人間失格で人生逆転
むしゃくしゃして、むしゃくしゃして、しょうがないんだ。
誰からも必要とされず、誰をも必要としない。そんな人生、もう嫌だ。
無職の俺にとって、唯一の居場所は図書館。
ショッピングモールにでも行こうものなら、金がないから買う物もない、虚しさ倍増。
毎日図書館へ来ていると、俺と同じように毎日いる奴が結構な数でいる。
何を調べているのか英和辞書を引いている人、スポーツ新聞を読んでいる人、えんえんと地図を眺めている人、などなど。
こいつら、よっぽどの暇人なんだろうなぁ、って俺のことか。
俺は普段、自分の心の闇を明らかにしようと心理学のコーナーで本を物色しているが、何の役にも立たないという結論になって、今日は文庫本のコーナーを眺めていた。
夏目漱石『吾輩は猫である』。猫が喋るわけないだろ。芥川龍之介『河童』。河童が喋るわけないだろ。
太宰治『人間失格』。自伝的な要素の濃い小説らしい。俺のことじゃないか、人間失格は。こりゃ傑作だ。無職で親に小遣いをせびり、安酒飲んで毎日ブラブラ時間を潰している俺こそ、人間失格。糞から生れた糞太郎。
そうなんだ、俺のことなんだ。太宰治はよっぽどの人間失格なんだろうが、有名作家でもある。
太宰の生き方を真似たら、無為徒食の俺も一発逆転、流行作家になってチヤホヤされ、女にわんさかモテて、毎日うまい酒が飲めるかもしれない。
賭ける。俺が太宰治になることに! 人間失格で薔薇色人生だ。
新潮文庫の太宰の「年譜」を見てみた。
青森県出身か。関西人だから、まず違うな。
家は大地主で大金持ちだったらしい。うう、俺の先祖なんか江戸時代からの水呑み百姓だよ。
〈昭和五年 東京帝国大学仏文科に入学〉
俺に東大に入れというのは、今すぐ働けと言われるより不可能だ。
進学校でもない高校を平凡な成績で卒業しただけなのに。
ビリギャルだって合格したのは慶応大学だろ。東大はパス。
〈昭和五年 銀座裏のカフエの女給で夫のある田辺シメ子を知り、三日間共に過ごしたのち、鎌倉群腰越町小動崎でカルモチン嚥下。女のみ死亡し、自殺幇助罪に問われたが、起訴猶予となる〉
うーん。うん。これは…ひでぇ話じゃないか。真似できん。
しかし、『人間失格』には、この話題が小説化されているから、あなどれん。
太宰が決死だったのなら、俺だって必死の覚悟で臨まなければなるまい。
まず、一緒に入水自殺してくれる女性を捜す必要があるな。
カフエの女給とは、現代で言うとキャバクラのキャバ嬢。
なけなしの金を持って、俺は梅田は堂山町にある安キャバクラへと入ったのだった。