『友情に限りなく近い何か』
6月30日の午前5時
俺は自室のベッドで目を覚ます。
早い、暗い、眠いです。
家でできることはせいぜい内職と塩水と砂糖水を作ることくらいだ。
内職は昨日十分やったし、塩水と砂糖水は今作ったところで意味がない。
結局食材買い忘れたから飯も食えないし、ゲーム上できなかったから多分二度寝もできない。
やることねえんだけど。
そもそもこの起きる時間の設定が無駄に早いのはゲーム時代から結構謎な仕様だった。
今でこそ朝飯を食べたりできるのかもしれないが、ゲームではそんなことをするわけもない。
そして家でできる内職と塩水砂糖水づくりはゲーム中では全く説明のないものだ。
だから攻略サイトを見ない人なんかは家でできることを知らない場合も多い。
そんな家での時間をなぜ2時間も用意したのか、謎である。
一応7時よりも前に学校に向かうことも可能なのでやることない人はどうぞ。
というか俺もそうする。
冷蔵庫からおいしい水を取り出し学校へと向かった。
昼休み。
人は順応する生き物らしく記憶カットにちょっと慣れてきた。
なんか現実の自分が薄れていくみたいでいやなので初心を忘れないようにしたい。
「やあ、真倉君」
「世界から話しかけてくるとはありえないな」
「珍しいとかじゃないんだね」
そりゃあまあ休み時間人に話しかけられるなんてゲーム内では存在しなかったからな。
「ほれ、おいしい水だ」
「おお、ありがとうね」
「で?なんか用か?」
「そうそう、お弁当作ってきたよ」
「へえ」
「なんだいその顔は?これでも君の期待に応えたはずなんだけど?」
「期待通り過ぎてこの顔なんだよ」
もしかして俺の地の文を読んでるの?
第三の壁を越えちゃだめじゃないか。
ある意味俺が逆方向で越えた感はあるが。
「じゃあありがたく頂くかな」
「どうぞー」
世界から差し出されたのはよくあるタイプの2重の弁当箱だ。
とりあえず上のふたを開けるとかき揚げなどの天ぷらが入っていた。
「おお、おいしそうだな」
「頑張って作ったからね」
「作ったの?女子力高いな」
流石メインヒロイン(仮)。
上の段をどかし下のふたを開けると蕎麦がぎっしり入っていた。
「なんで?」
「蕎麦おいしいじゃん」
「いやうまいけどさ」
「はい、めんつゆ」
「ああ、うん」
その水筒中身めんつゆかよ。
弁当に蕎麦って今では普通なのか?
それとも世界の偏食家っぷりが発症してる?
少なくとも俺が学生のころ弁当に蕎麦が入ってたことはなかったけどな……
「水通さないと箸入らないと思うよ」
「明らかに弁当に適してねえじゃねえか」
「多少の犠牲は仕方ないよね」
「弁当に犠牲はいらないと思う」
普通に米でよくないか。
天丼とかでいいんじゃないか。
「ほら、休み時間終わっちゃうよ」
「はいよ」
俺は蕎麦に直接めんつゆをぶちまけ、蕎麦をほぐすことに成功する。
「あ、そういう」
「これが正解じゃないのか?」
「つけて食べるものかと」
「そのやり方だと口は狭いし底は深いし馬鹿みたいに食べづらいと思うぞ」
「狐と鶴みたいな光景が浮かんだ」
「微妙にわかりにくいたとえを」
そういやそんな童話あったな。
「うめえし」
「そう?よかったよ」
「なんで個の天ぷら冷めてもサクサクしてるの?」
「企業秘密だよ」
「世界は企業だったのか」
有限会社ワールドホールディングス的なロゴが頭に浮かぶ。
「それで今日はどうするの?」
「今日?」
「断るの?断らないの?」
「まだイベント発生してないのに先を読むなっての」
「先に名前を出したのは君だしね」
皆さん喜んでほしい。
今日は名前は何度か出したものの実際に登場していないヒロインの二人のうちの一人。
佐寺絃から告白される日である。
「呼び出しの手紙は?」
「あれは放課後のイベントだから」
「いつのタイミングで入れられるんだろうね」
「どうだか、俺はそのタイミングの記憶がない」
「やっぱり真倉君に君が入っていないタイミングがあるんだね」
「やっぱりと申すか」
そういえば俺の記憶が消し飛んでいる時の尾崎真倉ってどうしてるんだ?
「別に変ったところはないよ、ただ思考が普通になってるね」
「俺の思考は普通じゃないのか?」
「普通じゃないっていうか、面白いよね」
「俺の頭の中はお花畑か」
「どっちかっていえば遊園地だと思うよ」
やーい、お前の頭の中遊園地ー。
新手の煽りか。
「楽しそうなんだよ君の頭の中は、僕が知らないことを知っている」
「知らないことなんてないみたいなセリフを堂々と吐けるのは世界くらいだろうよ」
「ふふふ、だからこそ君は面白いのさ」
「……そうかい、それはよかった」
薄々思っていたが現実になった影響が出ているのか世界の性格も微妙に変わっている気がする。
なんとなくゲームの時よりも主人公と距離が近いイメージがあるのだ。
もちろんゲーム時代も質問には親身に対応してくれたし、前日のような食事イベントもあった。
だが、世界は良くも悪くも他人を特別扱いしない。
誰にでも優しく接し、誰にでも親切だった。
もちろん彼女も主人公に対する好感度というものが存在し、嫌われることも好かれることもできる。
でも付き合うことになるとき以外彼女の対応は変わらない。
セリフは変わるのにそれに感情が伴っていない。
どこか一歩引いた場所から今回はそういうロールプレイか、と付き合ってくれているような感覚。
すべてを知っているから定められた運命通りに動かされているような存在。
だからこそ自分並にいろんなことを知っており、自分の知らないことも知っている俺に興味を抱いている。
なんでも知っているはずの自分が知らない存在を楽しんでいる。
そういうところだろう。
佳那が設定に引っ張られた性格の変化だとすれば、世界は俺がゲームに入った影響での変化だ。
ある意味ゲームと一番親和性が高かったことがこの性格の変化を巻き起こしたのかもしれない。
「てところか?」
「さあ?どうだろうね」
世界は不敵に笑う。
なるほど、美形がやると絵になるものだ。
「ごちそうさん」
「はいはーい」
「洗って返すか?」
「別にいいよ、君にもいろいろあるだろうしね」
「そいつはありがたいな」
「明日も弁当作ってこようか?」
「いやさすがにいいわ、申し訳ないしな」
「そう?別に僕は構わないよ?」
「まあまあ、そういうのはエンディングの後にしておけって」
「それもそうだね」
俺は世界に対して情報を隠さない。
どうせ心を読まれるというのもあるが、それだけではない。
世界と話すときなら俺は俺でいられる。
尾崎真倉のロールプレイをやめることができる。
俺という存在が消えてなくならないために、俺は世界に俺を見せる。
世界が俺を興味の対象とするならば、俺は世界を心の平穏とするのだ。
友情や信頼関係なんていうきれいなものじゃない。
何もかも知っている二人だからこその、少し歪んだ相互関係だ。
「僕は友情だと思うよ」
世界は笑っている。
これが妙に闇のある笑顔に見えるのは俺の歪んだ精神がそうさせるのか、それとも。
「そうかい、まあこれは俺の推測でしかねえよ」
残念なことに世界と違って俺は読心術が使えないんだからな。