『人はそれを不具合とでも呼ぶだろう』
こんなに買い物ばっかりしているとこのゲームが一体何なのかわからなくなってくるが、基本的な買い物は今日で終わりなので安心してほしい。
そもそも『世界の毎日ドリンク』さえやらなければ買い物はほとんど死にコンテンツだ。
じゃあお金いらないんじゃないの?と思う人もいるかもしれないがそれもまた違う。
普通の恋愛シミュレーションを考えてほしい、というか普通の恋愛を考えてほしい。
デートにはお金がかかります。
昨日の加奈とのデートは電車にも乗らないし入場料を取られるような場所でもなかったから勘違いしているかもしれないがこのゲームはデート中に結構お金を取られるゲームだ。
それどころか朱い春はなぜか知らないが入場料も移動代も食事代も何もかも全部主人公が驕る。
なぜだ尾崎真倉。
お前初期の所持金3000円なんだぞ。
なぜそんな真似をするんだ。
ゲームの主人公に文句言ったところで、今のこの状況では高度な自虐になるだけなので終了。
何よりも今の俺はお金持ちだ、文字通り金ならいくらでもある。
0にならなければそこからいくらでも増やせるしな。
圧倒的な犯罪臭。
偽札とかではないんだけど。
そもそもこのお金記番号とかどうなってるんだ?
捕まったりしないよな……
まあゲームの仕様も社会の闇も俺には知ったこっちゃねえって感じなので普通に使うけどな。
とにかく今回行きたいのは昨日行けなかったスーパーと朱い春名物はずれさんである。
位置的にスーパーのほうが学校の近くにあるので先にそっちから行くとしよう。
◆◇◆◇◆
という訳で打って変わってスーパー『サマルカンド』前。
今更思えばネーミングセンスが謎。
……あれ?そういえば買える前提で動いてきていたが、ちゃんと食材は買えるんだろうか?
確かゲーム内では選択肢的に飲み物とちょっとしたお菓子しか買えなかったはずだ。
とりあえず俺は他の店より安いという宣伝文句が貼られた大根に手を伸ばす。
伸ばした手は大根をすり抜けた。
なるほど、当たり判定が存在していないらしい。
次に俺はでかでかと広告の品という値札が付いたキャベツに手を伸ばす。
「アバチュン」
キャベツに手を触れようとした瞬間体に電撃が走った。
静電気EXみたいな衝撃に俺の髪が逆立ち、鳥肌が立つ。
俺は頭を抱え膝をつく。
周りの人にめっちゃ見られているけどしょせんモブの視線だ、捨ておけ。
嘘だろ、ここでゲーム要素突っ込んでくるのかよ。
いや確かにゲームでは買えなかったよ。
そりゃあ買う必要がなかったからな。
でも今は現実なんだよ。
腹減るんだよ。
餓死するんだよ。
とはいえ朱い春としてはこれが当然であり必然なわけだ。
だとすれば今までの食事関係のイレギュラーはなぜ大丈夫だったのかという疑問がわいてくる。
自問自答。
ラーメン屋には入れたのはなぜか、あれはゲームでは尾崎が一人で行くのは嫌だと拒否するから入れないわけであり現状では尾崎(俺)が行きたいと思ったから入れたのではないか。
世界が作ってきた弁当を食べられたのはなぜか、あれは一種の世界との食事イベントというようにゲーム側に受け取られたからではないか。
自問自答終了。
自問自答の結果、俺の食事は誰かしらと一緒に取るか、外食するかの二択ということになった。
まあ多少面倒ではあるが全く食事ができずに朽ち果てるよりは100倍マシだろう。
今更考えれば尾崎が料理を作っている描写もゲーム内にはなかった。
下手すれば食材は買ったのに謎の力によって料理ができないみたいな、ひどく素敵なことになっていた可能性もある。
そう考えれば店の時点でわかりやすく買えないということを提示してくれたのはありがたいものだ。
……一応、最終確認のためにリンゴに手を伸ばす。
何らかの強い力を感じる。
超強力な扇風機を前で回されているような。
後ろから強い力で引っ張られているような。
だが行ける、この程度なら抗える。
もはや何と戦っているのかわからなくなっている。
ただこのリンゴを手に入れたいという心持だけでこの不条理をそのまま表したかのような謎の力に逆らう。
「やっ」
やっとの思いでリンゴに手が届いたと思った瞬間俺の体は店の壁に打ち付けられていた。
「ゴフッ」
せ、背中が……
「あの、大丈夫、ですか?」
俺の様子を見ていたらしい店員が若干引き気味に俺の顔を覗き込む。
なぜ引かれなきゃいけない。
俺はただゆっくりとリンゴに手を伸ばし唐突に壁に吹き飛んだだけだぞ。
俺が傍から見てたなら爆笑すると思う。
「すいません、ちょっと万有引力が暴走しまして」
「は、はあ」
「壁は大丈夫でしょうか?結構な勢いでぶつかってしまったんですけど」
「え?ええ、壁は大丈夫なんですが」
「なら問題ないです。ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「そう、ですか」
俺を心配してくれた心優しい店員さんは、最後まで俺をやばいものを見る目で見てくれた。
自分が原因だから文句は言えないけど、目は口程に物を言うということを覚えておいたほうがいい。
これ以上ゲーム内で買えなかった商品に手を伸ばすと店を物理的に潰しかねないので実験は終了。
何の青果も得られませんでした。
食材が買えない以上いつまでもここにいるのは虚しくなるだけだ。
俺はコーヒー牛乳、カフェオレ、醤油、ノンアルコールビール、青汁、眠気覚ましを購入し店を出る。
地味にノンアルコールビールを制服姿で買っているんだが、研修中のネームプレートを付けたレジのおばさんは華麗にそれをスルー。
無事購入できたのはいいのだがこの店は大丈夫なんだろうか。
まあいい、さらば『サマルカンド』。
食材が買えない以上二度とここに来ることはない。
現在時刻は17時21分、若干重くなった鞄とともに商店街を駆け抜ける。
運が悪ければ莫大な時間がかかるのだ、もたもたしてなどいられない。
◆◇◆◇◆
商店街も駅近辺も住宅街も通り抜けやってきたのは町はずれ。
ゲーム内マップで実際に名前が町はずれだったからそうとしか形容しようがない。
さて、こいつはなんだかんだ逸話の多い物である。
「やっぱあかんわ、こんなところなんて誰もこうへんて」
無駄に立ち絵があるどころか結構バリエーションが多いとか。
「ていうかなんやねんこのようわからへん商品、どの層を狙っとるねん」
地味に人気投票で2位の得票数があったというのに、悲しい理由でランキングに載らなかったとか。
「それでなんなん?今月分の売り上げがなかったら撤去て!そんなんわいのせいとちゃうやろ!」
開発者Aが暇つぶしで作っていたらいつの間にかゲームに採用されていたらしいとか。
「じゃあいっそのこと足でも生やしてくれえや!駅やら学校にでも行って売り込んだるわ!」
なぜか世界と並ぶレベルでセリフのパターンが多いとか。
「いやや!処刑はいやや!わいはこんなところで終わるような男やあらへんからな!」
明確な名前はない、設定資料集にも情報がなかった。
だから人はこいつのことを敬意とわかりやすさを込めてこういうのだ。
「はずれさん」
「なんやねんはずれさんて。わいか、わいのことか?わいになんか用があるんかいな!」
町はずれにある自動販売機。
そう、自動販売機だ。
こいつはなぜかよく喋る。