自殺総選挙
自殺総選挙があったとしたら、第1位は太宰治だろう。
なんせ、3回未遂して、4回目で完遂しているんだから。
自殺の方法もバラエティーに富んでいるという点で、ピカイチだ。
俺も負けてはいられない。来年の自殺総選挙こそ1位は俺だ!
「私のことは嫌いになっても、自殺のことは嫌いにならないでください」
「自殺は必ず報われる」
さて、太宰治の2回目の自殺未遂は、鎌倉の山中で首吊りをした。
年譜には〈昭和十年 三月、都新聞社の入社試験に落ち、鎌倉で縊死を企てたが失敗。〉とある。
「失敗」という言葉が、なんか物悲しい。
この辺りの事情は、太宰の『狂言の神』という小説に詳しく書いてある。
っていうか、自殺未遂までの道程を小説にするなんて、勉強になるわぁ。だって、書くの、楽そうやん?
俺もぜひ自殺未遂して、その話を小説にして、雑誌に投稿してやるからな。
間違って自殺してしまったら、俺の年譜に「縊死を企てて成功」とでも書いてくれ。
関西人だから、俺は天保山に登って首吊りすることにした。日本で一番低い山。大阪南港だ。
ああ、やっぱり死ぬところは大阪南港ときめていたのだな、と素直にうなずいた。
太宰治は死への道中、なぜか先輩作家を訪ねて、将棋を指している。
俺も大阪に住む、自称芸術家を尋ねた。俺はこいつをただの素人だと馬鹿にしている。
一人でマンションに住んでいるその自称芸術家は、やはりニートで、在宅であった。
久しぶりの再会のせいか、そいつがデブだからか、急に芸術家は「バーベキューをやろう」と言いだした。
「ここでか?」
「そう。部屋に臭いがついても気にしないから。炭火もあるし、肉も野菜も昨日、買ってきてる。ビールはたくさんある」
マンションでBBQ、本当にいいのか?
俺は必死になって『狂言の神』の内容を思い出していた。
そういや、太宰もBBQしていたような?
太宰の『狂言の神』には、「一刻も早く酔いしれたく思って、牛鍋を食い散らしながら、ビイルとお酒とをかわるがわるに呑みまぜた」と書いてある。
そうなんだ、太宰ほどの者であっても死の道中でそうだったんだなぁ。
もう断る必要はない。大いに食って飲んで、酔っ払ってから首を吊ろう。
炭火に点火し、肉を中心に焼きつつ、ビールはどんどん減っていった。
「お前、自分を芸術家と言ってるが、今、なにやってんだ」
「3Dアートや」
「なんや、それ。聞いたこともない。どうせ儲かってないんやろ」
自称芸術家はムキになり、「それじゃあ、お前は何をやってる」
「太宰治をやってる」
「文学の研究か? そんなもん、興味なかったやろ」
「研究じゃねーよ。太宰治そのものをやってるんだ」
「お前こそ、意味の分からんこと言うな。肉、もっと焼け。火が足らないから、もっと炭火を燃やせ。野菜も食べろよ」
まさに、ニートの宴であった。文学や芸術とは、悲しいニートの言い訳なのだ。
将棋をやり始めたが、お互い泥酔していて、駒の動かし方さえ、何をやっているのか分からない。
俺は「今日はこのへんで勘弁しといたるわ」と吉本新喜劇の台詞を吐いた。
そして、さらに肉、肉、肉。ビール、ビール、肉、ビール。
満腹になった二人は、明日からの生活に何の憂いもないように、寝転んで、熟睡した。
翌朝、このマンションでボヤ騒ぎが起きたのは当然だ。
「おい! こら! 俺は危うく、焼身自殺するところだったぞ」
芸術家は自称芸術作品が焼けてしまって、しょぼくれている。
俺は「首吊りでないと太宰じゃないから」とつぶやいた。「男との心中も認められない」。
「少しは弁償代、出せよ」
「太宰治は借金魔だったんだぞ。師匠に頼んで、次の芥川賞を取らせてもらうから、賞金100万円やる」
「師匠って誰だ?」
「それよりタバコが切れた。買ってくる」と言ったまま、そいつのマンションへは二度と戻らないのだった。




