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case1 異動と始まり

折しも三月の上旬

白梅の花弁が春風を受けて散り、入れ替わるように華やかな紅梅が咲き始める時節。まるで人の入れ替わりの模様を直裁に示しているかのようだと、古びた静岡県警察署の入り口を飾る傾げた古木を蜂屋(はちや) 修平(しゅうへい)は眺めやった


警察官になってから、三年の月日が流れていた

正義を志したからだとか、悪人を捕まえたかったからだとか、そういった立派な理由は持ち合わせていなかった。ただ就職活動が上手くいかず悩んだ末、広く公募をかけていた地元警察という働き口を見つけ、志望しただけに過ぎなかった


蜂屋は生活安全課に所属している

働き始めて最初こそ慣れなかったものの、市民の生活を守るという職務に触れるなかで、じんわりとだが確かにやりがいを感じられるようになってきていた


しかし手に付いてきた職を、蜂屋は今、手放そうとしていた

二週間前に、入院している母親の容体が悪化した。担当医によれば、これまでの薬と併用して新しい投薬を行う上で、更に医療費がかかるとのことだった


上司に事情を伝えると、今よりも給与の良い新しい職を紹介してくれるとのことになり、本日に退職願を書いて持ってくるようにと事前に言われていたのだった


我に返り、腕時計に目をやると、指針はちょうど八時を指していた。出勤時刻には随分早く職場に来ていたが、上司に呼び出された時間は八時に入り口前に集合で間違いなかった


ふと黒塗りの車が警察署に入ってくるのが見えた

見覚えのない車を不審に思い目で追ったが、警察署入り口、つまり蜂屋の目の前まで滑らかに動いて車は動きを止める


車のドアが開いてから、遅れて後部座席から男が出てきて、声を掛けてきた


「君が蜂屋 修平くんで合っているのかな?」


年は蜂屋のふた回りほどか。風貌はどこか気品を感じさせるものでありながら、男は端然とした態度で話しかけてきた。名前を知られていることに、少し驚きながらも、そうですと答えた


「そうか。私は警視庁の黒木(くろき) 慎二(しんじ)だ。まあ、乗りたまえ。話しは移動中にするとしよう」


目を見開いて、唖然とした。早く乗りたまえ、と黒木は乗車を促す仕草を見せる

早くも何も新しい職は、上司のコネによりどこかの企業の営業職か何かを紹介されるものだと勝手に考えていた。でなければ、退職願を書かせる理由がわからない

相手に失礼のないように、蜂屋は遠慮勝ちに口を開いた


「すいません。上司から何も聞かされてないもので、私は警視庁に移動になるということなのでしょうか?」


質問に対して、先ほどまでの態度とは打って変わり、黒木は冷たい目線を向けた


「蜂屋くん。私は無駄が嫌いだ。君は、私に同じことを二回言わせたいのかい」


黒木の鋭い剣幕にたじろぎ、蜂屋は言われるがままに従うことにした。それほどまでに、有無を言わせない強さが黒木の剣に表れていたからだ

警視庁の人間は皆、厳然たる態度をとるのだろうか。蜂屋は急に恐ろしくなった


黒木は満足そうに頷いたあと、続いて乗車した

車の扉が閉まるのと、黒木が運転手に「出してくれ」と告げるのが同時だった


見慣れた静岡の街をフロントガラスが切り分けるようにスライドしていく。サイドガラスからなら、もっとよく景色が見えたろうに。だが黒木が恐ろしく、決して横を向く気にはなれなかった。両拳を握り締めて膝の上に置き、背筋を伸ばして、蜂屋は顔を正面向きに固定した。気分はまるで護送される犯罪者のように最悪を味わった


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