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ナルシスト夫婦の適材適所  作者: あさままさA
【6】ナルシスト夫婦の夏季休暇
49/71

優「脱線しちまえ!」

「へぇ、海か。お盆だとクラゲとかが怖いけれど……まぁ、波打ち際でキャッキャウフフと追いかけっこする事に関しては、弊害にならないかな」


 片手で顎に触れ、考え込むようにして三浦は俺の「ある提案」に対する回答を述べた。


 昼休み、燦々と降り注ぐ日差しに目を細めつつ、なるべく建物の屋根が描いた影を辿るようにして街中を歩き連ねていた俺と三浦。自宅から見れば隣町であるこの場所で、昼休みという事でランチタイムと洒落込むべく出歩いていたのだ。


 オフィスで弁当といういつものスタイルも悪くはないのだが、たまにはこういう機会を設けるのもいいかと思って俺から誘うと三浦は二つ返事で快諾してくれた。


 それにしても――。


「海に行かないかって誘っただけで、その充実した返答。随分とたくましい妄想をしてくれているようだが、誰とキャッキャウフフな追いかけっこをしているんだよ?」


 呆れた表情と共に三浦の行き過ぎた発言を指摘する俺。


 そう。昼食をどの店で食べるか、という吟味を兼ねて街中を闊歩している最中に俺は昨日、勇との間に可決された「海へ行く」というイベントに三浦を誘ったのだった。


 ……返答は随分と飛躍してたけどな。


 ちなみに、真夏の外気に抱かれて纏った汗の不快感を感じつつ、熱気にやられた犬のようにみっともなく舌を出している俺とは対照的に、三浦は何故か汗一つかかずに涼しい顔をしている。


 確かにクールビズという事でシャツ一枚のネクタイ無しという様相で仕事が出来るようになったとはいえ整髪料できちんと整えられた髪も汗が染み込んでいる様子はなく、クーラー効いているオフィス内の三浦と何ら変化がない。年中、いつ見たって服装以外は全く変わらない様相。


 何だか、ちょっと怖いくらいだ。


「追いかけっこの相手は勿論、意中の人物である君達夫婦を所望したい所だけれど、今回は外見を重視して『勇』くんの方になるのだろうね。僕は個人的に追いかけっこという甘美なシチュエーションにおいて、走る事によって女性の胸部に付随する肉の塊――そう、俗称で言う所の『おっぱい』が揺れるだとかそういう部分に微塵も魅力を感じなくてね。そういう意味では君じゃなくしっかりとした胸筋を保持した彼と交わすべきだと思うんだ」


 何か小難しい事を分析した結果でも述べているように流暢に語ると、その言葉を締めくくるように眼鏡の位置を片手で修正する三浦。


 こいつ……涼しい顔して何言ってるんだ?


 俺は胸中で侮蔑を伴った驚愕を抱くも、あくまで平静を装って咳払いを一つ鳴らす。


「で、勇に対して『捕まえてごらんなさーい』みたいな事を言いたいのか?」


 俺の定番を踏まえた質問に対して、心底懐疑的と言わんばかりに首を傾げる三浦。


「何を言ってるんだい? 僕が追う側だよ。『逃げてごらんなさーい』ってね」


 前言撤回。

 ちょっとどころではなく、かなり怖い――というか危ない奴だった。


「それにしても、お前さんは勇と正反対だな。お前さんの事を考えれば、男がみんな『胸』ってわけでもないんだって確信するよ。昨日の事なんだけどな、あいつ俺のはだけたブラウスを指でずらして下着を覗いて喜んでててさ。思わず引っ叩いちまったよ。」

「ほう、それは羨ましい限りだね」

「……何だよ? 女性の胸部には関心がないんじゃなかったのかよ?」

「いや、引っ叩かれる方に」


 俺はその倒錯した性癖を有した三浦の発言に対して、ついつい反射的に引っ叩く行動を取ろうとし――瞬間、そんな自分を制する。


 危ない、危ない。


 脱線している三浦をレールの上に戻してやる――それが友人というもののはずだが、さらなる迷走を促す所だった。


「しかし、心外だね。僕はこれでも胸部に関心を寄せているという自覚はあるんだけれどね。ただ、女性のふくよかな『それ』には何の興奮も感じないというだけでね」

「そうなのか? 女性側としては確かに発達した胸筋が素敵っ! ……って感覚が分からなくはないけれど、それと同じなのか?」


 俺が同意を求めると、三浦は素直に肯定も否定も出来なかったのか腕を組んで考え始める。


 歩行者側の信号が赤く染まり、停止の指示に群れとなった歩行者が立ち止まる。そんな群れに紛れて、歩みを止める俺達は本題である昼食にありつく場所の選定を放り出して人間の胸部を論議している。


