生首を照らす月
風唄先生の一作品を、風唄先生の許可を得て自分なりにアレンジしました。まだまだ改良の余地有りでが、一応完結したということで投稿いたしました。
男は散歩が好きだった。誰もいない、月明かりの道を、夏草の薫る、川縁の道を歩くのが好きだった。
川のせせらぎに導かれ、一人、闇の中を歩いていると、草むらの中に、月明かりに照らされた生首が転がっていた。顔の半分を草の中に埋めながらも、男の方へ艶っぽい視線を送る。
男は生首を一瞥すると視線を元に戻し、何も見なかったようにして立ち去ろうとしたが、生首が不意に声をかけてきた。
「こんばんは」
男はその声に気もかけなかったが、なおも生首は話しかけてくる。
「つれないのね。もう来ないのかと思っていたわ。せっかくここまで来たんだから、少しお話しましょうよ」
男は足を止め、しばらく生首をじっと見つめていた。やがて思い切ったようにそれの近くに歩を進め、草むらに腰を下ろした。
「あら、うれしいわぁ。ここには誰も来ないんだもの。寂しかったのよ」
男は見下すようにして生首を凝視していた。生首は月明かりに照らされ、その頬は青白く、髪は艶やかに輝いていた。
「ふふ、私も、まだまだ捨てたもんじゃないでしょう。あなた、私に未練があるのかしら。それとも後悔してる?」
生首は三日月のように微笑んだ。男はその笑みに何の興味も示さずに立ち上がると、生首の方を振り返らず歩き始めた。
「あら、もうお帰り?またいらしてね。私はここにいるから。ずっと、ずっとね」
生首の声が男に届いているのかどうかは分からない。ただ、白い月だけが二人を眺めていた。
男は、服を水滴で濡らしながら、月夜の道を歩いていた。水分を含んだ風が体にまとわりつく。
「こんばんは」
今日も生首の方から話しかけてきた。
「大変だったのよ、急に雨が降ってきたから。雷もなるし、私、雷嫌いなのよ」
男は、当然なことであるかのように生首の隣に座った。生首の髪は濡れていて、顔のあちこちにくっついてしまっている。髪の合間から見える顔は、黒ずみ始めていてすっかりむくんでしまっていた。辺りには腐臭も漂っている。
男は、生首の髪をかきわけ、顔がすっかり見えるようにした。それから抜け落ちてしまわないようやさしく指で梳いた。
髪が月の光に照らされ、川の水面のように輝いた。
「あらあら、今日は優しいのね。どういう心変わり?前はそんなに優しかったかしら。ふふ、あなたって分からない人ね。でもいいわ。ようやく私を愛してくれるのね」
生首はにっこりと微笑んだが、限りなく醜悪だった。それでも男は愛おしそうに髪を触っていた。注意していたはずなのに、手には何本もの髪が纏わりついている。
「うれしいわぁ。本当に愛してくれているのね。私は骨だけになってしまうけれど、これからもずっと愛してね」
男はぴたりと手を止めた。生首は、おや、という顔をする。
「あら、私、何か悪いこと言ったかしら。そうだったら謝るわよ。あら、帰るの?あなたの気に障ること言ったかしら?ごめんなさい。でも、また必ずいらしてよ」
男は振り返らずに去っていった。月は、流れいく雲の隙間から、二人を覗き見ていた。
生首はその日も、
「こんばんは」
と嬉しそうに声をかけたが、男の後ろの人影に気がつくと、嫉妬とも怒りとも知れぬ表情をした。しかしそれは一瞬のことで、いつもの醜悪な笑みを口元に浮かべた。
「あらあら、今日は二人連れなのね。かわいい子じゃあない。新しい恋人?妬けちゃうわね」
男は、生首をじっと見下ろしていた。男の後ろにいる女性は、男がなぜ立ち止まったかも分からずきょとんとした顔で男を見つめている。
「ほんと、野暮ねえ。それで、あなたはどうしたいのかしら。何?私に紹介でもする気?あまりよろしくない趣味よ」
女はようやく、男の視線の先にあるモノに気づき、驚愕の表情をした。すでに目玉がずり落ち、肉もただれかけている生首は女の視線に気付くと、挨拶をするようににこっと笑った。
女は、男の顔を見る。そして男の目にやどる狂気の色を見、そのときになってようやく、叫び声を上げた。女はなんとかして男から逃げだそうとしたが、時すでに遅く、男の手がしっかりと手首を掴んでいて離れない。
男は不意に女の手をぐいと引っ張ると。顔面に目掛けて拳を振り落とした。
女は一瞬、何が起きたのか分からず呆然とした。その隙に男は女を押し倒し、首に手をかける。
両手で一気に締め上げる。あらん限りの力を振り絞り、そのことだけに専念する。女は男の顔を凝視しながら、バタバタと暴れるが、馬乗りにのっかかられているせいか、全く効果はない。空いている手で男のあちこちを殴りつけても、意に介せず、男はどんどん首を締めあげていく。
しばらくすると女の体から力が抜けていって、白目をむいた。男は女の体から力が抜けても、なお首を締め付けている。
生首は、今までにないほどの歓喜の笑みを浮かべ、笑っていた。この世のものとは思えぬ、嗚咽を漏らしながら。
「あらあら、可哀想じゃない。女の子にそんなことしちゃだめよ。ふふ、そんなにその子が憎かったのかしら。ほんと、分からない人ね、あなた」
生首の声に男ははっとして、ようやく手から力を抜いた。
馬乗りになった姿勢のまま、はあはあ、と荒い呼吸をしながら、真っ黒な空を見上げた。
「どうするつもり。私は知らないわよ。何もできないし。私はここで朽ちていくだけ…」
男はゆっくりと馬乗りの姿勢から脇に回り、ぐったりとしている女を一気に抱き上げた。
そして、呼吸が落ち着かないまま、生首を振り返ることなく、もと来た道を歩んでいった。生首は、また笑声をあげると、
「またいらしてね」
と言った。
月は、雲に遮られて、下の世界で何が起こったのか知る由もなかった。
もはや生首の顔からは骨がほとんど見えていて、頭にはわすがばかりの髪の毛が残っている。それでもなお、
「あら、こんばんは」
と声をかけてきた。骨ばかりになってしまい、表情を読み取ることが出来ないが、その声からは喜びの感情が察せられる。
男の脇には、何かが抱えられていた。
「あらあら、今日はお友達を連れてきてくれたのね。よくみたら、この前の子じゃないかしら?あなたも好きねえ」
男は、それをポンと生首の側へと投げ捨てた。新入りの生首は、古株に向かってにこやかに挨拶する。
「こんばんは」
「ふふ、こんばんは。仲良くやりましょうねえ。時間はたくさんあるからいっぱいお話しましょうよ」
二人の生首は、ふふ、と笑声を放つと、やがて大きな笑い声となり、辺りにこだましていた。
男は空を見上げながら、生首達の狂騒を尻目に去っていった。
頭上には、空いっぱいの紅い満月が、狂喜の笑みをたたえながら、二つの生首と一人の狂人の喜劇を見つめていた。