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『殺戮兵器は笑わない』

放課後である。

チャイムの音を聞きながら机の中を確認すると一枚の手紙が入っていた。


色気も味気もない茶封筒だが。


「絃らしいと言えば絃らしいな」


中には三つ折りのA4の紙が一枚入っていた。

合格通知書みたいな気分である。


『3時45分に3年C組の教室に来てください。 佐寺絃』


印刷されたかのような整えられた字でそう書かれていた。

驚くことにこれ手書きらしい。


腕時計を見ると3時34分。


時間ぴったりに行かないと早くても遅くても、ちょっとだけ好感度が下がるのでそれを狙おう。


6月30日のメインイベント。

佐寺絃からの告白だ。


この学校は1年生が1階、2年生が2階、3年生が3階という非常にわかりやすいつくりをしている。

言い忘れていたが主人公と佳那は2年生、さっきの手紙でわかる通り絃が3年生。

そしてまだ未登場のゆめが1年生である。


大方それぞれのキャラが会うとまずいことからの配慮だろうと思われている。

一応朱い春初心者が

『単純に先輩同輩後輩キャラにしたかったんじゃないですか?』

とかなんとか言っていたが、前者なんじゃないかな。

朱い春だし。


3階に上がると下校や部活に行く生徒たちが廊下をにぎやかしていた。

さすがに顔も名前も出ないようなモブたちのことは知る由もないので、特に感動も何もない。

なんとなく容姿がいい人が多いなー位のイメージだろうか。


……ゲームの世界では不細工に人権はないのか?

大丈夫?俺の顔面偏差値足りてる?


横手のガラスに映る自分の顔を確認する。

そこに映っているのはまさに高2のころの俺、容姿は中の下。

残念ながらヒロインズやら世界とは釣り合えない顔面だ。

釣り合うか確認しようと天秤に乗せようとする時点で失礼だ。


これは自虐とかそういうものではなくまぎれもない事実である。

普通かそれよりちょっと下くらいの顔の男とテレビで見るような美少女が一緒にいたらどう思うか。

『何か弱みを握っている?』

『命を救うようなことをした?』

『何らかの関係性を強いられている?』

まあ正直なんだっていいが大体関係性は横並びではなく縦の順列。

スクールカーストだろうが社会的ヒエラルキーだろうが何なのかは知らないが、普通の男は美少女よりも位が下。

そこに何もおかしいところは存在しない。


案外その概念自体がおかしいのか?

いや、俺の与り知る領域ではないのでこれ以上の言及は避けたほうが身のためだろう。


結論何が言いたいかというとだ。


「やっぱり絃って綺麗なんだよな」


俺は3年C組の教室の前から、ほぼ真ん中の席に座る女子のことを眺めつぶやいた。


佐寺絃。

ヒロインの一人。

長身で黒髪ロング、感情の抜けたような無表情を常時装備した美人。

成績優秀運動神経抜群というわかりやすい完璧超人。

ただし人付き合いは得意ではなく、クラスでは孤立している。

だが彼女は特別視が好きだ。

彼女は他人に特別扱いされることが好きだ。


作中で一番凄惨な過去を持つ彼女は少し精神が壊れている。

だから表情を変えない。

だから制服を普段も着る。

だから孤立も特別扱いだと考える。


そんな彼女が主人公に興味を持った理由。

これは絃エンドの途中で明かされる。

原文だとこうだ。


『なんで……俺と付き合おうと思ったんですか?』

『あなたは私を特別扱いしなかったから』

『特別扱い?』

『そう』

『何のことでしょうか?』

『今年の5月4日12時21分のことを覚えているかしら』

『……いや、覚えてないですが』

『あなたは覚えてすらいないのね』

『俺、何かしましたっけ?』

『ペンを拾ってくれたわ』

『ペ、ペン?』

『相手が私だって意識もせずにね』

『そうでしたっけ?』

『私はこれでも人の目線には敏感なの。好感の目、憧れの目、下心のある目、嫉妬の目、奇異なものを見る目、でもあなたからはそれを感じなかった。ただ単純にペンが落ちたから拾った。それだけでしかなかったわ。だから私はあなたに興味を持ったの』

