5パーセントの水分
いっしょに暮らす僕の彼女は泣き虫なのに泣くのが下手だ。
もう大人だからといつも泣くのを我慢している。
夏の夜。
玄関の扉が開く音がして、僕はコンロの火を止めた。
「おかえり」
「ただいま」
紺のパンツスタイルのスーツにハイヒール。胸元まであるナチュラルブラウンの髪をビシッとセットした戦闘モードの彼女が玄関に立っていた。
「今日のご飯何?」
靴を脱いでスタスタと歩きながら彼女が尋ねる。
「カレー。食べる?」
「食べる」
鞄を置いて洗面所で手を洗ってうがい。
スーツから部屋着に着替えてリビングのソファーに座る。
戦闘モードはまだ解けない。
でも──
膝の上に置かれた手がぎゅっと握られている。
それは彼女が涙を我慢している証だった。
どうしたの?
何かあった?
そう訊いたところで「何も」と答えることを僕は知っている。
だから──
「ねえ、知ってる? 成人男性の約60%は水分で、女性は約55%なんだって」
そう言いながら横に座った僕を彼女が不思議そうに見る。
「……だから?」
「だからさ──」
僕はぎゅっと握られた彼女の右手にそっと触れる。
「君よりたくさんある僕の5%を分けてあげる」
彼女の目が大きくなる。
僕は笑う。
「好きに使って?」
揺らぐ瞳。
「なんでそういうこと言うかな……」
その揺らぎはそのままハラリハラリとあふれ出す。
「そんなこと言われたら泣いちゃうでしょ。私、もう大人なのに」
「いいよ、別に。これ、僕の水分だから僕の涙ってことにしといて?」
「う〜……」
ぎゅっとしていた彼女の手が緩められたので、優しく握ると握り返された。
ぐずぐずと机の上のティッシュ片手に鼻水を拭いながら彼女が尋ねる。
「今日のごはんなに?」
「匂いでお分かりの通りカレーです。半熟ゆで卵ととろけるチーズのトッピング付き。食べる?」
「たべる……」
「好きなだけどうぞ」
いっしょに暮らす僕の彼女は泣き虫なのに泣くのが下手だ。
もう大人だからといつも泣くのを我慢している。
僕は別に我慢しなくてもいいのにと思う。
必要だからその感情は大人になっても消えないで残っているのだろう。
握り返された彼女の手が泣いた分だけ温かくなる。
その温度を受け止めながら僕の5パーセントを君にあげる。
大丈夫。
強いあなたも好きだけど、弱いあなたも愛しいよ。




