『糸守世界という人』
「何言ってるんだよ、俺は尾崎真倉だぞ。それ以外の何物でもないだろう?」
「なんとなくわかるよ、君だって僕のことを知っているんじゃない?」
「そりゃ知ってるさ、友達だろ?」
「ふふふ、そうじゃないよ。君は僕の隠していることすら知っているでしょ?」
「……何のことやら」
糸守世界。
よく恋愛ゲームにいる主人公の友人ポジションである。
中性的な顔立ちと声、アルビノという設定があり白く透き通るような肌と白髪がトレードマークだ。
座右の銘が『三度の飯より飲み物が好き』だと自称しているほど飲み物をこよなく愛している。
何よりの特徴が男子生徒の服装を着ている女子だということだ。
まあ最近のゲームでは割と見かける設定かもしれないか。
今では攻略Wikiに普通に載っている情報だが、この情報が出てくるのは今回目指している世界の好感度マックス状態での破局エンドのみということもありなかなか判明しなかったので、世界が男なのか女なのかしばしば激論が発生していた過去がある。
朱い春スレに世界の告白CGが貼られたときの荒れっぷりはさすがの俺も笑わせてもらった。
しれっとネタバレしたが世界の好感度マックス時の破局エンドは最終的に世界と付き合うことになるという、朱い春唯一のハッピーエンドである。
一応破局エンドは好感度マックスじゃなくても世界との友情を感じられるいいエンドなのだがせっかく目指すならこっちだろう。
「おーい、聞こえているのかい?」
「ああ、悪いな。ちょっと考え事をしてたんだ」
「ふーん、どの道を行こうか迷ってるのかな?」
「あいにく俺は最初から行く道を決めているのさ」
「そうかいそうかい、それなら結構。ところで僕に何か聞きたいことはあるかい?」
「ん?ああ、そうだな……」
世界の役回りは先ほども言った通り主人公の友人ポジションだ。
ヒロインに関する情報や知人に関する情報、デートスポットや様々なパスワードや手順などを教えてくれる役回りである。
多少教えて貰える項目が多すぎる気がしないでもないが世界というキャラの真骨頂はそこではない。
『【初めまして】世界と一番最初に喋ったときのセリフのパターンって何種類あるの?【糸守世界だよ】』
というスレがほぼすべてを物語っているのだが、世界はセリフのパターンが非常に多い。
まさにこのスレで話題になった一番最初に話した時のセリフを例として挙げると
「初めまして糸守世界だよ、いやまあ僕と君は友人だけど今は言っておくべきだと思うのさ」
「やあ、悪夢はもう見終わったのかい?僕が何か聞いてあげようか?」
「なんだい?真倉君、僕に用はないんじゃなかったのかい?」
「おや?僕に嫌われるロールプレイはやめたのかい?」
「おかえり真倉君、友人に戻った僕と話をしようか」
などなど非常に多種多様な発言を聞くことができる。
一応説明すると上から一週目、全滅エンド後ロード、世界と一度も話さずにエンド後ロード、世界の好感度が低い状態でエンド後ロード、世界と付き合うエンド後ロードだ。
正直な話パターンまだまだあるので覚えてない。
とにかくこんな感じなので『開発のお気に入り』やら『中の人疑惑』やらも言われている。
実際のところ開発のお気に入りどころか人気投票でヒロイン三人ぶっちぎって余裕の一位に輝いたみんなのお気に入りである。
「ねえ真倉君、大丈夫?具合悪いの?」
「いやごめんな、お前はみんなの人気者だよなって考えてたんだよ」
「え、いやいや別にそこまで人気者じゃないと思うんだけど」
「俺も世界のことが好きだぞ」
「おおう、ずいぶんと褒めてくれるね。おだてたってなにも出ないよ」
白い肌を少し赤く染め笑う世界はなかなか絵になっていた。
そもそもが中性的な顔をしているので普通に照れているだけでかわいく見えるのは反則だよなとも思う。
「それで結局僕に何か聞きたいことがあるのかい?」
「聞きたいことか」
朱い春を何十回と周回し、称号も全部埋めた俺からするとこのゲームの情報は大体頭に入っている。
唯一一つだけまだこの世界で確認できていない割と大切なことがあるのだが、それはさすがの世界でもわからないはずだ。
いや、一応聞いてみるか。
「絃先輩って知ってるか?佐寺絃っていう3年の女子なんだが」
「佐寺先輩?知ってるよ、クールビューティっていうのはああいう人のことを言うんだよね」
「その佐寺先輩が制服以外の服を着てるのを見たことはあるか?」
「制服以外?あー、どうだったっけ?見たことあるような気もするようなしないような……」
「水色がかった白よりの7分丈シャツと紺色のジーンズを着てたかってことなんだが……」
「それは見たことないような気がするよ。あ、そういえば佐寺さんって休日でも制服着てるっていう噂があったような気がするよ」
「ナイスだ世界、その情報はかなり役に立つぞ」
「そうなの?今のが?」
絃が制服以外の立ち絵パターンがないということはこのゲームはパッチ搬入前だ。
朱い春では一度だけパッチを配布しており、何個かの不具合の修正やちょっとした追加要素があった。
絃というキャラの服装の追加はパッチによるものだったはずなので恐らくそういうことなのだろう。
つまりこのゲームでは『路地裏タイムリープ』も使えるし『ヒーロー私を殺して』も起こるということだ。
路地裏タイムリープは非常にありがたいが、ヒーロー私を殺しては場合によっては詰みである。
いや一長一短だな、パッチ。
ただセーブができないこの状況だと路地裏タイムリープが使えるのはかなりありがたい。
トラックイベントの回避がいくらか簡単になっただけマシとみるべきだろう。
というか俺今更だがパッチ搬入後のゲームだったらどうやってトラックイベント回避する気だったんだ……?
「真倉君、顔真っ青だけど本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ、うん、パッチ入ってるから本当に大丈夫」
「僕が人の言っていることを理解できないのは久しぶりだなあ……」
パッチ搬入前だから仕方ないね。
そんな世界だけどパッチ搬入後だと
「パッチって知ってる?穴を塞いでなかったことにする!便利なものだよね」
みたいな発言がちゃんと用意されていたりする。
さすせか。
「まあ聞きたいのはとりあえずそんなところだな、ありがとう世界」
「いいよいいよ、僕も君の役に立てたみたいで嬉しいよ」
ここで休み時間の終わりを告げるチャイムが学校に鳴り響く。
どうせ午後の授業も記憶カットされるのだろう。
きっとすぐに場面が放課後になり、最初のイベントが始まるのだ。
だが怖がることはない、今から起こるイベントは最初で最後の危険性のないデートなのだから。
おまけの一口メモ
糸守世界
ゲーム時代の時点で開発者の意思疎通が取れていなかったのか何なのか
開発者自体が「こんなセリフ知らねえ」というコメントを残しているようなセリフを喋ったり
主人公の動向やセーブ状況、周回回数に合わせて
セリフを変えてくるいろんな意味でイレギュラーなキャラ。
実は立ち絵のあるキャラの中で世界だけイラストレーターが違う。