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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【1】ナルシスト夫婦の合縁奇縁
8/71

勇「それはある意味で名言ですね」

 随分と強大な敵でしたね、と感想だけ述べておきましょうか。


 そういえばトイレの鏡を見て自分の姿をようやく確認する事が出来ました。見た感じだと優と同年代くらいかと思い失礼ながら財布を探ると入っていた免許証で確認した所、奇しくも私と同い年でした。


 こんな偶然の連続も、あるものなのですねぇ。


 さて、無事に用を足した私達はホテルを出て、まずは服を購入しに行くわけです。知らない街ではないですから、買い物をするにもどこへ行けばいいのか簡単に見当がつきそうなものですが――そこは入れ替わった故の弊害と申しましょうか。


 正直、男性の服などどこで買い求めればいいのでしょうか?


 二十数年慣れ親しんだこの街も案外、自分の必要最低限しか把握していないという事実に直面します。まぁ、確かに私は衣服に関して言えば女性の肉体を着飾る事にはうるさいですが、男性面で言えば自分の着るものにはこだわりがないですからね。


 ……そんな私とは対照的に、優は自分の行きたいお店が明確に決まっているようですから、先に彼女の衣服を優先するとします。


 そんなわけで辿り着いた一件のブティック。


 正直、私が女性の体で過ごしていた時には訪れた事のない大人びた雰囲気。店内にはビート感を重視した音楽が流れており、ウーファーの影響なのかお腹に重低音が響きます。実は低音マニア的なところのある私、こういった腹に響く重低音は嫌いではありませんが店内の雰囲気はちょっと好きになれませんね。


 私はどちらかというと可愛らしい服を女性には着ていて欲しいものですから、何だかイメージにそぐわない衣服を購入しようとする優に対して複雑な心情になってしまいます。


 しかし、そもそも女性の服を着られなかった苦しさを理解してあげられる私としては、優の趣味趣向は尊重してあげたいですよね。


 好きなものを好きだって言える事。


 当たり前ですけど、その当然が得られなかった私達ですから、祈るような手の組み方をしつつ目をキラキラ輝かせ、希望に満ちた表情を浮かべてそわそわする優を見ていると「あぁ、よかったなぁ」と思います。


 うーん。それにしても、疑問ですよね。


「そういえば優、あなたはどうしてこのような店を迷う事無く辿り着いた。つまりそれは、以前からこの店を知っていたという事でしょうか?」


 陳列された洋服を自分に重ねて、近くの鏡で塩梅を確認する優は首だけをこちらに向けて答えます。


「そりゃあ、学生の頃からこの店のショーウィンドウを齧りつくように見つめて『こんな服着てみてぇ』って呟いてたからな」

「傍から見れば女装癖のある学生にしか見えない気もしますけれど」

「ん! 女装癖とはなんだよ。女が女装して何が悪いんだよ!」


 優はむっとした表情で不服を述べました。


 そういう怒った表情って可愛い子がやると本当に最高なんですよねぇ。写真にとって保存して、引き延ばして天井裏に貼り付けて眠るときに見つめられたい。


 などという、妄想はさておき。


「優、それはある意味で名言ですね」

「そうか?」


 優はあまりよく分かっていないのか適当にそう返事をして、また服の物色に戻りました。


 まぁその間、私が暇になるというのは別に構わないのです。こうして優が幸福そうにしているのを見るのは存外に悪い事ではありませんので。自分を重ねてしまうというのが本音かと思われます。


 それにしてもまだ、優と出会って一日も経っていないというのに結婚を切り出すとは我ながら、決断力と行動力は評価に値しますよね。


 正直な話、私が個人的に優のあの可愛らしい外見を手放したくない、というどす黒い欲望が突き動かした結果と言えますが――それ以上に、彼女は私と悩みを分かち合える同志と言える存在です。そんな彼女と分かち合える悩みは入れ替わりによって消えたとはいえ、どうしたって傷は消えません。治癒したって、跡になるでしょう。


 ですから、そんな傷跡のある私を受け入れ、一方で傷跡のある彼女を受け入れられる私達にとって、互いの隣は適材適所――なのでしょうね。


「こんな露出だらけの服、男だと着られないもんなぁ」

「何なんですか、衣服の意義が分からなくなるそれは」


 露出性の高い衣服を片手に私の方を振り返った優は随分と笑顔でしたが、私の趣味趣向からくる反発故か、少し引き攣った返答になってしまいましたね。


 折角、いい事を言っていた所だったというのに。


 それに、露出とかはあまり好きではなく、あくまで清楚。そう――清楚。布に肌が包まれている面積は多い方がいいですね。何だか肌をむやみやたらに見せる、というのは下世話な話「遊んでいる感」がして好きではないのです。 


 とはいえ勇はこうして顎髭にこだわっていたり、案外そういったアウトロー的なファッションが好みなのでしょうか?


 ……まぁ、口調も結構荒いですけどね。


 ただ、素材がなまじ悪くないだけに優の手にしていた露出度の高い服も悪くないでしょうね。優の端正な見た目を前提に考えればあの露出、清楚さにうるさい私としても寛容にならざるを得ない部分があります。


 それから数十分ほど店内で衣服を物色して結局、優は両手に大きな袋を抱えて店を出る事に。支払いの際、私のポケットに入っていた財布は勇に返却しました。


 何着買ったのでしょうか……細かい着数は分かりませんが、きっとこれでも納得していない。今までの人生における諸々の不足分は補えていない、と私は確信したので「沢山買ったのですね」などとは言いませんでした。


 そう、決して――多くないのです。


 二十数年生きた女性がこれまでに買った女物の衣服、その総着数としては。


 店を出てすぐ、優はその袋の重さでよろけてしまい、私はその瞬間に「不覚だった」と思いすぐに彼女へ「荷物持ち」を申し出ました。きっと彼女は男性時の筋力のつもりで袋を抱えたのでしょう。


 一方で私は自分が女性として生きてきた事が染みついていたからか、優が目の前で思い荷物を抱えようとしている事に反応できなかったのです。


 女性は非力だから男性が荷物を持つべきという考えもある意味では男女差別なのでしょうが、そういった区別に苦しんできたからこそ――私達は男女差に強くこだわってしまうのです。女性らしくありたいと優が思うように、私だって!


 彼女の悲願が爆発したかのように大量の衣服を納めた買い物袋、両手で抱えた瞬間に感じた重みは自分が男性としての人生を歩み始めたのだという自覚を強く感じさせるものですから、何だか妙に心地よく感じてしまうのでした。




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