プロローグ
新作です。
よろしくお願いします!
古城を思わせるかのような屋敷の近く
森の木陰に潜む男が決行時刻を告げる腕時計型のタイマーに仕切りに目をやっていた。未だにこの時間は慣れない。カウントダウンが一分を切ってから、男には恐ろしくほど時が経つのが遅く感じていた
夜も更け、フクロウが不気味な拍子をとって鳴いている。フクロウの鳴き声を聞くなんて何年振りだろうかと思いながら空を見上げると、細くたなびいた雲がなめらかに滑っていくなかで、ふと雲に隠れていた三日月が顔を出した
「作戦開始時刻になりました、先輩。行動を開始して下さい」
携帯通信機からの合図と共に男は木陰を飛び出して、屋敷の方へと走り出した。人気の無い道を照らされた月の光を頼りに進んでいく。両わきに立ち並ぶ木々が、視界を次々と流れていく。緊張で汗ばむ身体に冷たい秋の風が入り込んで、男は悪寒にも似た寒気を覚えた
しばらくすると目の前に高い塀を認めた。塀を前に、再び耳に装着した通信機から通信が入る
「飛行ドローンを先輩の頭上に配備済みです。ドローンを使って塀を乗り越えてから、屋敷の裏手に回って下さい。ドアのロックは解除しました。経路はスマートグラスに送信しました。案内に従って屋敷内に侵入して下さい」
了解、と短く返事をしてから、男は頭上のドローンを掴んで上昇した。塀を悠々と越えて、屋敷の裏手まで来たところで、掴んだ手を離して着陸した
男はスマートグラスでマッピングされたルートに従い、裏手口から屋敷内への潜入に成功した
「お宝は、地下です。屋敷内の探知センサーは解除しておきました。長い間は持ちません。警備員に見つからないように、一階にある書斎に入って、向かって正面、机の隣にある本棚の上から二段目、左から三番目の本を押し込んで、地下への隠し階段を見つけて下さい」
警備員の目に入らぬように物陰に移りながら忍び足で進み、男は屋敷一階の書斎に入ってから、本棚にある対象の本を押し込んだ。すると隠し階段は書斎の真ん中に静かに現れた
「上出来です、先輩。そのまま隠し階段を降りてから、左に直進。四つ目の電子ロックの掛けられた金庫の中にお宝があります。ロック解除には側部にアダプターを接続して下さい。私がやります」
急いで階段を駆け降り、左に折れて四つ目のドアに辿りついた。電子ロックの側部に、用意していたアダプターを接続する。ロックは音声主によって十秒ほどで解除された
「やったあ。今です、先輩。金庫内のお宝を回収してすぐに離脱して下さい」
しかし男が金庫内に入った瞬間、金庫内に赤いランプが点滅して、警報音が鳴り響いた。男は状況の理解が追いつかず、一瞬固まってから、慌てて金庫の外へ出た
「おい、リコ。どうなってんだ!」
問い詰めるが、音声主は無言を持って答えた
「……」
「聞いてんのか、リコ」
「……もしかしたら、金庫内にも探知センサーがあったのかも。先輩、とにかく逃げて下さい!」
「逃げろって言ったって……」
時は既に遅く。男の退路は屋敷の警備員達によって囲まれ、絶たれていた。そして警備員達の中から屋敷の主人と思われる男性が姿を見せる
「何者だ、お前は。私の宝を盗みにきたのか。この泥棒め」
「いや、違うんです」
両手のひらを振り、屋敷の主人に見せて、男は否定を表した。主人は怪訝そうな顔をして男に問う
「どこが違うんだ。私の屋敷に侵入し、金庫を開けた。これのどこか泥棒じゃないと言えるのか」
その通りだ。今の俺のどこが泥棒じゃないと言えるんだ。だが、かと言って本当のことを言って信じてもらえるとも思えない
しばし沈黙し、その後、男は葛藤を振り切るように口を開いた
「俺は警察だ。お宝を盗むから、そこを動くな!」
空気が凍ったのが、分かった。警備員達や主人は、目前のいる泥棒の言い訳の馬鹿さ加減に呆気に取られていた
「警察手帳はあるのか?」
数いる警備員の内の一人が男に訊ねた。警備員の一人が泥棒の冗談にノリ良く返すさまを見て、他の警備員を始め主人も含めて笑みを漏らしていた
「今は、携帯していない……」
恥ずかしそうにして男が下を向いて答えると、その場は泥棒のジョークで笑いに包まれた
よかった、場が和んだぞ。とにかく話を誤魔化してから、隙を見て逃げるしかない
明るくなった空気に乗じて、男も合わせるように口を開けて笑った。その時に、
「通報しろ」
主人の斬り捨てるような一言が告げられると、警備員はたちまち電話を手に取って警察へと通報し、男はすぐさま警察署へ連行されていった。どうやら今回もゲームオーバーのようだった
「あーあー、先輩。また捕まっちゃったよ」
少し離れた大きく刑事課 対策本部と達筆に書かれた半紙を貼り付けたキャンプ用テントの中。手に持ったマカロンを食べながら、音声主はそう呟いた
各週日曜日、連載予定です