第31話 薬剤師の勉強会 その1
「久し振りに来たけど…。意外と人が多いのね。」
美夜先生は講演会場を眺めながら言った。今日私、桜庭 葵は先生と一緒に薬剤師の勉強会に参加しに来た。ちなみに薬局実習で薬剤師の勉強会は必須ではないが、1度くらいは経験した方が良いと思い、美夜先生に頼んで連れてきてもらった。
薬剤師の勉強会は、薬に関することから臨床、すなわち病気や検査に関することなど様々だ。勉強会を行っているところは大きく分けて3つあり、日本病院薬剤師会、日本薬剤師会、都道府県の薬剤師会がある。ちなみに今日は日本薬剤師会の勉強会で、内容は「薬剤師の副作用報告義務について」だ。
受講料500円を受付で払い、資料と認定シールを受け取った。この認定シールは認定薬剤師や専門薬剤師の資格を取るために必要で、薬剤師の場合はこれを目的として勉強会に参加する人も多い。ちなみに美夜先生はこの認定シールを集めるのをやめたようで、勉強会自体にほとんど参加しないらしい。なんでも自分の部屋で勉強した方が集中できるからということだ。
「でも最近、この認定シールが売ってあることに気づいたわ。」
「え? どういうことですか?」
確かに勉強会の受講料を払ってシールをもらうので、「買った」という表現も正しいけど…。
「メルカリやヤフオクによ。すごいわよ、1点5000円くらいで買ってる人がいたわ! なんやかんやで、シールを集めるのは大変だし、いらない人はいらないしね。」
「でもそれって…」
「ま、ルールはないしね。倫理の問題よ。こういう面もあるって知ってるだけでも役立つわよ?」
知ってはいけない暗い面を知っちゃった。まあ、気を取り直して…。
「今日やる副作用報告義務ってなんの薬について何でしょうね?」
私はもらった資料を眺めながら答えた。資料の最初にはサリドマイドやスモンなど過去の薬害についての歴史が記載されていた。
「まあ、特に決まりはないわね。とりあえず全部よ。ハチミツだろうが漢方だろうがね。」
美夜先生はスマートフォンをいじりながら言った。
「ハチミツ…ですか?」
漢方は分かるけど、ハチミツはお菓子だ。私が分かっていない表情をしてると美夜先生ははっとしたような顔になった。
「ああ、日本薬局方についてはあんまり勉強しないわよね? まあ代表的な医薬品について国が定めたものがあるんだけど、その中にハチミツがあるのよ。不純物があんまりないからそこら辺のスーパーで売ってるやつより体にいいわよ!」
美夜先生は、少し笑いながら答えた。
「ちなみに先生は食べたことが?」
「ええ、あるわよ。今も冷蔵庫や棚にストックがあるわ! 1個いる?」
「え、でもあれって医療用なのにどうしやって手に入れたんですか?」
「ああ、表示ミスとかで廃棄予定のものをもらってるのよ。まあ、知り合いがいるからできることだけどね。」
「…それって大丈夫何ですか?」
医薬品は法律で販売は厳しく定められている。そもそも廃棄予定をもらうのはありなのだろうか。
「え、薬剤師免許持ってる同士が渡してるから問題ないわよ。まあ、私がこれを転売したらもれなく捕まるけど自分で使う分には問題ないわ。まあ、自分に処方出して3割負担で買ったり、MRに採用したいからサンプルとして1箱よこせとか言う医療関係者よりましでしょう?」
「それは…」
確かにひどい。というかそんな薬剤師いるんだろうか…。
「あら、我流さんじゃないですか?お久しぶりですわね。」
金色の髪をなびかせた美人な女性が近づいてきた。彼女の見た目は髪の色のせいか派手に見えるが、隣にはおっとりした黒髪の女性なので、少しちぐはぐだ。
「久し振りね。天宝時さん、それに音梨さん」
美夜先生は少しめんどくさそうな顔をしながら答えた。
「えっと、先生こちらの人たちは?」
「ああ、大学時代の同級生よ。2人とも、この子は私の薬局に実習に来ている桜庭さんよ。」
ぺこりと会釈する。
「へえ、あなたが実習生とるなんて珍しいこともあるのね。今年は地震で日本列島分断でも起こるんじゃない?」
天宝時さんはクスクスと笑いながら言った。そこまであり得ないことなのかな。
「ちょっと、レンちゃん。やめなよ。」
おとなしそうな女性、音梨さんだったかな?が天宝時さんのそでを引っ張りながら言った。そのしぐさは女の私でもかわいく見え、男の人にやったら恋に落ちてしまいそうだ。
私が音梨さんを見ていると、彼女はハッとした顔になると、私の方に近づいてきた。
「あ、ごめんね。まだ自己紹介してなかったね。私は音梨 牡丹。よろしくね、桜庭さん」
にっこりと笑顔であいさつしてきたので、私も急いであいさつを返した。この人は見た目も中身も優しそうだ。
「そして私は天宝時 蓮よ。桜庭さんは、あんな野蛮人に教えられて大変だろうけど頑張ってね。」
「だれが野蛮人ですって? 七光りさん?」
美夜先生と天宝時さんは笑顔のままをにらみ合い、音梨さんがやれやれといった表情で見ている。
「先生たち止めなくてもいいんですか?」
「あの二人はいつもこうなのよね。まあ、あいさつみたいなものだからそんなに気にしなくて大丈夫よ。」
あいさつが喧嘩ってそんな…。
『お集りの皆様、お待たせしました。それでは、本日の勉強会『薬剤師の副作用報告義務について』を始めさせていただきます。本日公演をしていただく方は、医薬品医療機器総合機構 安全性情報・企画管理部 村本さんです。村本さんは…』
「ほらほら、2人とも勉強会始まるから席に着こうね!」
音梨さんはそう言うと、2人の間に割り込んだ。
「ふん、我流さん。学生実習なんて言う簡単なもので私を失望させないでくださいね。」
「あたりまえでしょう?そっちこそ、あなたのお家に恥じないようにね。」
天宝時さんと、音梨さんが去った後、美夜先生を見ると、少しうれしそうだ。
まったく仲がいいんだか悪いんだか。
『それではみなさん、お手元の資料の…』
とりあえず、今日の目的は勉強会だから集中しようっと。そう思い、資料の文字を追い始めた。




