『ランダムエンカウントの恐怖』
いろいろ不穏な空気が流れてるような気はするがとりあえずはデートに集中である。
とはいえここまで来る最中と同様とりあえずは散歩しながらのお話だ。
「さすがに桜は散ってますね」
「逆に7月まで咲いてる桜があったら革命なんじゃないか?」
「それいいですね!一年中花見ができたら素敵だと思いません?」
「どうだろうね、案外桜は期間限定だからこその人気があるのかもしれないよ?」
「なるほど、確かにそういう考え方もありますね」
デートでする話なのかはよくわからないが、正直デートらしい会話がまったく頭に浮かばないので話の流れに乗るしかない。
『女の子と話すために必要な7つのこと』をもう一回読む必要がありそうだ。
「そういえば尾崎先輩って今まで誰かと付き合った事ないんですか?」
おっと危険球。
「残念な事にあんまり俺はかっこよくないからね、むしろ歌方さんが告白してくれた事が不思議だよ」
名言はしない、つっこまれたら逆に逃げ場が無くなるその場しのぎの返答だけどな。
「尾崎先輩はかっこいいと思いますよ!ゆめのヒーローですから!」
「ヒーローなんて言われるようなことはやってないと思うけどね」
この馬鹿が覚えてないからなー。
「……本当に覚えていないんですか?」
ん?
「小学生の頃にあったことなんですけど」
あれ?早いな。
でもそこまで好感度上がってるようには見えないからちょっとイベントがずれたか?
「小学生の頃?」
「そうです、と言っても先輩とは違う小学校でしたけどね」
そうなの?
その情報は初耳だ。
「ゆめが5年生のときなので先輩は6年生のときです」
「6年生のときか……」
ゲームの時よりずいぶん詳しく教えてくれるな。
新情報を入れてくれるのはアカハラーとしてこの上ない喜びだよ。
「ゆめ、誘拐されそうになったんですよ」
「……もしかしてあの時かな?」
ここらで思い出しとけばそれっぽいような気がする。
と言うかゲームでは『昔助けられた事がある』だけで全部思い出してたし。
「思い出してくれましたか?その日は帰るのが遅くなっちゃって一人でして、突然男の人に話しかけられました。怪しいって思って逃げようとしましたが腕を掴まれちゃったんです。もう駄目だって思っていたら先輩が現れました」
まあわかりやすい背景だな。
誘拐のテンプレと言えばテンプレ。
そんなテンプレあって堪るか。
「あのときの先輩はすごかったですね」
「そうかな?」
「ためらい無く自転車で突撃するって結構勇気が要りますよ」
「ふっ」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
おい尾崎、そんなアグレッシブな救助したとか聞いてねえぞ。
吹き出しちゃったじゃねえかどうしてくれる。
確かに小学生の尾崎がどうやってゆめを救ったのか疑問だったが自転車特攻だとは思わないだろ。
「その時から尾崎先輩はゆめのヒーローなんですよ」
「あの時はつい体が動いちゃっただけだけどね」
多分尾崎ならこう言うと思う。
実際にところがどうだったのかは俺にはわからないので推測で話すしかない。
「でもあのヒーローが尾崎先輩だってわかったのは実は最近なんですよ」
「あれ?そうなの?」
「だって先輩名前言ってくれなかったじゃないですか!『名前出したら傷害罪になりそうだから』とか言って!」
尾崎お前小学生のときからそんな面白いやつだったのか。
俺お前に成り済ましきれないかもしれねえ。
「ん?じゃあ結局なんで俺がそのヒーローだってわかったの?」
「学校で尾崎先輩を見かけた瞬間にわかりましたよ。あのときのヒーローだって」
「……それは嬉しいな」
あらあら恋愛ゲームしてるー。
ちょっとちょっと、ジャンル変わっちゃうのでは?
「あ、尾崎先輩見てください!」
「どうしたの?」
「きれいな櫛が落ちてます!誰かの落し物でしょうか?」
緊急事態発生!!!
「ゆめ悪い!」
「え!?なんですか!?なんなんですか!?」
俺は即効でゆめをお姫様抱っこし道をそれる。
やばい、思ったより重い。
これが巨乳の重み……!
