は笑顔で答えた。
“よかった! 優しそうな人だ”
さっきの失敗を特に気にしてなさそうな我流を、見て葵は少し安心した。
「にゃ~ん。」
先ほどの猫が葵にふたたびすりすりしてきた上、上目遣いでこちらを見てくる。
「キサラがなでてほしいみたいだから、なでてあげてね。」
我流がほほえましい目で葵たちを見ながら言った。
「は、はい!」
また、予期せぬ事態に動揺しながらも、葵はその猫の頭をそっとなでた。
「みい~」
その猫は気持ちよさそうに鳴いた。
“このさわり心地… さらさらして気持ちいい。 …ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。”
葵は気を取り直して我流のほうを見た。
「我流先生、いきなりで申し訳ありませんが、どうしてここにねこがいるんですか?」