 間抜けな光景というか。

 とりあえず、平和だなぁ。


「まぁ、僕としては決め兼ねるね。薄い胸部が好みであるというのは、言ってみればロリータコンプレックスの人種が抱くような『豊満な胸部とは対極に位置する寸胴体型への背徳的情欲』と同調すべきものなのか、それとも女性が抱く『男性の発達した胸筋に見出す頼りがいであるとか、男性らしさ』のようなものに惚れているのか――そして、考えられる第三の選択肢として僕のような同性愛者が抱く特有の感覚であるのか。僕が男性の胸部に抱く感覚が果たしてどれに類似しているのか……どうも感覚というの難しいね。例えるなら、歯痛や腹痛は体感としては別個のものでありながら言葉の上では共通して『痛み』だ。そこが惜しむらくは言語表現の限界がもたらした幅の狭さであり、そういった分類の難しさに似た問題と今直面していると表現して然るべきかもしれないね」

「長々と何言ってんだ」


 俺は引き攣った表情と共に、どこか恐る恐るといった感じのイントネーションで三浦に指摘する。


 指摘するという表現を用いるのは無論、気付かせる必要があるのだ。


「お前さん、俺だけでなく周囲で信号待ちしている全員をドン引きさせてるぞ?」


 三浦は俺の言葉で周囲を見渡す。


 青へと変わった信号に導かれてあちらへ行く人、こちらへ来る人のすれ違いが生まれるも――俺達とベクトルを同じくし、信号を待っていた人間は皆、こちらへ蔑視の視線を飛ばしつつ忌避するように早足で歩み去っていく。


 しかし、表情一つ変えずに嘆息する三浦。


「――とはいえ、驚異的な事だとは思うんだよ。女性は恥じらいで上半身を隠すも、男性は海へと赴けば上半身を露出している事が常だ。寧ろ、そうしていなければ馬鹿にされる感覚すらあるだろう。ちょっとした発想の転換と性癖の倒錯で、こんなにも胸部は――そして、乳首は身近になるのだね」

「お前が驚異的だよ。続けるのかよ」


 そう語りつつ、未だに異形を見るような視線があちらこちらから飛んでくる通行人の流れに乗っかるように俺と三浦は歩き出す。


 三浦の中の羞恥心とかそういうものは、俺に告白した一件で完全に砕け散ったらしい。


「しかし、僕の趣向がロリータコンプレックスのそれと類似していると過程したなら、幼女趣味の彼らは紙一重で我々の趣向へと堕落――いや、昇華する可能性が」

「いや――もういいからな?」


 俺は少し強い口調でそう言い、三浦は瞬間的な驚きに眉を持ち上げた末「いいのかい?」と確認してくるので首肯して辞める旨を押し通した。


 三浦の暴走も終了した所で、もうかなり前の話題となるが閑話休題。


「で――、お前さん。海には行くのか?」


 俺がそう言うと、三浦はしたり顔で首肯して答える。


「勿論さ。水着姿を拝めるとなっては行かざるを得ないだろう」

「……そ、そうか? へぇー、お前さんでもやっぱり多少はそういうお世辞っつーか。女性を立てるような事を言うんだな」


 俺が恥じらいの具現として頬をポリポリと掻きつつ、目線を逸らすと三浦は本日二度目の心底懐疑的な表情で首を傾げる。


「いや、勇くんの水着を期待しているのだけどね?」

「脱線しちまえ!」


 俺は胸中に宿した恥じらいが筋違いだったという事における『恥じらい』によって、二乗された羞恥心が理性を食い破ってしまい、ついつい三浦の側頭部を引っ叩いてしまう。


 涼しい顔をしていた三浦も流石にその攻撃によって表情を作り変える事となるのだが、その様相は苦痛というよりは悦楽で、「のああっ」と漏らした唸り声もどこかご機嫌なものだった。


 その後、辺りをぐるぐると歩き回っていたらしい俺達は、気付けば会社の前まで戻ってきていた。昼休みは半分ほど過ぎてしまい、俺は三浦に「どうしようか?」と問いかけたのだが、三浦はあっさりと答える。


「いや、僕は十分にお腹一杯だけれどね?」


 脱線に次ぐ脱線、というのも考え物だと思った。


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