第14話 失恋と教訓
「八雲先生、僕は…僕はもう終わりです!」
そう言いながら文也はだらしなく号泣している。先ほど文也が泣きながら研究室にいる八雲のところへ来て、追いついた明が詳しい説明をした状況だ。幸いにも、今の時間帯は講義や実験のおかげで、研究室の談話スペースには八雲以外いなかった。今は八雲、文也、明の3人が大学の近くにある個室居酒屋「ちゃしろ」で飲んでいる状態だ。要するに文也を慰めているのだ。ちなみにこの中で文也だけが葵が八雲のことを好きなことに気づいていない。
「ま、まあ、七條君、落ち着いて。ほら、ここのアスパラ炒めおいしいからちょっと食べてみて!」
「っつ。ぐすっ、ありがとうございます…」
まったく、ここまでみっともない顔をさらす大学生もめずらしいなとおもいつつ、八雲はハイボールを口に含んだ。ちなみに酒に弱いというわけではないが、大学時代には酒には苦い思い出が多いので先ほどからちびちびとしか飲んでいない。
「そうそう、今日のことはお前にとって絶対今後のためになるって! ほら、ここのカクテル、ちょっと変わったのが多いんだぜ。メニュー見てみろよ!」
明はそう言いながらメニューを文也の目の前に置いた。ここのカクテルは30種類ほどあり、すべて聞いたこともない名前ばかりだ。
”しっかし、ここの居酒屋って初めて入ったけど、変なカクテルばっかだな。淡い初恋、失恋、ぶろうくんはーと(涙)…”そこまで見た瞬間、明は急いでその部分を小皿で隠した。
「やっぱり俺が頼んどくわ!すみません、この”愛猫に送る愛”ってやつと”素直になれない”を1つずつお願いします!」
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「しっかし、八雲先生の同級生って美人ですね? 我流先生でしたっけ?」
明は酒が入り、少し陽気な気分になっていた。ちなみに文也は酒に弱く、すでに顔が真っ赤だ。
「我流さんね… 確かに見た目はきれいなんだけどね…」
「確かにちょっと変わってましたけど… あの見た目だったら大学時代相当モテてたんでしょうね?」
「う、うん。確かにね。でも、彼女結構気が強いし、どうでもいい人は無視してたから…、あ!そうだ。そういえば、僕の大学時代なんだけどもっと悲惨な人がいたよ。」
とりあえず、今は七條君が元気になることが先決だからいいよね?と思いながら語り始めた。
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(大学時代)
「う~ん、かわいいわね。こちょこちょ~」
茶髪のきれいな女の子が笑顔で黒い野良猫のおなかをくすぐっていた。黒猫は気持ちよさそうににゃ~と鳴いている。普通野良猫はここまで人に甘えることはない。だが、彼女、我流美夜は2週間前から講義の合間合間にビーフジャーキーを与え、完全になつかせていた。今では美夜を見つけると猫の方が走ってくるほどである。ちなみにこの猫は薬学部棟の駐輪場付近のベンチによくいるため、人通りはまあまあある。
「おい、あれ我流さんじゃね?」
八雲の友人の一人、小林が答えた。
「お前ら、目を合わせるなよ。ろくなことにならないからな…」
八雲は美夜を見ると警戒するような目つきになっていた。
「何ビビってんだよ。でも、我流さんかわいいところあるんだなあ。講義室じゃあ笑ったところなんて見たことないけど。」もう一人の友人、木崎が言った。
「それはお前が仲良くないからだろう。女の子同士なら笑顔で話してたじゃん。男はあいつ以外で話してるとこなんて見たことないよな…ておい、あの我流さんに近づいてくるやつ!」
八雲たちが見ると背の高い男が近づいていた。その人は医学部の先輩で高学歴、高身長、金持ちの3Kを満たした学内では有名な人物、草凪 夕だ。しかもまじめでかっこいいので女子からは当然大人気である。
「我流さん、話したいことがあるんだけど、今いいかな?」
「あなた… にくきゅう結構固いのね… まあかわいいから関係ないけどね~」
美夜は草凪の話が全く聞こえてないようで、相変わらず猫と戯れている。
「我流さん! 話したいことが…」
「うるっさいわね! 私は忙しいから話しかけないでくれる!」
美夜はうざそうに対応している。一方草凪はショックを受けているような顔だ。当然だろう。生まれてから今まで特に苦労もなく、過ごしてきたのだ。まず、他人が自分に無関心というのが初めての体験だった。
”この私が無視されるなんて… いや、待てよ。もしかしたら彼女は極度の恥ずかしがり屋なのかもしれない!そうじゃないとこの私が無視されるだなんてありえないだろう… よし、ここは彼女の気持ちを第1に考えてっと。」
「ごめんね、我流さん。驚かしちゃって。私と話すのを緊張してるんだね? 心配しなくても大丈夫だよ。君が僕のために…」
その言葉の先を言うことができなかった。なぜなら美夜のけりが草凪の股間に直撃していたからだ。そのシーンを目撃していた八雲たちは気のせいかもしれないがミシッという音が聞こえた気がした。そして無意識に自分の股間を手で押さえていた。
「!!!」声にならない悲鳴を上げる草凪。しばらくして、痛みを我慢しながら起き上がる。その顔は苦しそうでとても痛々しい。
「ど、どうじて…」
「だってうざいし… 見てて気分悪くなるからどっか行ってくんない?ていうか失せろ。」
美夜は笑顔で言った。
「うっ。お、お前なんて最初っから何とも思ってなかったからな!」
そう言いながら、草凪は走り去っていった。
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「ということがあったから、あんまり気にしなくていいよ?」
「す、すさまじい話ですね…、でもなんだか元気が出ました… ありがとうございます。」
文也は落ち着いてきたのか少し笑顔を見せるようになった。
「七條君が元気になってくれてよかったよ。とりあえず気にしないことが一番だよ。今日のこともいい勉強になったと思えばさ。多分、今日のことは君を大きく成長させたと思うよ。」
「せ、先生…」
文也はまた泣きそうだった。
「そんなわけないでしょう?」
突然、そんな声が聞こえたかと思うと個室の扉が開いた。
そこにはどや顔の美夜が立っていた。




