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ホラー練習【稲村風】

作者: まめ太

 これは、もうかれこれ十年くらい前の話になるんでしょうかねぇ。さる街の繁華街にある飲食店ビルの話なんですけど。このビルがまた、年季の入ったシロモノなわけですよ、これが。一階と二階はまだ改装されて新しいんだけどね、そこから上がまぁ、いつの時代のものなんだってくらい酷いの。


 真っ暗なのよ、廊下がさ。古い建物でしょ、東京なんかじゃ当たり前にある、あの雑居ビルの一つなわけですよ、これが。今にも倒れるんじゃないかなー、倒れてぺちゃんこになるんじゃないかなー、なんてね。そこまで古くはないんですけどね、これが。

 だけど天井の明りはちょっとしかないんだよね、蛍光灯が薄ぼんやりでさ。LEDだとか、そんな上等な物使うわけないじゃない、寿命が尽きかけた白い蛍光灯なわけですよ。パチパチいって、消えたり点いたりしてんのよ。光量足りてないじゃないよって、肝心の足元なんて真っ暗なわけですよ。上の方しか照らさないの。

 ぜんぜん役に立たないその蛍光灯がね、薄暗ーい廊下のね、端っこと端っこに一個ずつとね、真ん中に一個があってですね。その真ん中がほら、パチパチー、しばらく点いてね、……ジジー、パチパチッ、てね。途中で消えたまんまで、しばらく点かないのよ、これ。

 そしたらほら、長い廊下の真ん中の蛍光灯でしょ? 真っ暗。もう、真っ暗ですよ、あっちの方の端っこがね、薄ーくぼんやりとね、上の方しか照ってないの。真っ暗。どん突きの壁とね、そこにある鉄の扉のね、上の方のちょこっとだけが照らされてんのね。扉の全部なんかはほら、真っ暗で見えないのよ、これ。こう、目をじーっと細めたりさ、首をんーって伸ばしたりもするんだけどね、見えないんだ、これが。


 あたしはほら、こっちの端っこの蛍光灯の真横にね、扉があって、そこを開けて見てんですよ。だから、真っ暗けーな廊下の、こっちの端っこの先は階段なわけでさ、ちょうど蛍光灯の横になる感じでドアが付いてんですよね。三つ。で、向こうの端っこの壁だけ鉄の扉があるわけですよ。

 階段はまだ明るいんですよ、蛍光灯だってケチってないし、新しいからちゃんと足元まで照らしててね。階段で足元が真っ暗だったら怖いですもんね。だからですかねぇ、明るいんです。で、同じ調子で階段を上がりきっちゃうと、この廊下ですよ、真っ暗。急にね、薄暗い廊下に飛び込んじゃうでしょ、真っ暗に見えちゃう。ビルの管理人もいい加減なもんですわ、いつ来てもこの廊下は真っ暗。

 あたしは階段上がったすぐの、この扉に用事があったもんでね、ここを開けたわけですよ。立て付けが悪いんだ、このビルの扉はさ。ギギギーって、雰囲気満点でしょ。煩いのと怖いのとでもう、うわー、ですよ。うわー、うわー、ギギギィー、て。

 いや、ちょっと待って。あたし、手ぇ、放してるのにどうして扉が開く音がしてるの。両手をね、顔の前に持ってきちゃって、しげしげと眺めちゃいましたよ。目の前の扉もね、あたしが手ぇ放しちゃったもんだから、そのまんま、それっきり。ぴたっと止まって、一ミリだって動いちゃいませんよ。

 なのに音だけはするんですよ。ギギギィ―、て。どこの音だろ? どっか別の扉を開けたヤツが居るんだ! ってね、思いましたよ、そりゃそうです。扉は廊下に三つあるんですよ。誰かが中から開けたんですよ、それでその扉も立て付けが悪いもんだから、ギギギギィ、てね。鳴ってるに違いありませんよ。ええ。それで振り向きましてね、真ん中のドアを見ましたらね、これが開いてない。次の扉も見ましたよ、……開いてない。あたしゃ、廊下のどん突きの鉄のドアを咄嗟に見ましたね。明りが届かなくて上のちょっとだけしか照らされてないあの扉ですよ。ああ、やっぱり! やっぱり、開いてない!


 どうしたんだー、おかしいぞー、この階の扉は四つしかないのに、どこも開いてないじゃないかー。考えてるうちにね、足音が聞こえてきたんですよ。ひたひたー、ひたひたー。

 裸足なんですかね、板張りのはずの廊下なもんで、コツコツとかね、靴ならそんな音なんですけどもね。ひたひたー、ひたひたー、て響くんですよ。もちろん、あたししか居ませんよ。あたしが開けたドアの先にも誰も居やしないんですから、ええ。

 嫌だなー、怖いなー、誰の足音かなー、てね。耳だけ澄ませてね、じーっとしてたんですよ。真っ暗な廊下でしょ、誰かが隠れてたのかなぁとか思いましてね。目を凝らすんですけどね。だーれも居ない。あれー、おかしいなー、誰も居ないけどなー。なのに足音だけはね、ひたひたー、ひたひたー、聞こえて来るんですよ。

 うわー、嫌だなー、気持ち悪いなー、誰の足音だろー。きょろきょろ見回すんですけどね、本当に誰も居ないんですよ。でね、廊下だってね、幾らなんでもそんなに長いわけないじゃないですか、なのにずーっと足音は近寄って来ないんですよねー。ひたひたー、ひたひたー、遠くで聞こえるだけなんですよー。


 うわー、怖いなー、何だろう、何の足音なんだろー、て思ってたらね。

「ちょっと!」

 うわー! て。飛び上るほどびっくりしましたよ。こっちが開けてた階段横の扉の向こうにね、中に居た人が来てたんですね、本当にびっくり。

 後でその人に聞いたんですけどね、あの鉄の扉、昔は非常階段が付いてたらしいんですけどね、取っ払われてお隣にビルが建ったんですって。だけど、一メートルほどの隙間が空いているんだそうで、昔、酔っ払ったお客が間違えて開けて、転落したそうなんですよ。怖いですよねー。

 そんな事があって、鉄の扉は、その先がないもんだから、危険だっていうんで施錠されてるはずだったんですけどねー。どの階から落ちたのか、結局わかんなかったんだそうですよー。

 いや、世の中、不思議な話もあるもんです、ええ。

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