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ついに本を出版

 結婚したエア女房のおかげもあって、執筆はさくさく進み、ついに小説が完成した。


 「生れて、すんまそん」。600枚の大作だ。


 世界中を旅して、世界の人々に「生れて、すんまそん」と土下座するストーリー。


 世界一周した主人公は、聖人とも崇められ、人々から許される。


 しかし、主人公は激怒した!


 「俺は自分の不幸に浸っていたいんだよ! 不幸な自分が好きなんだよ! 許すなんて言うな! ヴォゲ!」


 これで終わり。傑作でしょ?



 しかも、わざと芥川賞の候補になりながら落選するための抜かりはない。


 放送禁止用語や卑猥な言葉、個人情報から選考委員の悪口まで書いた。


 誤字・脱字もさりげなくやっている。


 これで落選は、間違いない。


 どの雑誌に発表するか、大手出版社にいろいろ電話をかけてみたが、編集部までも繋がれない。


 「俺は太宰だぞ!」と怒鳴ったら、電話を切られた。


 

 そんなある日、暇だから図書館で新聞を読んでいると、〈あなたの原稿を本にしませんか?〉と宣伝している出版社を見つけた。


 無名の出版社だが、太宰だって最初はそうだったんだ、この出版社から本を出してやろうじゃないか。


 俺は600枚の原稿を郵送した。


 3日後に感想が返ってきた。本当に読んでるのか?


 やっぱりな、数枚に渡る便箋の感想には、賛辞しかない。ベタベタ・ベタ褒めだ。俺の才能が証明された。


 「空前絶後」とまで書いているから、もはや俺は太宰を越えたな。


 文学史の頂点にいきなり立ってしまったよ。ああ、下の方に芥川龍之介が見える。


 〈つきましては弊社でご著書を出版させていただきたい〉〈ただ、新人作家の文学作品を商業ベースに乗せるのは難しい〉〈しかし、この傑作を埋もれさせるのは忍びない〉〈そこで、共同出版いたしませんか〉


 そういうことが書いてある。


 共同出版って何? なんかよく分からないが、一緒にやりましょうってことだろう。


 俺は早く小説を発表して、この衝撃作を世に問いたい! いや、出すべきでしょう。才能が認められる時が来たんだ。ニートから大作家だ。

 


 共同出版って費用は俺が出すんだって。


 諸経費もろもろ合わせて、約150万円。そんな金はない。


 だけど、出版したいんだ。やっとスタートじゃないか。太宰だって、処女出版は印税は無きが如しだったぞ。


 親を殺して保険金をもらおうか。コンビニ強盗しようか。


 

 深夜2時、俺はやにわに立ちあがり、ジャージのままの格好で、近所の交番へ向かった。


 「お巡りさん、こんばんは~、太宰治です」


 屈強な肉体を想像させる大柄な警官が出て来た。


 「どうされました?」。冷静な口調だ。


 「ホント申し訳ないけど、150万円ください」


 何かの犯罪者と思われたか、警官の顔が急に怖くなる。


 「150万でいいんだよ。出してくれねぇか。本を出さないといけねぇんだ」


 「そこに座りなさい。太宰治と言ったね? 本名かい? 身分の証明できる物を出しなさい」


 取り調べが始まった。こうなると面倒だ。


 俺は「おい、高校で文学史の勉強したかい?」と言うやいなや、警官の背後に素早く廻り込み、プロレス技のスリーパーホールドをかけた。


 「出せ、早く出すだ、お巡りさん! 150万を出さないと、俺の傑作が世に出ないんだぞ。サイン本やるから」


 が、あっけなく返されて、背負い投げを、しかも机の上へとブン投げられた。


 机上のペン立てやコップが散乱する。


 倒されて、思いっきり背中を打ち付けた俺は、そのまま身柄を拘束されたのだった。


 「早く身分証明書を。今日はここに泊ってもらうぞ」


 太宰治も自殺幇助罪(不起訴)で捕まっているから、まあ、いいか。


 翌日、「なぜ、交番に強盗に入ったのか?」と聞かれて、「じゃあ、コンビニ強盗の方がよかったのか?」


 警官は意味が分からないという顔をした。


 警官になら、柔道技で投げられても、綺麗に投げてくれるからあんまり痛くないし。

 


 なお、芥川賞は短篇に与えられる賞だ。600枚なんて長篇になる。それさえ知らなかったのだった。


 なーんだ、「生れれ、すんまそん」は破棄して、短篇をいっぱい書こう。


 んで、150万円はどこから強奪しようか?

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