「ど、どどどうしたんですか先輩急に!!」
「櫛を拾うのは苦と死を拾うと言われるめちゃくちゃ縁起の悪い行動だ!」
「それがどうしたって言うんですか!!」
「虫の知らせアラームだ!奴が来る!」
「なにを言ってるんですか先輩!!」
くっそ一日目から来やがった!
恋愛っぽいイベントが来たかと思えば即効でこれか!
さすがだな朱い春!
ちょっとした木陰に隠れ先ほどまで俺たちが歩いていた道を見渡す。
……来た。
佐寺絃さんの登場である。
虫の知らせアラームから大体1分と25秒後に登場だ。
公園は視界が通るせいなのか、ゲームの時でも虫の知らせアラームから絃ロール発生までの時間が早いという仕様があった。
どうやらそれは現実にも引き継がれたらしく本来の絃ロールよりも早めに登場している。
ただ怖いのはこれが本当に公園だったからなのか、それとも現実になって変わったのかがわからないという事だ。
検証には回数を重ねなければいけない、できればあまりお会いしたくないものだが。
絃は別に周りを気にする事も無くただ悠々と去っていった。
絃ロール回避成功だな。
心臓ドッキドキである。
いくらゲームで慣れたとはいえ今は現実。
失敗すれば死人が出るともなれば動悸の加速も無理は無いだろう。
さて、今から考えなくてはいけないのはゆめにどう今の奇行を説明するかだ。
下手な事をいって余計に怪しませても困る。
かといって馬鹿正直に『もう一人の彼女と鉢合わせしそうになった』なんて言った暁には、目の前でキャンプファイヤーが始まってしまいかねない。
そういえばなんでさっきからゆめ一言も話さないんだ?
ひょっとしてもうばれた?
詰んだ?
なんだかんだ下ろすタイミングが無かったのでいまだにお姫様抱っこ状態だったゆめに目を向けると、なんとなく幸せそうな顔をして目を回し気を失っていた。
……これはチャンスだな。
◆◇◆◇◆
「うーん?」
「目が覚めた?よかった、急に倒れたから心配したよ?」
「あれ?ゆめ倒れたんですか?」
「うん。ごめんね倒れるまで気付けなくて、ちゃんと休憩を入れるべきだったね」
「いやいや、大丈夫です!ゆめ自身舞い上がってて体調に無頓着になってたようですから!」
ひとまず気絶したゆめを木陰に移動させ、なぜか持ち物に入っていたハンカチを一応持っておいたおいしい水(ランダムドリンクはずれの1本)で濡らし額に乗せておいた。
正直こういうのに飲料水使っていいのかわからないが、水道を探しに言っている最中にゆめが目を覚ましたら困るので仕方ない。
「なんだか素敵な夢を見たような気がします」
「へー、どんな夢?」
「尾崎先輩がゆめを名前で呼んでお姫様抱っこしてくれた夢でした」
「……それは、面白い夢だね」
これ、鎌掛けられてるっていう認識でオーケー?
「でも夢の中の尾崎先輩は普段とちょっと違いましたね」
「違うっていうのは?」
「そうですねー、なんというか自然だったんですよ」
あの時は焦ってて軽く素が出たからだろう。
しかしこのゆめの発言によって尾崎に不自然な部分があるという事が地味に判明してしまった。
もっとうまく成り済まさなければ絶対どこかで躓く事になってもおかしく無い。
「それは普段の俺が不自然っていう事かな?」
「いやいや!そういうわけではないんですよ!?ただ、いつもよりわかりやすく感情が動いていたので……」
「感情?」
「あっ」
え、なに『あっ』って。
怖いからそういうのやめてくれないかな。
「いやあの!ほら!ずいぶん慌てふためいていましたから珍しいなって!」
どちらかといえば今慌てふためいているのはゆめ、君のほうだ。
しかし慌てている理由がわからない。
おおよそ何かを隠しているのだろうと思うのだが、それに該当しそうなものが考えつかない。
ゲームのときはこんな慌てふためいてまで隠そうとする情報無かったぞ?
という事は十中八九現実になった事による性格等の変更から来ていると思われるのだが……
うん、とりあえずスルーでいいだろう。
他人が隠している事を根掘り葉掘り聞くような趣味は俺には無い。
少し惜しい気はするけどな。
「俺が慌てふためいてたのか、それはなかなか面白いね」
それを聞いたゆめは妙に拍子抜けしたような顔になった。
珍しいなこの表情、写真にでも取って保存しておきたい。