『そんなことでですか?』

『そう、そんなこと。そんなことでも私にとっては大事だったの。有象無象と一緒くたにされるのが嫌だったの。』

『俺に自分を特別扱いさせたかった、と』

『そうね、それが始まりだわ』


主人公が絃を意識していなかったから絃に意識されたとかいう不思議な話。

特別扱いを好む絃が、特別扱いをされなかったことに気を引かれたという何とも言い難い話。


やはり絃の感性は少しずれている。

または朱い春のシナリオを作った人の感性が歪んでいるのだろうか。


ちなみにこのペンを拾うといったイベントはゲーム内では全く描写されていないため、絃エンドのこのセリフでしか情報が出てこない。


普通の恋愛ゲームでも昔主人公と会ったことがあってその時から好きだったみたいな話はあるが、ここまで薄っぺらい過去話はなかなかないのではないだろうか。

さすがだ朱い春クオリティ。


いろいろ情報を出したがまとめると、『特別扱いされたい少し壊れた優等生』といったところだろう。

まあちょっとばかり怪しい要素が入っているが可愛いものだろう。


これは表向きな要素なのだから。


絃の特徴は通称『絃ロール』。

主人公の移動中に完全ランダムで発動するイベントである。


なお『絃ロール』という名前はスレで名づけられただけの名前であり、実際には正式な名前はない。

そのため開発者Aは普通に散歩と表現しているなど、多少表記ゆれがあるのだが今回は『絃ロール』で統一させてもらう。


この絃ロール、初見プレイ時に引っかかる確率が150%と言われている鬼畜イベントである。

かくいう俺も初見プレイ時は引っかかった。

というよりもイベントの内容を把握していなかったものだから警戒すらしていなかった。


攻略サイトには絃ロールについてこう記されている。


≪絃ロール≫

移動中に何らかの不吉な出来事(※虫の知らせアラーム参照)が起こった場合

前方か後方のどちらかから佐寺絃が現れます

その際に女性と一緒にいると翌日その女性が殺されますので

即座に付近の建物や教室に入るか横道に逸れてください


しれっと殺されますという過激な言葉が入っているが実際こんな感じである。

ちなみに虫の知らせアラームというのは書いてある通り不吉な出来事の総称だ。

黒猫に前を横切られる、靴紐が切れる、櫛を拾う、などが該当する。


もちろん作中ではこんな情報はない。

せいぜい世界に

『佐寺先輩は嫉妬深いからね、あまり別の女性と一緒にいるところは見られないほうがいいんじゃないかな』

というセリフがあるくらいである。


そんなもんわかるか。

俺の初見プレイ時は佳那とのデート中に絃ロール発生して翌日に佳那が死んだ。

厳密に言えば2日後に佳那の死亡を担任から知らされた。

というのも朱い春における死亡イベントは、人が死亡してからその日が終わるまでに特定の場所に行かないと回収することができないというものである。

回収しなかった場合は翌日担任に知らされることになるという訳だ。

閑話休題。

佳那が死んだ意味が全く分からなかった俺はゆめのデートでも同じことをやらかし無事全滅エンドへと至った。


絃がかかわってるんじゃないかと薄々感じ始めた二週目。

いろいろ注意はしてみたがまさかの発生ランダムだった絃ロールに翻弄され2度目の全滅エンド。


俺は半泣きで攻略サイトを開いた。


あの頃は若かった。

今ではゲームであればどんな時でも回避できる自信がある。

強制ダブルデートの時は予定狂うからNGだが。


ただ今は現実。

まぎれもないリアル。

これから俺は一カ月絃ロールにおびえながら生きるのだ。


現在時刻は3時44分。

俺は満を持して教室の扉を開く。


「よく来たわね、尾崎君。でも呼んだ時間よりも前に来るのは感心しないわ」


首だけをこちらに向け、表情を一切変えず、瞬きすらせずに絃は言う。

まるで感情が死んでるかのような。

それはまるでロボットのような。


そうそう、名前と特徴から名づけられた彼女の別名がある。


『衛星軌道殺戮兵器サテライト』

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